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人はなぜ心霊写真を

2013.12.01 (Sun)
 心霊写真を扱った怖い話というのは、
ホラー小説より実話怪談のほうに多いような気がします。
考えてみると、小説として取り上げるのはなかなか難しい部分があるようです。
自分的には、心霊写真を意図的に捏造する人、というものに興味があります。
なぜかというと自分も画像の加工を遊び程度にやるんですが、
ソフトを買った直後は何枚か作ってみた経験があるからです。

 ヨーロッパおよび新大陸では、写真技術の発明からほどなくして心霊写真が登場しました。
Wikiからの引用です。
「1862年、アメリカのボストンで交霊術師として知られていたガードナーが
ある写真屋が撮影した自分の写真に、
12年前に死んだ従兄とよく似た姿が写っていることを公表した。
最初の撮影霊媒であるウィリアム・マムラーの「心霊写真」は驚異の的となり、
彼のスタジオには人々が殺到したという。
しかし、マムラーの「心霊写真」は不正なものであるとの告発により裁判で訴えられた。
公判では写真界の有力者たちが「重ね写し」する手法について証言した。

 また、その後「心霊写真」はヨーロッパでも注目を集めた。
1874年、フランスのパリの写真館のビュゲーが「心霊写真」を発表し、大評判となった。
しかし、ビュゲーも写真制作における詐欺行為のかどで逮捕され、
裁判にかけられることとなった。
ビュゲーは公判において「二重露出」という方法を使っていたことを白状し、
一年間の禁固刑と500フランの罰金刑を課せられた。
この刑が確定した後も識者を含む多くの人はビュゲーの霊能力を信じ擁護したという」


 どうしてこのようなことになったのか、まず最も大きな理由として、
欧米で流行したスピリチュアリズム(心霊主義)と、
写真術の発明・発展の時期が重なっていることがあるでしょう。
前にも書きましたが、今でこそ幽霊などというと科学と対極にあるものと考えられがちですが、
19世紀後半ころにあってはそうではありませんでした。
霊魂を最先端の科学で捉えられるのではないかと考え、
実際に研究に参加した高名な科学者もいたのです。
このあたりのことは『幽霊を捕まえようとした科学者たち』(文春文庫)に詳しいです。

 しかしこれら霊魂に対する科学的なアプローチのほとんどは成功しませんでした。
なぜならこれらの科学者は「霊媒」や「降霊会」を通じての探求を試みたからです。
(まあ霊魂などないと考えれば何をやってもダメなんですが、それは当項の話からそれます)
そして霊媒たちは、科学者のような教養はなくとも実に処世というものがよくわかっていました。
ですから科学者だけに焦点を当てても心霊主義の時代はうまく理解できません。
上流階級になんとか取り入って、のしあがっていこうとする低層階級の人々、
ヨーロッパのアバンチェリエ(山師)たち。これは裏歴史といってよいようなものなんですが、
いったん興味を持って調べ始めると、汲めども尽きない面白いエピソードの数々にぶちあたります。
この霊媒たちの紹介は機会をみてやろうと思っています。

 少し話がそれてしまいましたが、アバンチェリエたちにとって新技術というのは、
まさに金の成る木、大油田だったんですね。
医療、物理(質量保存ー永久機関)とか、化学、工学・・・
あらゆるものに目をつけ、勉強して自分のものとし活用していったんです。
Wikiの記述の「撮影霊媒」「ビュゲーの霊能力」という部分に注目してください。
彼らはたまたま心霊写真を撮ったというのではなく、
自身の霊能力で意図的に写したと主張しています。
彼らの他にも有名な心霊写真家はまだまだたくさんいたんです。

 しかし、ただ金のための詐欺として心霊写真を作ったのだと思うとこれは味気ない。
それだけではなかったと考えたいです。
新技術を使って人を驚かせたい、というマジシャン(手品師)のような心境もあったと思うし、
彼ら自身も、霊魂の永続性をどこかで信じたい気持ちがあったのではないかと考えています。
自分が加工画像を作る動機にしても、単に人に見せて驚かせたい
(加工ソフトの存在が知れわたっているので、あまり驚いてはくれませんが)
ということや技術的な興味の他に、自分の中にそのような心霊的なものに関わっていたい
という気持ちが多分にあるからなんですね。これは怪談を書くのもまた同じです。
デジカメ時代になっても心霊写真を作る人がまだまだいるのは、
そういう理由からではないでしょうか。

 『幽霊を捕まえようとした科学者たち』デボラ・プラム
 さて当時の心霊写真には2種類あって、
一つは二重写しで人物の大きさが違っていたり
ぼやけたりしているもの。
もう一つは霊の姿が非常に鮮明で、
生きた人と全く変わらないもの。
この場合は実際に生きた人間が
その霊の扮装をして写真に撮られているんですね。
初期の写真は露光時間が長く、
生きた人間と幽霊(に扮した人物)が
同じテーブルでじっと動かずにいる情景を想像すると、
真剣にやっていたであろう当人たちには
申し訳ないですが、思わず笑いがこみ上げてきます。

現代の心霊写真については、
いずれまたの機会に書きたいと思います。




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