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幻の人類初宇宙飛行士

2019.08.08 (Thu)
今回はこういうお題でいきます。オカルトな内容になります。
さて、今年はアメリカのアポロ計画で、1969年7月20日、
11号の2人の宇宙飛行士(船長のニール・アームストロング氏と、
その十数分後にパイロットのバズ・オルドリン氏)が人類史上初、
月面に降り立ってから50周年になります。

50周年記念式典の様子
lllokki (1)

アメリカ国内では、さまざまな記念イベントが行われました。
オカルトでは、「アポロは月に行っていない説」というのがあるのは
ご存知だと思いますが、日本ではあまり言われません。
これには理由があって、日本のオカルト界では、
「アポロは月で宇宙人に接触した説」のほうが優勢だからです。

この話は以前に書いていますので、今回は深く触れません。
本項で主役になるのは、宇宙開発競争のもう一方の陣営、ソ連の
ユーリイ・ガガーリン氏についてです。彼は1961年、世界初の
有人宇宙飛行としてボストーク1号に単身搭乗し、大気圏外から
地球を見て、「地球は青かった」という言葉を発したとされています。

ガガーリンは快挙後、世界を遊説して回り、日本にも来てるんですが、
その人物像はあまり知られてはいません。彼が人類史上初めて宇宙に
出たのは27歳のときですが、そのわずか7年後、訓練中の
飛行機事故で教官とともに墜落死してるんですね。34歳でした。

宇宙に飛び立つ直前のガガーリン中尉(帰還後に少佐)
lllokki (2)

この事故は、宇宙から帰還後のガガーリンが精神不安定になり、
飛行機搭乗時に飲酒していたためとか、何らかの理由で、ソ連当局により
粛清されたなどの陰謀論がささやかれています。観測用気球や鳥を
避けようとした、ミグ戦闘機とのニアミスがあったなど
原因はいろいろ調べられたものの、はっきりわかってはいません。

さて、ガガーリンは若い頃から宇宙飛行士として厳しい訓練を受けました。
候補者数十名の中から最終的に飛行士として選ばれた理由は2つ。
一つは彼が労働階級出身で、当時のソ連において英雄になるにふさわしい
人物と考えられたからです。もう一つの理由は、身長が低かったこと。

ボストーク型宇宙船
lllokki (3)

ガガーリンの身長は157cmで、平均身長よりもかなり低く、
それが、せまい宇宙船のコックピットに収まるのに都合がよかったんですね。
ところで、宇宙って、どっからがそう呼ばれるんでしょうか。
じつはこれ、地表から大気圏、宇宙空間までは無段階につながっているので、
どこからが宇宙というきちんとした定義はないんです。

一般的には、大気圏をこえ、オゾン層を抜け出し、無重力になる
高度100km以上を言うことが多いんですが、
アメリカ軍では、高度80kmから上を宇宙とみなしています。
ボストーク1号の飛行時間は108分、意外と短く、
はっきりはわからないものの、高度300km以上に達したとみられます。

宇宙ってどこから?
lllokki (5)

宇宙と言っても、東京ー名古屋間往復程度の飛行距離だったんです。
ただし計画は危険で、ソ連政府は、宇宙船とともに地球に帰還したと発表
しましたが、実際は地上7000mでコックピットから発射され、
パラシュートでソ連領内の牧場に降りたことが現在ではわかっています。
これはたいへんに危険で、失敗の可能性も多分にありました。

さて、ここからオカルト話です。ガガーリンが人類初の宇宙飛行士では
ないとする説はいろいろあります。一つは、1960年、冷戦中のソ連を
旅行していたアメリカのSF作家、ロバート・ハインラインが、
赤軍の兵士が、有人宇宙ロケットが発射されたと大騒ぎしていたのを
耳にしたものの、何の発表もなかったということをエッセイに書きました。

当時のソ連は秘密主義でしたので、失敗に終わった場合、
発表しないという可能性は、たしかにありました。ウラジーミル・イリューシン
という人物が最初に宇宙に到達、地球に帰還したんですが、落ちたのが
当時ソ連と対立していた中国領内であったため、そこで拘束され、
ソ連政府は発表しなかったとされることが多いですね。

大型ジェット輸送機に名前を残すウラジーミル・イリューシン 2010年まで存命でした
lllokki (6)

当時はまだ宇宙望遠鏡の性能も悪く、他国の行動を追跡するのは難しかった
んです。もう一つ、奇怪な話があり、アメリカのジャーナリスト、
フランク・エドワーズによれば、ガガーリン以前に男女のソ連人
宇宙飛行士が地球を出発し、スウェーデンとイタリアの監視センターで
観測され、世界中の複数の無線で会話が傍受されたとするものです。

その会話は、1960年2月24日「 ダイヤルの表示は見える。
しかしシグナルはハッキリしない もう何も見えない。
 私が右手で支えています。こうすればバランスを保てます。
今のうちに窓から外を見て下さい、あれを見て下さい。
 なんだあれは、なにかがある。

 もし我々が帰れなくても、世界は何も知らないままだろう。
時報 ただいまモスクワ時間で午前8時です。」だったとされます。
この後、2人は地球に帰還できず、宇宙空間で死亡し、
その遺骸を乗せたロケットは今も地球軌道の周回を続けている・・・

国際宇宙ステーション 高度は約400km
lllokki (4)

この内容、いかにもだと思いませんか。彼らは宇宙空間で何か
大きな秘密を発見し、しかしそのことを地球に知らせないまま亡くなった。
そういう意味に読み取ることができます。ガガーリンの発言として広まった
「(宇宙に)神はいなかった」というものがありますが、これは無宗教、
唯物主義だった共産主義国家の人物としては当然の内容です。

しかし、アメリカは全体として熱心なキリスト教国であり、
この発言に反発する人間も多かった。そこで、このようなストーリーが
できあがったとみるべきだと思います。この当時、「宇宙人」という
概念はまだ一般的ではなく、会話は神を想定したものだったのが、
だんだん想像上の宇宙人に変化していき、

アポロ宇宙士は宇宙人と接触したという話につながるんですね。
1960年代のベトナム戦争により、アメリカ国内には厭戦的な
感情が広まり、キリスト教の神への信頼は失われ、ヒッピーなどの
ニューエイジムーブメントが始まりました。そこで神にかわる精神的な
アイコンとして出てきたのが宇宙人だったわけです。

さてさて、1957年のスプートニク・ショック、60年のオズマ計画、
61年のガガーリン、ベトナム戦争、69年のアポロ11号月着陸、
同じく69年のウッドストック・フェスティバル、このあたりのことは
現代アメリカ史としてみなつながってるんですね。
では、今回はこのへんで。

関連記事 『月核爆発計画って何?』

アポロ宇宙船に接触する宇宙人
lllokki (7)



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