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うちの町内の話

2019.04.21 (Sun)
じゃあ、話を始めさせていただきます。私が生まれ育った町内のことです。
はい、今はそこには住んでいません。高校を出てから、地方の
中核都市で就職し、今はそちらで一家をかまえてるんです。
私の両親はまだそこにいますよ。現在は退職してますが、
2人とも公務員だったので、かなりの年金があるんです。
ですから、悠々自適の生活でうらやましいです。
いや、私もね、小さい頃から両親に「お前も公務員になれば」って
言われてたんです。けど、どうも勉強が嫌いで、
大学には行かなかったんです。それと、あんな田舎町で一生暮らすのも
嫌で、もっとにぎやかな街に出たかったんですね。
今から考えると、両親の言ったとおりにしておけばよかったと思います。

弟は公務員なんです。けど、県庁の関係なんで、あちこち転勤が多くて、
やっぱりあの町内には住んでません。あ、すみません。
関係のないことをくだくだしゃべって。それで、その町内なんですが、
古くからある町ってわけじゃないんです。小高い丘を切り開いて造成した
新興住宅地。といっても、できたのはもう40年ほど前です。
その頃は、あのあたりもまだ人口が増えてましたからね。
当時、結婚して私が生まれたばかりの頃の両親が、借金して
建売を買ったんです。その団地の住人全体が、ほぼ同じ時期にそこに
住むことになったわけです。ですが、今言ったように、
新しい住人はほとんど入ってこないので、すごく高齢化が進んでるんです。
空き家になった家も何軒もあります。

造成された当時は戸数が300。いちおう1丁目から
4丁目まで分かれてますが、丘の上全体が一つの町内になってるんです。
それで、私が10歳のときかな、有線放送が始まったんです。
ラジオ受信機を町内の各家で準備したんですが、
その内容が奇妙なものでねえ。毎日、夜の10時に1回だけ放送があって、
男の人の声で、「今日は緑です。安心して生活してください」って。
ねえ、奇妙でしょう。ふざけてるんじゃないかって思うでしょうが、
うちの両親は公務員で、その時間には仕事から戻ってきてましたので、
ほぼいつも放送を聞いてました。もし、何か用事などがあって、
両親のどちらもが その時間に聞けない場合は、
外から町内の誰かの家に電話をして、その日の放送内容を確かめるんです。

これは他の家でも同じだったと思います。なんでかというと、
放送を聞かないとたいへんなことが起きるからです。
はい、順を追って話していきます。そうですね、月に2回くらいかな、
放送の内容が変わって「町内のみなさん、今日は黄色です。
 ご注意ください。くり返します。今日は黄色です。
 落ち着いて、いつもの手順通りお祀りをしてください」
となるときがありました。この「お祀り」って部分、私は子どもでしたから
よくわからなくて、ずっと「お祭り」だと思ってたんですよね。
それで黄色の日は、旅行などで一家総出で不在の場合をのぞいて、
町内の各家では、玄関の前に祭壇を組むんです。
ほら、お盆のときにやるみたいな、竹と筵でできた簡単なやつ。

その上に、お米と徳利に入ったお酒、皿に盛った塩をお供えして、
あと、香炉に松葉でつくった特別製のお香をくべまして、
そのままにして家の中に引きこもるんです。そうして、夜中の2時を過ぎる
までは誰も外に出てはいけないきまりになってました。
まあ、そんな時間ですから、たいがいの家では朝まで出ないんです。
そして翌朝早く祭壇を片づけます。でね、これが、
米が地面にばらまかれ、徳利の酒がなくなってるときがあるんです。
いや、全部の家じゃなく、20軒に1軒くらいでした。
はい、祭壇はどこの家でも玄関近くの棚の上などに用意をしてました。
あと、お酒の買い置きもね。何でそんなことをするのか、
酒を飲んだのは誰かって?まあまあ、それをお話してるんです。

これね、子どもの頃の自分にも不思議で、両親に聞いたことがあるんですが、
はっきりした答えはなかったですね。で、緑、黄とくれば、
当然赤があるだろうと思われるでしょうが、そのとおりです。
有線放送の内容が「町内のみなさん、今日は赤です。緊急事態。
 緊急事態、もし出かけている家族がいれば、必ずこのことを知らせて 
 ください。緊急事態、緊急事態、すべての扉を封印し、
 朝まで家に籠もってください」こんな感じでした。
そのときには、家の表戸、裏戸の鍵をかけて、ふだんは神棚に
あげている御札を戸の外に貼るんです。家の中も、電灯やテレビをつけず、
真っ暗なまま、朝が来るまでじっとしています。
はい、このときには、放送がサイレンの音で始まりました。

もし10時の段階で外出してる家族がいた場合は、何としても知らせて、
その日は家に帰ってこないようにさせます。これは携帯電話のない
当時はかなり大変なことでしたよ。でね、その赤の日というのは、
年に1回くらいで、ない年もあったんです。その放送が始まって、
私が高校を卒業して家を出るまで、たしか5回聞いたと思います。
そのうちの4回は、特に何事もなかったんですが、1回だけ、
夜中の12時を過ぎたあたりで、家の玄関の戸がドカンドカンと
叩かれたんです。もちろん誰も出す、家族が居間に集って息を
殺してましたよ。でね、この放送をしているのが、町内に住んでいる
高校の先生だったんです。歴史が専門で地方史の研究をしていた。
その先生が毎晩9時過ぎに家を出て、団地の丘の外れにある

お堂を監視してるんです。古いもので、大きさは1m四方くらいなんですが、
その扉を開けて中を確認する。中に何が入ってるかは、私はわかりません。
とにかく、その状況によって、今日は緑、黄色、赤というふうに、自宅から
有線放送するんです。その費用は町内会費でまかなわれていたはずです。
そのお堂は、団地が造成される前から、その丘の林の中にあったみたいです。
誰も祀る人がいなくなって朽ちていたのが、工事のときに発見された。
これは聞いた話ですが、そのお堂、当初は大きな神社の摂社として
移設されるはずだったのが、儀式をやっている最中に、
祝詞を唱えていた神職が血を吐いて倒れたんだそうです。それで、
これはふれてはいけないものだってことになったみたいなんです。
それから、私は幼児だったので、くわしくは知りませんが、

町会の主だった人たちが何人も亡くなって。さっき話した高校の歴史の先生が、
そのお堂のいわれを調べて対処法を考え出したということです。
ねえ、不思議な話だと思いませんか。私は町内から出ましたので、
今でも半信半疑のところはあります。ただ、さっき言ったように、
赤の日の夜中に何者かが来たのも事実ですし。
はい、緑、黄色、赤の連絡はつい最近までやってました。さすがに有線は
時代に合わなくなったので、携帯電話への一斉メール配信にかわりました。
それも、退職されたやはり同じ高校の先生がやられてたんですが・・・
つい10日ほど前に亡くなられたんです。78歳ということでした。
ただ、病気などはなく、朝になってお堂の前で倒れているのが発見されたんです。
その死因が、頭部の陥没骨折と脳挫傷です。

何か重い石のようなもので、頭をつぶされたってことですが、
近くには大きな石などはなかったんです。不審死とされて警察が入り、
事故と事件の両面から捜査をしているという話です。
ですから、それ以来、誰もお堂を開けてみてはいないし、連絡も来ません。
もし、赤の日があったとしてもわからないわけですよ。
そのため両親がすごく怖がってまして。今さら引っ越すのは困るが、
お堂の中のものに夜中に訪問されるのはたまらないって。
もちろん、町内会でも対策をいろいろ考えたんですね。それで、
両親を通じで私のところに連絡が来まして、こちらの会のある市に住んでいる
お前が、どうすればいいのか、もし対処法があるならお伺いしてこい、
そのように言われて、ここで話をさせていただいたんです。




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コメント
 「特定コミュニティの因習・奇習」を現代風にアレンジすると、どうしてもこういうナンセンス話か、あるいはジャパホラ映画めいた大掛かりな話になってしまうんでしょうね。個人的には、住宅街の町内放送という切り口が斬新で好きです。
| 2019.05.05 14:19 | 編集
コメントありがとうございます
この手の丘を切り開いて他から孤立した感じの住宅団地というのは
地方都市にはけっこうあって
何か住人しか知らない怖い秘密があるんじゃないか
という気にさせられますね
bigbossman | 2019.05.05 18:17 | 編集
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