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田舎の話

2019.08.09 (Fri)
田舎を舞台にした怖い話ってありますよね。怪談の一つのジャンルと
言っていいかもしれません。じゃあ、田舎って何で怖いんでしょう。
まあ、これにはいろんな理由が考えられるんですが、
自分は大きく2つあるのかなと思ってます。まず一つめは、因習と
いうやつです。都会だと、住んでる人が頻繁に入れ替わりますが、
田舎は昔から同じ一族で続いてる家が多い。で、それと同時に、
よそ者には理解できない、しきたりのようなものも残っている。
もう一つは、土地が古いってことです。都会では少しのスペースが
あれば開発されてしまいます。田舎には古墳や、いわれのよくわからない
石碑なんかがあちこちに残ってますよね。今回は、自分のところに
集まってきた体験談から、田舎を舞台にしたものをご紹介します。

プロバスケ選手 高野さんの話
一昨年の秋ですね。俺、大学でバスケやってたんですが、引退しまして。
ふつうなら就職活動を始めるとこですけど、監督の推薦でBリーグ入りが決まって
ました。だから、卒業まで体なまらせちゃいけなかったんです。けど、
少しはのんびりしようと思って、2ヶ月くらい田舎の実家に帰ってたんです。
田舎は長野のほうです。まわりを山に囲まれた谷底みたいな町で
何も面白いことはありません。俺ね、そこ抜け出したいと思って、
中学からずっとバスケ頑張ってきたんです。でもね、田舎だからこそというか、
たまに帰ると落ち着くんですよ。両親もその町にいます。
うちは分家でね、本家筋というのもあって、なんでも江戸時代まで庄屋を
やってた家柄なんだそうです。けど、戦後の農地改革で田んぼみんな

取られちゃって、その後の事業にも失敗し、今は金持ちということは
ありません。ただ、山だけは広く持ってるんです。
まあ、今どき山持っててもお金にはならないんですけど。
でね、その本家に信一さんって人がいて、長男で40代、
商工会の役員やってます。俺からみて又いとこにあたるのかな。
子どもの頃からよく知ってて、帰省してたときも毎日にのように
飲みに連れてってもらいました。でね、もうすぐ大学に戻ろうかってときに、
「明日、キノコとりにいかんか」って誘われたんです。
「いいすね、戻ったらキノコ鍋やりましょうよ」俺も軽い気持ちで
承知したんですが、まさかあんなことがあるとは・・・
翌朝、早いうちに信一さんの車で林道に入り、適当なとこに停めて

山に入っていきました。そこね、本家の持ち山なんです。山って、
下草刈ったり、木の枝落としたりしないとすぐダメになるんですよね。
本家のほうでも手放したいんだけど、買い手がいない。
信一さんは道も全部頭に入ってて、ずんずん山に入ってく。
俺、体力には自信あるのに、ついてくのがやっとでした。
で、ヒラタケとかマイタケを籠いっぱいにとって、さあ帰ろうかというときです。
急に寒くなって霧が出てきたんです。信一さんが「あ、こらいかんか」って
足を早め、ブナの森に入ったとき、「いかん、いかん、左見るなよ」
語気を強めて言ったんです。でもね、俺見ちゃったんです、
道から少し入った木にぶら下がってる影。「あ!」と叫ぶと、
信一さんはチッと舌を鳴らし、「お前、目に入れたんだな」って。

「しかたない、話しつけるか」そう言って立ち止まり、「見てもいいぞ」って。
それね、ぶら下がってたの俺だったんです。俺、身長は190cm近いんですけど、
その影もひょろ長くて、しかも首が長く伸びて縄がかかってました。
髪型もそのときの俺と同じで、ただ、着てるものは黒い作務衣みたいな
やつでした。信一さんは「すまんな、油断した。だが責任持って
 話つけるから心配すんな」そう言って、両手の指を複雑に組み合わせて
ピーッって鋭い音を立てたんです。「あれ、・・俺ですよね。どうなってんすか」
「いいから、動くな」信一さんは何度も指笛を鳴らし、
すると森の奥から何かが出てきたんです。不思議なもんでした。
人・・・の形はしてましたけど、身長は子どもくらい。三角の笠をかぶってて
顔はわからなかったです。ツギのあたった野良着を着てましたね。

それと、動きが変なんです。ぽんぽんと飛ぶように移動してくる。
霧のせいではっきりしなかったんですが、足が一本しかないように思えました。
「いいか、絶対ここ動くな」信一さんは手で俺を制して、
そいつのほうに近づいてって、森の中で何か話し始めたんです。
だいぶ離れてたので、何言ってるかはわかりませんでした。
信一さんはずいぶんへりくだった態度で何回も頭下げてたんですが、
やがて地面に手をついて土下座の格好で頭をすりつけて・・・そしたら、
そいつが「こここ、こお~~~」という甲高い声で叫んだんです。
すると、木にぶら下がってたもう一人の俺が、さわってもいないのに
ぶらんぶらん揺れだして。やんちゃな子どもがブランコ漕いでるようになって、
一番高いところで、ふっと消えたんです。

それと同時に、笠をかぶったやつもいなくなったんです。
信一さんは立ち上がり、手をパンパン払いながら戻ってきて、
「いや、びっくりしただろ。あれはくわしくは言えんが、山の者だ。
 昔からいる。この10年以上姿を見てなかったから、もうどっかにいったのかと
 思ってたが、まさかなあ、まだ出てくるとは」俺が口をはさもうとしたら、
「いや、聞くな、答えられんから。話はついた、大事ない。
 うちの家では常の祀りはかかしとらんから」そう言って、俺が背負ってた籠を
 降ろさせると、ブナの木の間において帰ってきたんです。
それから町中へ戻って、その晩も店に行って飲んだんですが、
信一さんが押し黙り気味だったんで、そのものが何かはとうとう聞けませんでした。
数日して、俺は大学に戻り、その後1年は何事もなかったんです。

でね、俺はBリーグのチームでデビューして、その試合に両親と田舎の友だち、
高校のときのチームメートとかに来てもらったんですよ。
活躍、というにはほど遠いゲーム内容だったけど、みんな喜んでくれて。
でも、招待してたのに信一さんは来なかったんです。
試合後、どうしたのか母親に聞いたら、足を悪くして入院してるって
ことでした。もともと糖尿病だったのが悪化したみたいで。
ああ、見舞いにいかなきゃと思ったけど、シーズン中は毎週2試合あって
どうにもならなかったんですよ。それから1ヶ月くらいして、
部屋の固定電話に夜、信一さんから連絡があったんです。
信一さんは暗い声で、俺が無沙汰なのをわびるのを制して、
「糖尿で右足切ることになった。まあ、しかたがない、

 病気は昔からだし、あんだけ酒のんだんだから、あきらめはついてる。
 義足つけてリハビリすればなんてことない。
 けどなあ、山で見たやつがいただろ。あいつな、あれだけ話したのに
 満足してねえんだ。もう一本ほしがってる」
「もう一本て?」 「・・・お前の足だよ」 「!!」 「だが、心配するな。
 俺の責任だからなんとかする。相打ちしてでもやるから」
わけがわからないまま、それで電話は切れ、あとは通じなかったんです。
実家に連絡したら、すぐに紙の人形が送られてきました。母親は、
神棚にそれを置くのがいいが、そんなのないだろうから、机の上にあげて、
毎日、酒と塩をそなえろって。やはりわけは教えてくれまでんでした。
俺ほらバスケ選手で、足は命でしょ。他に何のとりえもないから、

言われたとおりにしてたんです。遠征のときもプラスチックのケースに
入れて持ってってね。チームメイトには、「お前、何やってんだよ」って
からかわれました。ジンクスだと思われたんでしょうね。
試合のほうはレギュラーで出られるようになって、でも、足のこと
言われてたから、ケガだけは気をつけてました。で、また1ヶ月くらいして、
とんでもない知らせが入ったんです。義足でリハビリしてた信一さんが、
一人で山に入って、缶のガソリンをまいて山火事を起こしたって。
燃えた面積は広くなかったみたいですけど、信一さんは自分も火傷で
亡くなったんです。その夜ですね。葬式に出るために荷物をまとめてて、
ふっと紙人形を見たら、下のほうが切り欠くように
なくなってたんです。ハサミで切ったような鋭い切り口でした。





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