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「隻手の声」あれこれ

2019.08.19 (Mon)
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今回も仏教のお話です。ただこれねえ、自分もちゃんとわかってる
わけではないので(じゃ書くなよ!)、本項の記事はかなり内容が
あちこちに飛んで、まとまりのないものになりそうな気がします。
というわけで、スルーされたほうがいいかもしれません。

さて、自分が「隻手(せきしゅ)の声」を初めて知ったのは、
アメリカ由来です。高校時代にアメリカの小説家、J・D・サリンジャーの
短編集『ナイン・ストーリーズ』を読んだとき、エピグラフとして
書かれてあったんですね。サリンジャーはすごく人気があったので、
自分と同じようにして知ったという方は、多いんじゃないでしょうか。

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で、そのとき、禅の公案だろうというのは何となくわかりました。
いかにもそれっぽいですからね。あと、アメリカの進歩人の間で
禅が流行していることも知識としてはありました。
ただ、中国でつくられたものかなと思ってたんです。

さて、「隻手の声」は、日本の江戸中期の僧、白隠が考え出したものです。
白隠は、衰退していた臨済宗を立て直したということで、中興の祖と
呼ばれています。18世紀の、わりに新しい時代の人なんですね。
ビートルズのジョン・レノンやジャズの巨匠、マイルス・デイヴィスが
自宅に白隠の禅画を飾っていたのは有名です。

白隠禅師
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こういうものです。「両手の鳴る音は知る。では片手の鳴る音はいかに」
意味は解説するまでもないでしょうが、両手を強く合わせると
パンという音がする。では、片手だったらどうなのか?
片手だけ上げれば何の音もしないのはあたり前ですが、
そういう答えを言うと、師にダメ出しをされて追い返されてしまいます。

この公案は「初透関(しょとうかん)」と呼ばれ、禅宗に入門した者が
まず与えられるものの一つのようです。白隠は、この「隻手音声」を            
透過した者に「龍杖図」という図画を書き与えて、
入門許可証としていたようです。まあ、仏教にあまり詳しくない
自分から見ても、これはいい問題だと思います。

仙人 白幽子
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さて、白隠禅師といえば、いろいろと面白いエピソードがあります。
若いころ、禅に打ち込むあまり「禅病」(現代で言うところのノイローゼ?)
に苦しんだため、人の話を伝え聞いて、京都の白川村の山中に暮らす
白幽子という人物を訪れます。白幽子は実在の人物で、書家なんですが、
何百年も生きている仙人であるという噂がありました。

で、白幽子から「内観の法」という健康法?を教わり、それで病気が癒え、
他の弟子たちにも教えたとされます。内観の法は、仰向けに寝て、
丹田(へその下の下腹部)から両足にかけての範囲に意識を置くというもので、
実態はよくわからないんですが、中国の内気功に似たものではないか
とも言われます。ヨーガのチャクラとも共通点がありそうです。

達磨大師
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さて、ここからはかなり理屈っぽい話になっていきます。禅宗は、
6世紀ころにインドから中国にやってきた達磨大師(ボーディダルマ)が
開いたとされています。ただ、達磨大師の生涯は伝説的で、
どこまでが本当なのかよくわからないんですよね。
実在の人物ではないとする説まであります。

日本の縁起物の「だるま」は、達磨大師が壁に向かって長い間座禅を
続けたため、手足が腐って落ちてしまった姿を表していると言われますが、
まあ、そんなことはないでしょう。達磨大師以前にも、仏教には座って
瞑想をする修行法はありましたが、禅宗は座禅を修行の中心に据えます。

ここで少し話を変えますが、日本は島国で、仏教は直接インドから
伝来したわけではなく、中国由来でワンクッション置かれています。
で、仏教は中国で微妙に変質してしまっているんです。「偽経」というのが
ありますが、これはサンスクリットの漢訳ではなく、中国でできたお経で、
儒教や道教の内容を、お経の体裁で語っているものです。

老子 道教の神「太上老君」と同一視される
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仏教の中心的概念の一つに「空」があります。すべてのものは、互いに
依存しながら成り立っていて、つねに生成と消滅をくり返しており、
あらゆるものには実体がない。なんだか、物理学の最新理論みたいですね。
ですが、それまで中国にあった宗教、儒教でも道教でも、
基本的には、この世で利益を得るためのものでした。

儒教は、「仁」によって世の中をよく治めることが目的とされ、
道教は、人間は死ねば無になってしまう、だから修行を積んで不老不死を得、
仙人になって天を自在にかけ巡ろう・・・思い切り単純化してしまいましたが、
大きな部分では間違いはないと思います。中国人には、あらゆるものに
対する否定である「空」が、なかなか理解できなかったんですね。

ですから、空の概念を、道教や老荘思想の「無」で理解しようとしました。
で、こんなことを書けば怒られそうですが、禅宗も、
中国で成り立ち発展したものであるため、空について、
もともとの形と違うようにとらえられていると、自分は考えています。

玄奘三蔵
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中国で仏教は変質し、禅をはじめ、さまざまな論を説くものが現れてきた。
この現状に危機感を持った玄奘三蔵法師は、
仏典の研究は原典によるべきであると考えて、629年、国禁を犯して
密かに出国、インドへの取経の旅へと出ることになるわけです。

さてさて、「隻手の声」ですが、一般的には「無音という音」と
解釈されることが多いんですが、それだけだと厳しい老師には不合格に
されるかもしれません。自分自身が座禅を通じて、「片手の音」に
なりきることが大切なんだろうと思います。では、今回はこのへんで。

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コメント
 隻手の音ですか。フィンガースナップ(指パッチン)で答えるのはズルなんでしょうね。実際に音も出ますし、現代では閃きや合点を意味する動作でもあるので、要件は満たしていると思うんですが・・・禅問答に頓知で切り返すのはやっぱズルかw
| 2019.08.22 15:05 | 編集
コメントありがとうございます
「隻手の声」について、始め自分は誤解していて
両手を合わせたときの片手分の音のことだと思ってたんです
で、不思議な話だなあと・・・
bigbossman | 2019.08.22 21:34 | 編集
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