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木のうろ

2013.11.29 (Fri)
子どもの時分にじいさんから聞いた丹沢あたりの話。
ある人がきのこ採りに自分の持ち山に入ったときのこと。
その秋は初めて入ったんだが、いつになくマイタケが多く、
勝手知ったる山の中をどんどん奥まで進んでいくと隣の山との境あたりまできた。

そのとき風下のほうから「おーい」と呼ぶ声が聞こえてきた。
隣の山は昨年、山主が行方知れずになってから荒れていたはずだが、
だれか人が入っているのか、と思っていると、今度は「たすけろ」という声に変わった。
「おーい」「たすけろ」という声が交互に聞こえてくるんで、
足でもくじいた人がいるのかと助けにいこうとしたが、その声がどうも妙だ。
男のようにも女のようにも聞こえるし、子どものようでもあり、大人のようでもあった。
それに「たすけろ」というからには切羽つまった状況だろうに、
その声には感情というものが感じられなかった。
気味悪く思って、山刀を抜くとぐるりとさらに下に回って、
後ろから声のするほうに近づいていった。

すると声のすぐ近くに来たのに人の姿はなく、ただ大きな楢の木があるばかり。
しかし声はたしかにそのあたりから聞こえていた。
山刀を握りしめて木の後側に取りついて木肌にさわりながら前に回ると、
人の腰のあたりに木のうろがあった。
そっとのぞき込むと何か白いものが人の舌のような大きさと形でぐにゅぐにゅ動いていて、
そこから声となって「たすけろー」と響いていた。
怪しく思って、うろに山刀をさし入れると、一つに固まっていた白いものは、
ばらけてぽろぽろとうろの穴に落ちていった。それは十数匹のヤマビルだった。

おかしなことがあるものだと、慎重に木のあたりをさぐると、
うろの前の土地が一間四方ばかり少し低くなって枯れ葉がたまっていた。
枯れ枝を拾って差し込んでみると朽葉の中にずぶりと沈んで、
そうとう深い穴があるようだ。一人ではらちがあかんと考えて、
村に戻って若い衆を数人連れて、鋤で枯れ葉を掘り返してみると一間以上の深さで、
どうやら江戸時代頃の猪を落とす罠の名残らしかった。
そして穴の底には、他の古い獣の骨ともに、
着物でわかったんだが行方不明の山主らしい屍体が半ば白骨化して沈んでいた。
引き上げると泥で固まった袖の間からぽろぽろとヤマビルがこぼれてきたそうだ。


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