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鬼の家の話

2019.06.12 (Wed)
今晩は、じゃあ話をしていきます。私の名字は、以前は「鬼方」って
言ったんですが、今は違います。結婚したときに、べつに婿養子って
わけじゃないけど、妻のほうの名字を名のることにしたんです。
うちの両親も、それがいいって勧めましたから。
それと私には弟が一人いて、まだ独身なんですが、
両親は弟にも、お前が結婚したらやはり相手のほうの姓を名のれって
言ってるんですよ。はい、鬼方っていう名字をなくしてしまいたい
みたいなんです。でね、はっきりとではありませんが、
私が子どものころにあった出来事で、その理由はなんとなく
わかるんです。その話をこれからしていきますが、
その前に、もう少しうちの家族の話をさせてください。

うちの父は○○信用金庫というとこに勤めてまして、40歳を過ぎる
ころまで、ずっと転勤族だったんです。それも県内とかじゃなく、
全国を回る。だいたい3年か4年で転勤、仙台の次は鎌倉、
その次は大宮って具合に、東日本だけでしたけどね。
ですから、私は小中で転校を3回経験しています。
その学校に慣れて、新しい友だちができたときにはもう転校です。
まあでも、父の信用金庫の支店があるのは大きな都市だけで、
私が通ったのは大規模校でしたから、いじめられたことはありません。
子ども心に、人にまぎれて目立たないようにしようとしていたんですね。
うちの父は中国地方のある村、今は市になっていますが、
そこの出身で、母も同じです。断片的に聞いただけですが、

江戸時代以前からある名主の家の3男だったんです。
それが高校卒業と同時に家を飛び出して、新聞奨学生をしながら
商科大学を卒業し、信用金庫に採用されたんです。
その後、同じ村出身の母を呼び寄せて結婚した。母とは高校の同期なんです。
それでね、父は一度も出身地の村に帰ったことがないんです。
ほら、旧家だと盆正月に親戚一同が集まったりするでしょう。
ああいうことはなかったんです。父の両親、私からみれば
祖父母にあたりますが、どちらとも音信不通で、これも母も同じです。
だから、私は父方も母方も、祖父母というものに会ったことがないんですよ。
珍しいケースでしょう。父も母も、出身地との関係を絶ちたいんです。
理由はわからないんですが、その村でよほど嫌なことがあったんでしょう。

そんなわけだから、私が鬼方の姓を捨てることを喜んでくれて・・・
それとね、私は小さいころから「鬼」になる遊びを禁じられてたんです。
鬼ごっことかかくれんぼです。絶対にやっちゃダメだって、
かなりきつく言われてました。まあね、私が子どもの頃はテレビゲーム
ばっかりで、外で遊ぶなんてことはほとんどなかったんで、
そもそも鬼ごっこなんてやる機会がなかったんですが。
ただ、小学校のとき担任の先生が、道徳の時間に体育館が空いてたので、
クラス全員でレクリエーションをやろうって言い出して、
手つなぎ鬼なんかもやったんです。そのときは、私は両親の言いつけを
守って、頭が痛いと言って見学してました。ただもちろん、
そのときは、自分が鬼になったら何が起きるかはわからなかったんですが。

ああ、すみません。前置きばかりが長くなってしまって。
あれは私が小学校6年生のときですね。転校して2年目だったはずです。
私はスポーツ少年団に入ってなくて、夏休みとかもずっと家に
いるんです。いや、友だちはいましたけど、おとなしい子ばかりで、
部屋で遊ぶのがほとんどでした。その日は夏休みの最中だったと思います。
友だちの家で3人でゲームをしてましたが、部屋が暑くてたまらず、
エアコンもないんで、みな音を上げて、外にアイス買いに行こうって
なったんです。で、アイスをなめながら戻ってくる途中、
児童公園の横を通ったんです。夏の盛りの日中ですがら、
誰も人はいませんでした。そしたら、友だちの一人が、
「ああ、俺 今ボール持ってるし3人だから、ここで はさみっこ やらないか」

って言って、ポケットから半分空気の抜けたテニスボールを出したんです。
もう一人が、「いいよ、やろう」って賛成しました。
でも、私はほら、鬼ごっこの類はダメでしょ。それで「はさみっこ」って
どういうものかわからなかったんで、聞いてみたんです。
そしたら、「え、知らんの? 野球だよ。3人でもできる野球。
 1塁と2塁を決めて、2人が守備で1人はランナー」
そのときは、この説明でもよくわからなかったんですが、
ランダウンプレーってことです。塁間にはさまれたランナーをアウトにする
遊び。本物の野球と違うのは、ランナーにボールをぶつけても
アウトになること。あと、走路って言うんですか、野球だと
そっから大きく外れるとアウトになっちゃうけど、遊びだからそれもなし。

で、野球なら大丈夫かな、ってそのときは思ったんです。
最初、私は守備側でした。でも、運動が苦手なのでランナーをアウトに
できなかったんです。ゴムボールでグローブもないんで、ポロポロ
落としちゃうんですね。あと、ランナーにあてようとしてもよけられちゃう。
すぐ交代になって、私がランナーになりました。
けど、他の2人がずっとボールを回してて、スタートする機会がない。
そのうち、一人がボールを落としたので、2塁のほうに走り出しました。
セーフ。次は同じ場所なのに、そこが2-3塁間になるんです。
これもチャンスがあってセーフになりました。もうわかりますよね、
最後は3ー本塁間で、ホームを踏めば1点取れます。でね、
そのころには遊びのコツがわかってきて、わざと2人の間にはさまれて、

ミスを待って先の塁に進むんですね。一人が軽くボールを落としたときに
ホームに走って行ったら、もう一人にボールがわたってタッチされそうになった。
それで大きく横に走ってよけたんです。そのとき、もう一人が、
「鬼にボールぶつけろ!」って叫んだんですね。「え、鬼!? これって
 鬼ごっこ?」そう考えたとき、ぐにゃんと視界がゆがんだんです。
手でこすってから目を開けると、私はだだっ広い砂浜にいたんです。
カンカン照りで、浜には何人も漁師が出ていて地引網を引いてました。
「え、え、え?」友だち2人の姿は見あたらず、10人以上いる漁師たちは、
私に向かって「何してる、お前も引け」そう強い口調で言いまして、
私は手近なところに取りついて、いっしょに網を引きはじめました。
やがて、波打ち際まで網がきたので、みなは引くのをやめて

それに近づいていったんです。中には房になった気味の悪い海藻と、
10cmくらいの尖った魚がたくさん入ってました。で、一つだけ大きな
ものがあったんです。それはワカメみたいな別の海藻がぐるぐるくるまっていて、
漁師たちは小刀を出して海藻を切りはがしだしました。私は近くに立って
それを見下ろしてたんですが、中から出てきたのは人間の子ども。
私でした。私と同じ服装で固く目をつぶり、髪は海水で
べったり額に張りついてましたが、その両方の生え際にあたる部分に、
髪を分けて白く鋭い角が出てたんです。「ああっ!」そこで意識が戻りました。
私は病院にいて、はさみっこの最中に公園で倒れたみたいなんです。
友だちが近くの大人に知らせ、その人が救急車を呼んで病院に搬送。
医師の診断では熱射病ってことでした。

その後すぐ、連絡が入った両親が来まして、そのころにはだいぶ回復して
ましたが、念のために1日入院となったんです。まあこんな話です。
これだけだと、熱射病のための幻覚だと思われるでしょうが、
退院してからもしばらく、額の左右の生え際が痛かったんです。
鏡を見るとうっすら丸く赤くなってましたが、そのとき父親が見てて、
「お前、鬼ごっこやったろう」って言われたんです。いや、怒られるとかは
なかったんですが、父親は「うちの家系が鬼役をやると、本物の鬼になってしまう」
そんなことを言いましたね。ですから、それ以後は一度もありません。
最後にですが、大人になってから、両親の出身の村をグーグルアースで
見たんです。過疎が進んでいるみたいで、瓦屋根の家がまばらにあり、
山麓に黒々と建ってる大きな屋敷が、おそらく父の実家なんだと思いました。






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