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幼帝の話

2019.05.25 (Sat)

壇ノ浦の合戦

今回はこういうお題でいきます。地味な話なので、スルーされた
ほうがいいかもしれません。「幼帝」というのは言葉どおり、
幼くして即位された天皇ということですが、
じゃあ、どこまでが幼いのかというとなかなか難しいですね。

これは歴史の学術的な用語ではないんですが、一般的には、
18歳以前に即位した場合、幼帝と言うことが多いです。
この要件を満たす天皇って、じつはすごくたくさんいるんです。
正確に数えたことはないですが、126代の天皇のうち、
50人くらいいるんじゃないかと思います。

幼帝が多く出たのは、まず平安時代の藤原氏全盛期ですね。
摂政という役職がありますが、天皇が幼少、女性、病弱などの場合、
天皇に代わって政務を執ります。藤原氏の時代は、
幼少の帝を飾り物として、自由に世の中を動かすことが画策されました。

あとは院政の時代と、それから江戸時代ですか。
日本の中心が京都から江戸に移り、政治はすべて幕府が行っていて、
天皇の権力が最も形骸化した時期です。
幕府にしてみれば、天皇は何もしないでいてくれれば一番いい、
そのためには幼帝が好都合というわけです。

さて、日本で最も幼くして皇位についたのは、平安時代後期、
平家の全盛期に即位した、第79代 六条天皇。数え年2歳で、
満にすれば生後7ヶ月です。即位式の途中で泣き出したため、
式を中断して乳母が乳を与えたという記録が残っています。

六条天皇
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この天皇、生まれつき幸が薄かったみたいで、3歳のときに譲位して
上皇になっていますが、これも最年少記録です。
これだと、おそらく天皇になっていた記憶はないと思われます。
そして11歳のときに赤痢で崩御してしまうんですね。
当然、后妃も子もありませんでした。

さて、史上最も有名な幼帝というと、平家に担がれ、
壇ノ浦で入水して亡くなった、第81代 安徳天皇だと思います。
即位が1歳2ヶ月、もちろん政治は外祖父であった平清盛がすべて
とり仕切っています。崩御は1185年4月、満7歳のときです。

安徳天皇
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このときの様子は、『平家物語』にくわしく記されていますが、
ただ、これは物語であり脚色性が強いため、そのまま
史実とみなすのは難しい面があります。安徳天皇の入水のとき、
皇室に伝わる三種の神器もいっしょに水に沈みましたが、
そのことが、後の2人の幼帝の生涯に影を落とすんですね。

三種の神器のうち、神璽(八尺瓊勾玉)と神鏡(八咫鏡)は
源氏側が回収し、宝剣(草薙剣)だけが海に沈んだとされますが、
この宝剣が、熱田神宮にあるとされる本物だったのか、
あるいは形代だったかはよくわかっていません。

いっぽう、平家が西国に逃げだした後の京都では、後白河法皇を
中心として新しい天皇が擁立されます。第82代 後鳥羽天皇ですね。
即位のときは3歳になったばかりでした。このときはまだ、
安徳天皇は存命でしたので、日本の史上初めて、
2人の天皇が同時に存在したとみなされています。

三種の神器(イメージ)
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また、三種の神器が平家方の手にあったため、三種の神器を持たずして
即位するのも初めてのことです。現在から考えれば、そんなのなくても
問題ないだろうという気がするんですが、当時としては大事で、
このことが後鳥羽帝の生涯に暗い影を落とすことになります。

さて、後鳥羽天皇といえば、上皇になった後、鎌倉幕府の執権である
北条義時の追討を図って、「承久の乱」を起こしたことで知られています。
しかし計画は失敗し、退位させられて隠岐島に配流され、
失意のうちに亡くなります。このときに怨霊化したとも言われていますね。

怨霊化したとされる後鳥羽上皇、自筆の遺言状、手形つき


この承久の乱の原因の一つに、三種の神器がそろわないまま
治世を過ごした後鳥羽天皇の「コンプレックス」があるという説があります。
三種の神器がなくても自らの強力な権力の存在を示そうとし、
それが対鎌倉幕府の強硬姿勢につながり、乱が起きたというわけです。

後鳥羽天皇
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そのあたりのことは何とも言えないですが、承久の乱の敗北によって、
権力の中心が朝廷から武士に移ったと見るのが、一般的な見解です。
最後にもう一人幼帝に登場してもらいます。第87代の四条天皇です。
即位は満1歳、満10歳のときに不慮の事故で亡くなっています。

この事故は、まだ幼い天皇が、近習や女房たちを転ばせて楽しもうとして
御所の廊下に滑石をまいたところ、誤って自ら転倒して頭を打ったことが
直接の原因になったと記録されています。不運としか言いようがないですが、
世間の人はみな、後鳥羽上皇の祟りだと噂しました。

四条天皇
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さてさて、ということで、幼帝についてのエピソードを拾って
みましたが、やはり天皇が幼くして即位する場合、
権力の中心が別に存在するということになるので、いろんな弊害が
起きてるんですね。では、今回はこのへんで。

関連記事 『安徳天皇と八岐大蛇』

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