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恐怖の研究

2013.12.04 (Wed)
 『恐怖の研究』と『』付けすると、
これはエラリー・クイーンのミステリ作品の題名になります。
コナン・ドイルの『緋色の研究』をもじってつけられたもので、
シャーロック・ホームズの切り裂きジャックに関する事件の遺稿が発見され、
当時の名探偵であるクイーンの元に届けられるといった筋だったと記憶していますが、
ホームズ、ジャック、クイーンと大物3人がからむわりには成功作とはいえないものでした。

 ま、ミステリの話ではありません。なぜ人は恐怖を好むのかという話をしてみます。
恐怖の感情自体は人間の脳内で生起されるものです。これまでの人間の進化において獲得してきた
危険に対する安全装置と言っていいかもしれません。
危険を感じ、それにより恐怖の感情を呼び起こされ、
安全へ退避するための動機として働くということでしょう。
しかし「幽霊ミームはどこへゆく」の項で書いたように、
(幽霊ミームはどこへゆく)
人それぞれが強く恐怖を感じる対象は一定ではないようです。
ある人は幽霊なんていないからまったく怖くない、
むしろゴキブリのほうがずっと怖いというような。

 このことは脳科学だけでは説明が難しく、心理学的なアプローチが必要になるでしょう。
「恐怖の条件付け」という実験があるそうです。
まだハムスターが怖いものだともかわいいものだともわからない乳児に、
ハムスターを見せると同時に怖い体験をさせれば、乳児はハムスターを怖がるようになり
その記憶はずっと続くというようなものです。
ですから前項では、人が持つ恐怖のミームは大きな共通項を持ちながらも
少しずつ異なると書いたわけです。
これは人それぞれの生育環境や宗教などが異なるためだと考えられます。

 さらに人間の中には恐怖を好むタイプの人がいて、
自分もそうなんですが、好んでホラー映画や怪談を読むし、
お金を払ってお化け屋敷に入ったりもします。なぜこんなことがあるのでしょうか。
ある心理学グループはこんな研究を発表しています。
『ホラー映画やホラーゲームが子どもに大人気なのも、恐怖を体験しながら無傷で切り抜ける
こと自体が満足感になることが理由と考えられる。
子ども時代は、自分の限界を試す時期だ。
大学に行くような年齢かそのあとぐらいになるまでに、
人は十分に自分の限界を試しつくす。それから、より実質的な方面での発達に向かう。』

 つまり「恐怖と向き合って克服する体験から満足感が得られる」ということで、
これはホラーだけではなく、スカイダイビングやバンジージャンプなどの
身体的なものにもあてはまると書かれていました。
確かに、冒険家、登山家などが次々に新たな冒険に挑み、
最後には命を落としてしまったりする人が多いのを見れば、
そうかなとも感じますが、ホラーの場合はそれだけではない気もします。

 スポーツ的なものはともかくとして、
ホラー映画や小説をによって実際の生命の危機に陥るということはまずありません。
(まれに映画鑑賞中の心臓麻痺等もあるようですが・・・)
つまり自分は絶対安全という大きな枠の中で、
ほどほどのスリルを楽しんでいるというわけです。
感情移入していた映画の登場人物が殺人鬼によって頭を割られるシーンを見て
恐怖のあまり持っていたポップコーンをこぼしてしまう。
しかしあたりを見回せば、自分のまわりには大勢の観客がいて安全であることが確認でき、
頭を割られたのが自分ではないことでほっと安堵する。
このようにホラーを見たり読んだりすることは、
自分の生を確認する一手段という意味もあるのではないかと思います。

 ホラー映画でも緊張する場面が続くだけでは観客はまいってしまいます。
適度に弛緩する場面があるからこそ恐怖のシーンを楽しむことができるのでしょう。
脳内物質の分泌とも関係がありそうです。
ホラー映画は娯楽であり、大手の映画会社はそのプロですから、
緊張と弛緩、恐怖と笑い(エロも)を
長年の経験の蓄積から、自在にコントロールするすべを知っているんですね。
そして観客は、ジェットコースターに乗ったのと同様に楽しませてもらえるのです。
逆にマイナー集団がそのあたりを計算せずに作った映画が、圧倒的な怖さとエグさで
評判を呼んだりする場合もあります。
このようなことは怖い話を書く場合にもあてはまりそうです。


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