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正月と暦の話

2019.01.01 (Tue)
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今回はこういうお題でいきますが、これ、ものすごく地味な話なので、
スルーされたほうがいいと思います。さて、今日はおめでたい元旦ですが、
お正月って、いつから祝われるようになったんでしょうか。
これって、けっこう難しい問題をはらんでいるんです。

というのは、日本の古代において、1年間の概念がどういうものであったか、
はっきりとはわからないからです。ここで少し余談になりますが、
日本史の場合、「古代」にあたる時代区分は、飛鳥時代から平安時代まで
とされることが多いですね。それ以前は先史時代、鎌倉幕府の成立後が中世。
ですから、たんに「古い時代」という意味ではないんです。

さて、では弥生時代ころの日本人には、1年間という概念はあったんでしょうか。
これは、あったと考えるのがふつうですよね。日本は四季がはっきりしているので、
春になれば花が咲き、やがて暑くなり、涼しくなって寒くなります。
春には稲の苗を植え、秋になって収穫する。これで1年。

代表的な生物季節である燕
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そのサイクルはわからないほうがおかしいでしょう。では、その時代には
「暦法」が用いられていたか。ここが難しいんですね。
暦法には、大きく分けて「太陽暦」と「太陰暦」があります。
太陽暦は、太陽の動き、つまり地球が1年間で太陽のまわりを1周することを
基準にしたものです。春分、夏至、秋分、冬至で4つに分けられます。

太陽暦
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これに対し太陰暦は、月の満ち欠けの周期を基にした暦で、
1か月が29日のサイクルになります。では、もし弥生時代に暦の概念が
あったとしたら、どっちが使われていたんでしょう。
これ、自分はおおざっぱな太陽暦だと思います。

弥生時代に、「ひと月」という概念があったとは思えないんですよね。
花が咲いたり、渡り鳥が来たり、そういう生物季節で、
1年のうち、種まきと収穫の時期がある程度わかればよかった。弥生人が、
1日1日を数えて、「今日は21日」とか言ってたとは考えにくいんです。

太陰暦
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日本神話では、太陽の神アマテラスは大活躍しますが、
その弟の月の神ツクヨミはほとんど登場しません。これは日本の先史時代に、
月齢を読む習慣がなかったことを表してるんじゃないかと思います。
では、日本で暦法が使われるようになったのはいつからなのか。

月読命
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『日本書紀』には、欽明天皇14年(553年)に、百済に対し、
暦博士の来朝を要請し、翌年2月に来たとの記事があります。このときに伝来したのは、
中国の「元嘉暦」と考えられます。元嘉暦は、太陰太陽暦です。
これは、太陰暦をベースにしながら、それだけだと実際の季節とずれていくので、
二十四節季を入れて調節するものです。

また、同じく『日本書紀』には、持統天皇4年(690年)、
「勅を奉りて始めて元嘉暦と儀鳳暦とを行う」という記事が出てきていて、
暦を正式に採用したのはこのあたりと考えらます。ここでやっと、
多くの日本人は「1年が正月から始まる」ということを認識したわけです。

古い時代においては、例えば古代ローマの暦は、1年の長さは304日で、
12月30日と3月1日の間に、日付のない日が約61日間ありました。
農耕暦だったので、耕作ができない冬の間は日を数える意味がなかったんですね。
日本でも、暦が伝わる以前は、冬の間はとにかく食料を食いつないで
耐え忍ぶ時期で、正月という意識はまったくなかったでしょう。

さて、中国の『魏略』という書の逸文に「其俗不知正歳四節但計春耕秋収為年紀」
と出てきます。「(倭国の)風俗は、正しい1年間と四つの季節を知らず、
ただ春に耕し、秋に収穫するのをもって1年となしている」この記述は、
上記したような自分の意見を裏付けていると思うんですが・・・

ですが、2ちゃんねるの日本史板でこの話をすると論争になるんですよね。
というのは、例えば『日本書紀』では、「応神天皇の没年 310年 2月 15日」
という具合に、古い天皇の生没年が干支を用いて記載されています。これをもって、
日本の古い時代には暦があったと主張する人がいるんです。

まあたしかに、書かれているのは事実なんですが、変だと思いませんか。
同じ『日本書紀』で暦が伝来したとされる以前から、暦があったということでしょうか。
おかしいですよね。ですから、自分はこれらの記述が史実とは信じていません。
『日本書紀』が作られた時点で、天皇の生没年なども創作されたんだと考えます。
でも、そう書くとすごい反発を受けるんです。

あと、上記の『魏略』逸文から、古い時代の日本では「二倍年歴」が使われていた、
と主張する人もいます。これは、現在の1年を2年として数えるものです。
まあたしかに、古代の天皇には異常に長命な人が多く、
神武天皇は127歳にて崩御したことになっていますが、もし二倍年歴なら、
その半分の64歳になります。その年齢なら常識的です。

ただ自分は、古い時代には暦はなかったとする考えなので、
「二倍年歴」についても、あったとは思っていません。古い天皇の寿命が長いのは、
初代神武天皇の即位を、紀元前660年という大昔に設定してしまったため、
それぞれの天皇の寿命を引き延ばして調節してるんじゃないでしょうか。

さてさて、ということで、ここまで読んでいただけた方は少ないんじゃないかと
思います。これ、大学教授の先生でも、神武天皇は実在していたとか、
二倍年歴があったという人がいるんです。それだけ、古代史には異論・異説が
多いんですね。では、今回はこのへんで。

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