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アーカイブ 白銀

2019.03.25 (Mon)
先週のことです。金曜を年休取って、土日とかけてスキーに行きました。
2泊3日の今シーズンの滑り始めでした。いえ、一人で車で行ったんです。
片道4時間ほどもかかりましたが。スキー用具を送って、
電車で行くってのはあんまり好きじゃないんですよ。
それと、人といっしょに行くのもちょっと。気を遣うし、
初心者がいたりすれば自分のペースで滑れないじゃないですか。
どのみち、俺の職場にはスキーできるやつってあんまりいないんです。
所帯持ちの先輩は、行くにしても家族とだろうし。
宿泊はネットで探して、半ホテルの温泉宿にしたんです。
ペンションははっきり嫌いですね。やっぱオーナーに気を遣うし、
キッチンとかで手料理をふるまわれるとかも、俺は落ち着かないです。

夜は自分の部屋で酒飲んで、好きなようにしたいじゃないですか。
出身が雪国なんです。スキーは子どもの頃からやってました。
小中とも学校の裏の山に専用のスキー場がありましたよ。ロープつかんで登るやつ。
1日目、宿に着いたのが2時過ぎでした。
で、部屋に荷物を置いて、さっそく滑りに行ったんです。
快晴で、雪質もよく、気持ちよかったですよ。6時過ぎに滑り終えて、
宿に戻りました。ナイターもあったんですが、自重したんです。
まだ1日半ありますから。筋肉痛で滑れないなんてことになったら、
何のために来たかわからないですし。
部屋に食事を運んでもらって、持ってきたウイスキーをちびちびやってね。
ベッドでテレビを見てるうちに寝てしまいました。

翌朝のことです。起きてすぐ窓のほうを見ました。天気が気になるじゃないですか。
そしたら、外に人がいたんです。「え!」と思いました。
部屋の外に廊下があって、そこに籐椅子とテーブル、
廊下に面した窓の外にバルコニーがあるんですが、
雪が積もってるから出ないように宿の人に言われてたんです。
バルコニーにはもちろん、その部屋からじゃないと行けない作りになってるんですよ。
小学生の女の子だと思いました、赤の地に太い白の線の入ったスキースーツを着た。
顔はわかりません、競技用のクラッシュヘルメットをかぶってましたから。
半身をこっちに向けて立ってるように見えたんですが・・・
近づいていくと誰もいなかったんです。いや、そのときは幽霊とか思いませんでした。
雪が朝の光でまぶしいくらい明るかったし。

だから・・・気の迷い、幻覚だと考えたんです。ウイスキーもけっこう飲んでましたからね。
バルコニーには足跡どころか、人が立てば膝まで埋まるくらいの雪がありましたし。
でね、朝食を食べてすぐ、スキー場に出かけたんです。
宿からは歩いていけるほど近かったです。
パスを買ってましたので、午前中はゴンドラで何本も滑り、ヒュッテで食事をしました。
ええ、ビールも飲みましたが、1杯だけですよ。
で、午後からは上級者コースに行ったんです。リフトでしか行けない高いほうです。
そこは斜面が急なので初心者はいないし、じゃまなスノボもいません。
3本ほど滑って、またリフトに乗ったとき・・・もう上に着くというあたりで、
下を赤いスーツの女の子が滑っていくのが見えたんです。

朝と同じスキースーツで、同じ子だと思いました。
でも、下はまばらな林とリフトの支柱が立ち並んだ、圧雪されてない斜面です。
滑走禁止区域だし、ありえないと思いました。
もう一度確認しようとしたら、女の子の姿はありませんでした。
それと、滑っていたならついているはずのシュプールも見えなかったです。
このときに急に怖くなったんです。・・・女の子の赤いスーツですね。
それが記憶にひっかっかってるっていうか。でも、考えてみてもわかりませんでした。
もう上で滑るのはやめて、人のたくさんいるコースにずっといましたよ。
やっぱり怖いので、この日もナイターはやめちゃったんです。
で、宿に戻って、思い切ってロビーで話したんです。スキー場でのことじゃなく、
朝、部屋のバルコニーに女の子がいたと思ったことをです。

そしたら、係員は変な顔をしてましたが、「少しお待ちください」と、
奥に引っ込んでいきました。代わって、60過ぎくらいの白髪の紳士が出てきたんです。
そこの温泉ホテルのオーナーということでした。女の子の服装のことを聞かれたんで、
「スキースーツは赤に太い白い線」と答えたら、「ああ」とため息のような声を出し、
ホテルの裏手にあるオーナーの住居に案内されました。
そこの一室に通され、中にはたくさんのトロフィー類が整然と並べられていました。
壁には新聞の切り抜きを額に入れたもの。
子供用の机の上に写真立てがあり、女の子の古い写真が飾られてありました。
その中に、あの赤いスキースーツでコースを滑っているのもあったんですよ。
オーナーの話で、それが娘さんであることがわかりました。小さい頃からスキーを仕込んで、
トロフィー類はその子がいろんな大会で取ったものだったんです。

その子は関係者から将来を嘱望されていたんですが、夜間の練習中にコースを外れ、
停まっていた雪上車に衝突して、3ヶ月入院した後に亡くなったということでした。
「未練がましいと思うでしょうけど、娘の思い出のものをこの部屋にまとめてあります。
 あれから10年近くたつが、あなたが見たのは娘じゃないかと思います。
 ですが、なぜ姿を見せたのかわかりません」オーナーはこう言ったんですが・・・
俺には心あたりがなくもなかったんです。額に飾られている新聞の切り抜きの中に、
東北の有名スキー場の大会で、5年生の女子の部でその子が優勝した記事が
あったんですが、同じとき同学年の男子の部で優勝したのが俺だったんです。
おそらくその大会の表彰式で、姿を見ているんだと思います。
だから、赤いスキースーツが記憶の底にひっかかっていたんじゃないかと。
オーナーはずっとその土地に住んでいて、
その子が亡くなったのは、一つ隣のスキー場ということでした。

でね、3日目。午前中滑ってから帰るつもりだったんですが、
予定を変更して、その子が亡くなったというスキー場に行ってみたんです。
そこは町営でロープとリフトしかなく、コースも短かったんですが、
かなりの急斜面でした。日曜なのに一般客はほとんどなく、
そのかわり小中学生が来て練習していました。おそらくこれから大会が続くんでしょう。
頂上までリフトに乗り、4本滑りましたが特に何事もなかったんです。
帰る時間が近づいてきたんで、最後にと思い、子どもらがいなくなっていたので、
役員らしき方にお願いして、彼らが練習していた大回転のコースを滑らせてもらったんです。
ポールを通るのは久しぶりで、もうまったく なまっているのがすぐにわかりました。
もしタイムを計ったら、小学生のときより何秒も遅かったかもしれませんね。
あまりに体が思うように動かず悔しかったんで、もう一本滑りました。

1回目よりはだいぶマシでしたよ。リズムに乗って滑れていたと思います。
時間にすれば2分もかからなかったでしょうが、
その間に子どもの頃のことをたくさん思い出しました。
あと最後の旗門を通ってゴールするだけ、というところで、
曇り空の雲のすき間から太陽が顔を出し、あたりをまぶしく照らしました。
斜面が銀白色に輝いて・・・もちろんゴーグルはしてましたが、
一瞬目がくらんで足がもつれ、転倒してしまいました。
いや、ずっとカッコつけて滑ってましたんで、転ぶ感覚も懐かしかったです。
そのまま背中で滑っていると、ふっと横に小さな赤いスキースーツが現れて
追い抜いていき、勝ち誇ったように両腕を開いてゴールし、消えたんです。
いえ、もう怖くはなかったです。・・・彼女はずっと競技の中にいるんでしょうね。
それが幸せなのかどうかはわかりませんが・・・まあこんな話なんですよ。





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