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妖怪談義1(封)

2013.12.18 (Wed)
今回は軽く妖怪の話でもしてみます。
何がいいですかね・・・ぬっぺっぽう(のっぺらぼう)でも取り上げましょうか。
これはラフカディオ・ハーンの書いた『むじな』のイメージで
とらえている人が多いのではないでしょうか。
最後に屋台のそば屋が「こんな顔でしたか~?」とやるやつです。
しかしこれは、独立した妖怪というよりムジナが人をおどかすために化けたものですね。
 本来の「ぬっぺっぽう」は顔だけがないというより、もっと人間離れしたもののようで、
江戸の儒者、秦鼎の随筆『一宵(ひとよ)話』に、奇妙な話が載っています。

『二代将軍秀忠の世、家康は引退して駿府城にいたが、
朝、城内の庭に不思議なものを見つけた。
子どもくらいの大きさだが、全身がふくらんでのっぺりしていて目も鼻もない。
また手はあるが指はない。「肉人」とでも呼ぶべきものだった。

家来がつかまえようとしたがかなわず、家康に告げたところ
「そのような不浄なものは追いやれ」とおおせられたので、
裏の山に追い捨てたということです。するとその話を後に聞いた蘭学者が、
「それは惜しいことをした、おそらく中国の『白澤図』に伝わる
封(ほう)というものであろう、食せば力が優れ武勇が増したのに」と嘆いた』


この「封」とは何か?『白澤図』のものは、
だいぶ「肉人」とはイメージが違いますので、
むしろ「太歳」と呼ばれるもののほうが近い感じがします。
太歳自体は中国の文献に古くから記述のあるものなのですが、
最近それらしいものが発見されて話題になりました。
これは丸みをおびた物体で弾力があり、表面を傷つけるとネバネバした液体が
しみ出して、自己治癒するという生物的な特徴をもっていました。
はたしてこれが太歳なのでしょうか?そもそも太歳とは?

中国では古代から仙道が発達し、不老不死の仙薬を求めることが盛んでした。
そしてその仙薬を構成する重要な要素が太歳であったとも言われています。
太歳は肉霊芝とも呼ばれ、その存在は『山海教』や
『本草綱目』にも記されています。この肉霊芝の正体は粘菌と呼ばれるもので、
発生は白亜紀まで遡り、最古級の生物であるとも言われます。
京極夏彦の『宴の支度ー始末』に「くんほう様」という
村に昔から秘匿されて伝わるものが出てきましたが、
これは正体が粘菌の一種でした。

粘菌は変形菌ともいい、
変形体と呼ばれる栄養体が微生物を摂食するという動物的な性質を持ちながら、
胞子によって繁殖するという植物的な性質も合わせ持つ特異な生物であり、
動物と見るか植物と見るかで古くから議論がある、とWikiには書かれています。
これは、害はないが食用には適さないとも、
肉のような歯ざわりを持ち美味で滋養になり力がつく
という上記の『一宵話』の記述に合致するとも、
掘り出すと地域に災厄をもたらし疫病が流行るとも言われています。

ただ粘菌=太歳=ぬっぺっぽう と一筋につながるとも思えないんですよね。
なぜかというとぬっぺっぽうには手足があり、自力で移動できます。
(擬人化されている面もあるのでしょうが)
最初の話に戻って、江戸幕府の公式記録『徳川実記』によれば同じ事件のことが、
『駿府城内に手足の指のない浮浪者が髪を乱し、
襤褸を着て佇んでいたのが発見された。
これを斬ろうとしたが、家康は実害がなかったからということで城外に追放させた』

というごく簡素な記述になっています。
これは警備の者の落ち度になるのを気の毒に思った家康が配慮したのかもしれませんし、
この浮浪者の様子は、ある種の伝染性の皮膚病に罹患しているようにも思われます。
そして話を噂で聞いた知識人が、自分が知っている古伝と結びつけて・・・・と、
妖怪話がどうやってできていったのかを考えさせられるものがあると思います。

『ぬつへふほふ』鳥山石燕と『太歳』
名称未設定 1




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