FC2ブログ

吊る掛け軸の話

2019.07.06 (Sat)
どうも今晩は。また来てしまいました。こちらに何度かおじゃまさせて
いただいたことのある、引退した骨董屋です。はい、また、たちのよくない
古物とかかわってしまいました。それが、今回のはかなりの難物なんです。
何十人も人が死んでいますし、そのうち一人はわたしの責任です。それで、
ここにいるみなさんのお知恵を拝借したいと思いまして。1ヶ月ほど前の話です。
ほら、わたしはもう引退したので、店も売り物もすべて手放してしまったんですが、
鑑定だけはまだ細々とやってるんです。老後の小遣い稼ぎということもありますし、
何よりもね、やはり古物からは離れられないんですよ。
それに、ときとして思わぬ眼福にあずかることもありますから。
あ、すみません、いらない話ですね。夕刻、わたしの家に来られたのは、
40代ほどに見える男性でした。地元の大手建築会社で部長をされておられる

ということで、たいそうお金のかかったスーツを着ておられました。
それで、一幅の掛け軸を持参しておられたんです。わたしのことは、
取引先の方からお聞きになられたそうです。上がっていただいて、
まずはその掛け軸を拝見したんですが、何とも言いようのないものでした。
桐箱から出してみると、表装はお金がかかっていましたが、ごく新しいものです。
まあこれは本紙、つまり書画の部分だけが年代物ということは普通にあります。
ところがです、巻いてあったのを開いてみると、その絵は・・・木炭で描かれた
細密画だったんです。木炭画はご存知でしょう。写真のように描くことができます。
つまり現代の洋画ってことです。普通は洋画を掛け軸になんかしないでしょう。
どんなに古く見積もっても明治後半以降で、美術品とは言えても、
骨董とは言い難いものです。それと絵柄がまた奇妙で。

和室の内部を描いたものでしたが、畳一枚ほどの空間を隔てて床の間がある。
かなりお金のかかった造作です。で、その床の間には品のいい翡翠の香炉が
置いてあって、その後ろに一幅の掛け軸がかかっている。
でね、その絵の中の掛け軸にも、やはり同じ床の間の絵が・・・
これは、と思って天眼鏡を出してみました。すると、その中にもまた掛け軸が。
あの、合せ鏡ってご存知ですよね。鏡を2枚、角度をつけて向かい合わせると、
どこまでもずっと鏡が続いてるように映る。あんな感じです。
ただまあ、鏡の場合は光のとどく力の限界がありますから、どこかで
見えなくなってしまうんです。ましてね、人間が描いたものなら、
いくら細密でもすぐに見えなくなるはずです。それが、どこまでも続いてるように
見えるんですよ。ありえないことでしょう。

その絵には、サインも落款も一切なし。「これは、どういうものですか」
わたしが尋ねると、その方は「いや、先月亡くなった親父の和室にあったんです。
 親父は70代ですが、現役で建設会社の社長をやっておりました。
 それが・・・まあ、知ってる人は知ってるので言ってしまいますが、
 自殺だったんです。鴨居で首をくくって。もちろん警察の捜査が入りましたが、
 自殺で間違いないということでした。遺書はなかったです。けど、
 そもそもね、自殺する動機が思いあたりません。会社の経営は順調ですし、
 私生活でも悩んでる様子はなかったんです。翌日、早朝からゴルフの予定が
 あって、母に支度をさせてたんです。それが、その夜に一人で
 和室にこもって、翌朝母が見にいくとぶらさがってた・・・」
「その和室にあったのが、この掛け軸ということですね」 

「そうです。でも、このせいで親父が死んだなんて、そのときは誰も考えて
 ませんでした。それでね、この1ヶ月、お恥ずかしい話ですが遺産相続で
 揉めてたんです。結局、兄が会社を継ぐことになりまして、
 形見分けのときに、この掛け軸をもらっていったんです」
「ははあ、お父様は他にも骨董を集めてたりとか」 「いえ、そんな趣味はなく、
 家にある掛け軸もこれだけです」 「どうやって手に入ったかおわかりですか」
「母の話だと、自殺の3日ほど前に宅配で送られてきたということです」
「それ、送り主は」 「いや、親父は見たでしょうが、包み紙なんかも
 捨ててしまってわかりません」 「うーん、じゃあ、お父様の死と、
 この掛け軸の関係を疑ったのはどうして」 「それが、気に入ったと言って、
 掛け軸を持っていった兄が、3日前に自殺したんです。

 やはり首吊りで。その現場、兄の家には私も行きましたが、その部屋の
 床の間にあったのがこの掛け軸・・・。兄もね、親父と同じで死ぬほどの
 動機なんてないんですよ」 「やはり遺書もなしで」 「はい」
「わかりました。この掛け軸、数日預からせてもらっていいですかね」
「差し上げてもかまいません。この掛け軸のせいではないのかもしれませんが、
 持っていたくないんです」 というわけで、手元に置くことになったんです。
いえ、わたしのところは、妻はもう亡くなって、子どもたちは別の県で
仕事についてますから、誰にも迷惑はかかりません・・・
そのときはそう思ったんです。でね、家の二階の和室に飾りまして、
夜、ずっと起きて掛け軸を見ていたんです。え、怖くなかったかって?
いえ、もうわたしも年ですし、不可思議なものを見ることができるなら
 
それはむしろ楽しみに近いつもりでした。でね、1日目の夜は何もなし。
あとね、日中は少しその掛け軸のことも調べてみたんです。まずは昔の
仕事仲間に電話をかけました。洋画の木炭画の掛け軸の噂を知ってるかって。
でも、何の手がかりもなし。ネットでも調べました。こう見えても
パソコンはできます。けどそれも無駄骨でしたね。絵に、これといった
特徴がないんです。まるで写真をトレースしたような正確な絵で、
作者の姿が見えない。2日目の夜です。やはり朝方まで何も起こらず、
もう寝ようかとしたとき、絵の中で何かがサッと動いた気がしたんです。
いや、画面を右から左に揺れるように大きなものが横切って、一瞬でしたので
はっきりしませんでしたが、人間の体のようにも思えました。
それ1回きり。あとね、そのときだけ、強いお香の匂いがしたんです。

白檀ですね。おそらくは絵の中にある香炉からのものなんでしょう。
で、3日目の夜です。ほら、相談者のお父様は、掛け軸が来てから
3日目に亡くなったって話だったでしょう。ですからきっと何かがあるだろうと。
その晩は、眠ってしまわないようコーヒーなどもずいぶん飲んでたんですが、
掛け軸の前に座って、午前2時ころですね、やはり同じ強いお香の匂いがして、
ふっと気が遠くなってしまった。気がつくと和室に倒れてたんです。
絵の中の和室ですよ。床の間があって香炉と掛け軸があって・・・
わたしの頭のすぐ上に人がぶら下がってました。浴衣を着た壮年の男性で、
頭を垂れ口から赤い泡を吹いてて、ひと目で死んでいるとわかりました。
・・・面識がないんですが、家に来られた相談者の兄さんなのではないかと
思ったんです。立ち上がると、畳の感触がしっかり足の裏にあり、

とうてい夢とは思えませんでした。なるべく首吊りを見ないようにして、
床の間に近づいていきました。お香の匂いがいっそう強まり、
掛け軸を見たとき、目の前がぐにゃんとゆがみ、私は肩から畳に倒れました。
はい、同じ和室・・・なんですが、違っていたのは鴨居からぶら下がっている人物。
老人で、最初に首を吊った社長なんでしょう。やはり下を向いて、
足は畳に届かずぶらぶら、片方の目玉が飛び出しかけていました。
・・・これが何度くり返されたでしょうかね。10回ではきかないでしょう。
わたしは掛け軸の中の掛け軸の中、奥の奥へとどんどん入り込んでいったんです。
そのすべての部屋で、首を吊った人がいました。年齢は様々でしたが、
みな男性でしたね。え、どうやって戻ってこれたかって?
いや、十何回目かのときにね、床の間の香炉を蹴り倒したんですよ。

気がついたら自分の部屋に戻っていました。ただね・・・危ないところだったんで
しょうねえ。わたし、手にネクタイを持ってたんですよ。仕事を引退してから、
もう何年もネクタイなんてしめる機会はなかったんですが。
それでね、詳細はまったくわからないながらも、これは到底わたしの手に負えるもの
ではないと考えまして。知り合いのお寺さんに持っていったんです。
ええ、これまでも何度か、いわくつきの古物を供養していただいてたんです。
だから今回も大丈夫かと思ったんですが、安易でした。ご住職はこころよく引き受けて
くださったんですが、その夜にお寺が小火を出したんです。ご家族は無事で、
亡くなったのはご住職だけでした。体に火傷はなく、煙による窒息死ということです。
でも、燃えたのは外の護摩壇だったんですよ。掛け軸はお寺のどこにも
見つからなかったんです。燃えてしまったならいいんですが、そうでないとしたら。

関連記事 『骨董屋シリーズ』



 

関連記事
スポンサーサイト




トラックバックURL
http://scoby.blog.fc2.com/tb.php/2053-6785bd9f
トラックバック
コメント
 エッシャーのような騙し絵が大好きなんですが、ああいう世界に閉じ込められたらこんな感じなんでしょうか。ただ、この掛け軸はもう少しウェットな(?)仕掛けというか、もしかすると香炉が本体の可能性すらあるな・・・と思いました。
| 2019.07.22 02:13 | 編集
コメントありがとうございます
この話、まず西洋の木炭画を掛け軸にするあたりが不思議ですよね
長くは保たないでしょうし、巻けば汚れる可能性もあります
なんでそんなことになったのかというところに、秘密の一端があるかもしれません
作者がわかればいいんですが

bigbossman | 2019.07.22 06:10 | 編集
管理者にだけ表示を許可する