FC2ブログ

歴史を変えた重金属

2019.03.24 (Sun)
アーカイブ42

今回はこのお題でいきますが、みなさんが世界史で勉強した、青銅器時代とか
鉄器時代のことではありません。もう少し別の角度からのお話です。
さて、重金属とは、「比重が4~5以上の金属元素のことである。
一般的には鉄以上の比重を持つ金属の総称。」
とWikiに出てきています。

で、これらの重金属の多くは強い毒性を持っています。
例えば、抗癌剤のシスプラチンのプラチンはプラチナ(白金)を表します。
強い細胞毒性があり、癌細胞を痛めつけますが、
正常細胞にも大きなダメージを与えます。
髪の毛が抜けてしまう副作用はよく知られていますね。

また、自分は趣味で海水魚を飼育しているんですが、
飼っている魚が白点病という寄生虫病になった場合、銅を使って治療します。
銅には強い毒性があり、魚に影響を与えず、白点病虫だけを殺すには、
銅製剤の量の微妙なさじ加減が必要です。

これらの重金属は、西洋・東洋、日本を含めてさまざまな歴史の場面で登場し、
大きな影響を与えてきたと考えられています。特にそれがとりざたされるのは、
鉛と水銀ですね。どちらも昔から使われ、やはり毒性は強く、
有機水銀が水俣病を引き起こしたのは、みなさんもご存知でしょう。

さて、まず鉛のほうからいきましょう。ネロ・クラウディウスは第5代の
ローマ皇帝で、1世紀の人です。世界史では「暴君ネロ」として知られています。
その治世は、最初の頃は穏健でしたが、母親を殺害したあたりから精神に
異常をきたしはじめたといわれ、親族や臣下を多数 処刑しています。

皇帝ネロ


また、初期のキリスト教徒を迫害したことも有名ですね。
キリスト教徒をとらえると、松明のかわりに火をつけて燃やしたとか、
宮廷で飼っていたライオンと戦わせたとか、さまざまな話が残っています。
これで、キリスト教の広まる勢いはだいぶ弱められました。

余談ですが、ネロは幼少時から、当時は蔑まれていた芸人になりたい
という希望があり、皇帝になってから、無理やり数千人の観客を集め、
自分が歌うワンマンショーを、たびたび開いていたそうです。
まさに、『ドラえもん』に出てくるジャイアンの元祖のような人でした。

このネロが暴君だった原因は、鉛中毒だったのではないかという説があります。
当時のローマでは、貴族の家に通じていた水道管や食器には鉛が使われており、
その毒性が少しずつ体内に蓄積していって、精神に影響を与えたというわけです。
ちなみに、ネロは31歳で自殺しています。

あと、日本でも、徳川幕府の7代将軍、家継は8歳で亡くなっています。
また、13代将軍家定は、34歳で死にましたが、幼少時から体が弱く、
人前に出ることを極端に嫌っていました。
これは、乳母に授乳されるとき、その胸に塗られていた白粉に含まれる、
鉛の中毒だったのではないかという説があるんです。

徳川家継


鉛入りの白粉は、長い間使用されてきましたが、やがて、
その毒性が知られるようになり、だんだんに別の素材に入れ替わって
いきました。ですが、鉛入りのものが法律で禁止されるには、
1934年(昭和9年)まで待たなくてはなりませんでした。

次に、水銀をみてみましょう。これは前にも書きましたが、
中国を統一して初めての皇帝となった始皇帝、政は水銀中毒で死んだという
話があります。当時 信じられていた仙道では、水銀をきわめて重要な
素材とみなし、それでつくった丹は不老不死の妙薬とされていました。

で、水銀をつねづね服用していた始皇帝の命を縮めたというわけです。
始皇帝は50歳で病没していますが、もう少し長生きできれば、
後継者の体制が固まって、秦の治世はもう何代か続いていたかもしれません。
また、西洋でも、水銀は錬金術で重要視され、多くの錬金術師が
水銀中毒で亡くなったんではないかと推察されています。

秦始皇帝 政


さらに、さまざまな妖怪がぞろぞろ練り歩く「百鬼夜行」。
これも、水銀中毒と関係があるんじゃないかという説があるんです。
聖武天皇の発願で752年に開眼した奈良の大仏ですが、アマルガム法で
金メッキをするために、世界で類例がないほど大量の水銀が一度に使われました。

東大寺盧遮那仏


そのため、大仏の開眼後に、平城京には原因不明の病が流行し、
大仏造営に関わっていた工人たちが、水銀中毒で体のあちこちに異常をきたし、
障害者となって集団でさまよっていた姿が
百鬼夜行として表されたのではないかという、ひどい話があるんですね。

さてさて、当ブログはオカルトブログですので、ここまでの内容は、
話半分にして聞いてください。ネロにしても、始皇帝にしても、
その遺体を分析して、鉛や水銀が検出されたというわけではありません。
ただ、これらの重金属の毒性が、世界の歴史にいろいろな形で影響を与えてきた
のは間違いのないところでしょう。では、今回はこのへんで。

関連記事 『秦始皇帝と不老不死』



関連記事
スポンサーサイト




トラックバックURL
http://scoby.blog.fc2.com/tb.php/1833-2ec92df0
トラックバック
コメント
管理者にだけ表示を許可する