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プロレスをやった話

2019.01.31 (Thu)
今回は、オカルトとはまったく関係ない、自分の昔の思い出話ですので、
プロレスに興味ない方はスルーされたほうがいいかと思います。
前に、「プロレスと移動カーニバル」という記事を書きまして、
その後、仲間から「お前なんでそんなに詳しいんだ」と聞かれたんですね。

関連記事 『プロレスと移動カーニバル』

これ、じつは、自分はアメリカにいたときに、アルバイトでプロレスラーを
やったことがあるからです。そのときの話をしようと思うんですが、
もしかしたら、いまだに何か差し障りがあるかもしれませんので、
時期と場所はボカして書かせていただきます。

自分が20代の半ば頃ですね。アメリカの中西部にいたんですが、
ずっと柔道をやっていたので、体を動かしたくなりまして。
でも、球技はできないし、柔道ができる道場とかは近くになかったんで、
ウエイトトレーニングを中心とした総合的なジムに通うことにしました。

そこにはリングやサンドバッグもあって、プロのボクサーやアマレスラーが
通ってきてました。自分はアマレスラーの人たちとスパーリングをやるように
なったんですが、オリンピックのルールとは違うアメリカ特有のルールでした。
柔道の支釣込足という技をかけると、相手は面白いように吹っ飛びましたが、
それは反則だと言われましたね。

で、そのうち、夜の8時頃にジムで特別クラスをやっていて、
元プロレスラーの人が、ジム会費とは別にお金を取って、新人レスラーを
デビューさせるための、いわゆる「プロレス学校」を開いていることを聞いて、
がぜん興味を持ったんですね。ただ、月謝が高かったので、
最初のうちは、自分は見学させてくれと言って参加したんです。

そこで、まず最初に口止めをされまして、その後、受身とかロープワーク、
プロレスの基本的な動きを教えてもらいました。自分は柔道歴が
長いので、受身は簡単でしたが、ロープは上手にあたらないと、
かなり痛かったです。で、どうせ自分はプロレスラーにはならないんだから、
一通りやったら辞めようと思ってたのが、デビューしないかって話をされたんです。

面白そうなので、やりたいと言いましたが、無理だとも思いました。一番のネックは、
自分は学生ビザで滞在していて、州のコミッションからプロレスラーのライセンス
が下りないだろうと考えたんです。あと、自分は体が小さいし(当時90kgないくらい)
顔とかも特徴があるわけでもないし。ところが、2週間くらいして、
現地のプロモーターに紹介され、ライセンスは心配ないと言われ、

それから1月後に、地元開催の興行でデビューしたんです。
ただし、本物のプロレスラーではなく、あくまでもアルバイトレスラーです。
向こうの隠語でジョバー(jobber)と言うんですが、そのテリトリーに
初めて入ってきた選手を引きたたせるために、一方的に負ける
役目なんです。たしか30数戦やって、1回も勝ってません。

自分から技をかけることはほとんどなく、相手の攻撃を一方的に受けて、
3分ほどで負けるんですね。だから、相手が強く見えるよう、
体が小さいほうがいいわけです。ポジションはヒール(悪役)なんですが、
相手に塩をかけるとか、日本人悪役みたいなことはやらされませんでした。

たしか水曜日に、週1回、地元のホールでプロレス開催があり、
そのときだけ自分は出ていました。本物のプロレスラーは、
あちこちの会場をサーキットして回っていて、車で長距離を
移動するので、レスラーの交通事故ってすごく多いんです。
それで亡くなったり、大ケガをして引退になったレスラーも多数います。

あとは、TVマッチというのがありました。これは、日本の「新日本プロレス」
などの番組とはまったく違っていて、基本的には興行の宣伝です。
その興行に出るスター選手が、対戦相手をえんえんとののしる
インタビューが中心で、スタジオで観客なしでやる試合は、
自分のようなジョバーが、やはり一方的に負ける内容でしたね。

番組を見てるのは現地のプロレスマニアだけで、
面白そうだと思ったら、会場に足を運ぶわけです。あくまで興行が中心。
で、プロレスをやってみて最も難しかったのは、体の動きではなく、
声と表情ですね。ずっと声を出して動いてますし、やられたら痛そうな
悲鳴を上げます。柔道の試合では、そういうことはありません。

顔も、悲痛な表情や憎々しい表情をつくらなくてはならず、
これは鏡を見て練習しました(笑)。相手の腕をつかんだりしてるときでも、
力は全然入ってないんです。卵の殻をつかむようにそっと、と教えられました。
でも、顔はさも力を込めているようにこさえなくちゃならない。

あとそうですね、自分はどうせ負けるだけでしたが、
ごく簡単な打ち合わせはありました。「この技を出したら負けてくれ」みたいな。
細かいことはいろいろあります。チョップを打つときは寸前で手首を返して、
手のひらが相手の胸にあたって音を出すようにするとか、エルボーを打つときは、
同時にマットを足で踏み鳴らすとか、倒れて起きるときは右肩からとか。

ギャラは週に150ドルだったはずで、当時のレートで2万円くらい。
自分には貴重な収入で、実働時間は1日3分なので、いいバイトでした。
こう書いてみると懐かしいですね。そこのテリトリーは、WWEの攻勢のときに崩壊し、
今はないはずです。プロレス好きはペイパービューで見てるんでしょう。

さてさて、こんな話、面白いですかね。レスラーは8ヶ月くらいやりました。
で、このこととはまったく別の問題があって、自分はずっとアメリカに
入国できなくなってるんです。もう一度、現地を訪れてみたいんですが、
いったんブラックリストに載ってしまうと、アメリカはすごく厳しいので、
一生無理かもしれません。では、今回はこのへんで。





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