FC2ブログ

大嘗祭と崇峻天皇暗殺

2019.02.16 (Sat)
皇太子さまが新天皇に即位されるのに伴う大嘗祭(だいじょうさい)について、
宮内庁が平成31年11月に行う方針を決め、具体的な準備に着手することが
分かった。山本信一郎長官は同日の定例会見で、ご即位が政府案の一つである
31年5月1日になった場合でも、同年11月に大嘗祭を行うことに
支障はないとの考えを示した。
(産経ニュース)

大嘗祭の様子
ssssss (3)

やや古いニュースになりますが、今回はこの話題を取り上げたいと思います。
また古代史かよ、と思われる方はスルーしてください。
さて、宮内庁によれば、天皇即位の大嘗祭は、11月14・15日のどちらかに
行われる予定のようです。この両日は、ウイークデーの木・金ですが、
休日になるんでしょうか?

平成2年の今上陛下の大嘗祭は、勤労感謝の日に行われましたので、
もともと休日でしたが、昭和3年の昭和天皇の大嘗祭はたしか休日になっています。
ちなみに、平成2年、昭和3年に行われたのは、先代天皇の崩御による
1年間の服喪期間があったためで、今回は退位ですので、
今年すぐに行うということなんですね。

では、「大嘗祭(だいじょうさい)」って何なんでしょう。
これは、「天皇即位の後、初めて行う新嘗祭(にいなめさい)」のことです。
新嘗祭は、毎年11月の中旬に行われ、その年の新穀を天皇が神に捧げ、
天皇自らも食す祭儀です。皇室による収穫祭と言っていいかと思います。

新嘗祭での今上陛下
ssssss (1)

古代においては、この毎年の新嘗祭のことを大嘗祭と言っていました。
それが、天皇が即位した最初の新嘗祭を大がかりに行って、
践祚大嘗祭と呼ぶように変化したのは、『日本書紀』によれば、
7世紀の天武天皇のころからのようです。

さて、大嘗祭ではどんな儀式が行われていたのでしょうか。
これは宮中の秘事なので、はっきりしたことはわかりませんが、
大きく2つの儀式があると考えられています。「神人共食」と「神人同衾」です。
神人共食のほうはわかりやすいですね。その年に穫れた五穀を、
神に捧げ、天皇がともに食べること。

神人同衾はわかりにくいですが、神と天皇が一つの衾(ふすま 夜具)で
一緒に寝るんですね。ただし、これは古代の話で、
現在の大嘗祭では、衾は用意されるものの、
それは神のためのもので、天皇はその中には入らないとされています。

天孫の降臨
ssssss (1)

この衾のことを、「真床覆(追)衾 まどこおぶすま」とする説があります。
民俗学者、折口信夫が唱えたもので、先帝の霊と同衾することで、
首長霊を受け継ぐという内容ですが、この説には批判もあります。
また、衾は、天皇家の先祖である瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)
が地上に降臨するときにくるまっていたものである、と言う人もいます。

折口信夫
ssssss (2)

さて、少し話を変えて、日本の歴史で天皇が暗殺された例は2回あります。
一つは、飛鳥時代の崇峻天皇、もう一つが、古墳時代の安康天皇です。
ただし、安康天皇は皇族である眉輪王に暗殺されているため、
臣下によって弑逆されたのは崇峻天皇だけになります。

崇峻天皇は欽明天皇の皇子で、587年に即位しています。
当時は、蘇我氏一族が権勢を誇っており、崇峻天皇も、数ある皇子の中から、
蘇我馬子の推薦によって即位したんですが、傀儡として操られるのを嫌って、
だんだんと馬子に反抗するようになります。

592年、崇峻天皇40歳頃のとき、10月に朝廷に大猪を献上する者が
ありました。天皇は、笄刀(かんざしのこと)を抜いてその目に突き立て、
「いつかこの猪の首を斬るように、自分が憎いと思っている者を斬りたいものだ」
と言い、その噂を聞きつけた馬子は、

「天皇が自分を嫌っているのだ」と考え、先手を打って部下に暗殺命令を下します。
天皇を偽って儀式に臨席させ、その席で東漢駒という人物に弑させたんですね。
余談ですが、崇峻という諡は後世につけられたもので、
「崇」の字がついている天皇は、崇道天皇、崇徳天皇など、非業の死を遂げて
怨霊化した天皇におくられるという話があります。

崇峻天皇
ssssss (4)

自分は、これは正しいだろうと考えています。 関連記事 「崇と祟」
さて、この崇峻天皇の暗殺ですが、行われたのが大嘗祭(新嘗祭)のときである、
とする説があるんですね。『古事記』では、暗殺は11月中卯
(この場合は11月13日)であり、まさに大嘗祭の当日になります。

では、なぜ大嘗祭に暗殺が行われたのか? 上記した神人同衾です。
衾に入った天皇の体から、数刻、祖先霊が抜け出すと考えることができます。
天皇を弑することは大逆で、天皇と日本の国は一心同体。
日本の国にも大きな災が降りかかることになるわけですが、
このときだけは、それを免れることができる・・・

最初にこの説を聞いたときには、うーんと考え込んでしまいました。
なるほどなあ、そういうこともあるのかもしれないと思ったわけですが、
ただ、日本の正史である『日本書紀』では、天皇暗殺の日は、
自分の干支計算だと11月3日になるんですよね。
ですから、真偽のほどはよくわからないんです。

さてさて、天皇の「即位の礼」は国事行為ですが、大嘗祭は皇室行事であり、
そこに国費を支出するのは、政教分離の原則を定めた憲法違反である
とする意見がありますね。これまでにも裁判になっていますが、自分は、
そう考える人は訴訟を起こせばいいと思います。そして判決が出たら従う。
それが法治国家というものです。では、今回はこのへんで。

関連記事 『天皇退位と怨霊』






関連記事
スポンサーサイト




トラックバックURL
http://scoby.blog.fc2.com/tb.php/1774-6bd5af28
トラックバック
コメント
管理者にだけ表示を許可する