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痩せる

2013.12.07 (Sat)
電車を降りるとあと10分歩けば家に着くんだが、悪いことに東口には飲み屋街があって、
そっちに目を向けると、ついふらふらと居酒屋に入ってしまうことが月に何回かある。
その日も誘惑に負けて居酒屋のほうに足を向けたら、横道から前に太った男が出てきた。
重い足取りだったんで追い越した途端「山木さんじゃないですか」と声をかけられた。
ふり向くと太った男と目があったが、その顔に見覚えがあった。

「あれ・・岸君だっけ。そうだよね」何度か会ったことのある、
取引先の建築会社の資材課の作業員で、だいぶ歳が離れてるんで君づしてしまった。
それにしても半年ばかり前に見たときよりずいぶん太っていた。
「いやあ、久しぶりですね。一杯どうです」向こうから誘ってきたから一緒に居酒屋に入った。
トレーナーの上下というラフな格好をしていたんで「どうしたんだい」と聞いたら、
「病院の帰りです」と答えた。

生ビールを注文して、向こうの会社の話を出したら「俺、休職中なんです」と言った。
2ヶ月ばかり前から体を壊しているということだった。
そう言われてみれば皮膚につやがなく、体全体がだぶっとたるんだ感じがしていた。
「そりゃ大変だね、お酒飲んでもだいじょうぶなの」と聞くと、
「それはまあなんとか」とあいまいに笑って、
「大きな病院にかかってるんですが、どうも原因がはっきりしなくて。
それでいろいろ検査しているとこなんです」と言った。

とりあえず乾杯してから、
「どんな症状があるの?」と重ねて聞いたら「体重が減るんです」と答えた。
なにかの悪い冗談なのかと思った。
なぜなら前に会ったときは筋肉質の体型だったが、今よりも
10kg以上体重は少ないように見えたからだ。
病気でむくんでいるんだとしても、減っているというのはありえないだろう。

俺が変な顔をしてるのがわかったんだろう。
「冗談言ってると思うでしょう。でも今60kgないんです」と真顔で言った。
そんな馬鹿な。どう見ても80kg以上はあるはずだ。
するとこちらの考えを察したのか「いやあ本当ですよ。今ここに体重計があればなあ」と嘆息し、
「具合が悪くなったきっかけはなんとなく思いあたるんです」と言った。
信じられない思いだったが、飲みながら話を聞かせてもらった。

「夕方、トンネル工事の現場に足りない資材を4tトラックで運んでいったんですよ。
そしたら道に迷ってしまって。
いや、ナビの案内どおりに行ったらどんどん人気のない山奥の道に入っていって、
明らかに違うと思ったから、トラックを転回して引き返そうと場所を探してたんです。
そしたら木立にすこし切れ目のあるところがあったんで、トラックの頭を突っ込みました。
そこは沼のほとりだったんですね。もう日が沈みかけていて、沼が赤く光ってました。
それを見てたら急に眠くなってしまったんです」

「ちょっとうとうとしたと思って目を覚ましたら。もうあたりは真っ暗になってました。
携帯を見ると着信履歴が入ってる。俺が来なくて現場も困ってるんだと思って
ヘッドライトをつけて引き返そうとしたら、囲まれていたんです」
「えっ、誰に」と思わず聞いてしまった。
「痩せた人ですよ。痩せた人が10人以上はいたな。車の前に3人いたし、
ミラーで確認しただけでもそんくらいはいました。沼から上がってきてるのも見えたし」

「痩せた人ってどういう意味?」
「いや人かどうかもわからない、というか人じゃないです。とにかく泥色で痩せてるんです。
頭と手足はあるけど目も鼻もないし、胴の細さもこれくらい」とすねのあたりをつかんでみせた。
「早くもどらなくちゃならないし、人じゃないと思ったからトラックを回すとき何人・・
か轢き飛ばしたんです。人じゃないからいいやって」
「おいおい」

「実際人じゃなかったんです。トラックにもばしゃっと水がかかったような感触しかなかったし、
あとで確認しても泥しかついてなかったんです。だから生き物を轢いたんじゃないんです」
「変な話だなあ。それ全部夢なんじゃないの」
「・・・そうかもしれないですが、でも俺が痩せはじめたのはそのときからなんです」
これは体じゃなく心のほうの病気かもしれないと思ったが、太っているのに痩せてるというのと、
今の話以外はそれほどおかしいところはなかった。

それでもやっぱり薄気味悪くなって、あまり酒がすすまなかった。
向こうもそれを察したんだろう。
「付き合ってもらってすんませんでした。そろそろ帰ります」と言ってきたんで、
「俺は歩いて帰れるからタクシー呼ぶよ。
ここの勘定はもたせてもらうしタクシー代も俺の名前でうちの会社につけて」
「すいません。お言葉にあまえます」そんなやりとりをして、
タクシーが来たというので店の外まで送った。

「じゃお大事にね」と声をかけたら、
「ありがとうございました」と言って彼が車に乗りこもうと身をかがめたとき、
着ていたトレーナーの背中がぼこっと盛り上がった。たるんだ肉の下から丸い人の頭のようなものが
内部から出てこようとして突っ張っているように見えた。しかも一つではなかった。
思わず後じさりしたときには、タクシーはドアを閉めて走り出していた。
それから10日ばかりして、彼が亡くなったという話が伝わってきた。

彼は独身でアパート暮らしだったが、
下のポストに何日分も新聞がたまってるのを不審に思った管理人が
合鍵を使って入ってみると、風呂の湯船の中で冷たくなっていたんだそうだ。
火葬に立ちあった建築会社の社員の話では、
骨と皮ばかりに痩せて体重は50kgもなかっただろうということだった。
それからこれは後で入ってきた噂話なんで真偽のほどはわからないが、
彼が亡くなった風呂にはいっぱいに緑色の泥がつまっていたという。

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