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「道 タオ」って何?

2019.10.03 (Thu)
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今回はこういう大それたお題でいきます。これについては、自分も
よくわかってるわけではないので、おそらく、中国哲学をガチで
研究してる方から見れば、噴飯ものの内容じゃないかと思います。
ですから、この記事はスルーされるか、読まれるにしても
眉に唾をつけてお願いしたいところです。

さて、「道」は、道家の思想の中心をなす概念です。道家は、
老子と莊子の思想を信奉する人々の集まりで、
魏晋南北朝時代に隆盛しました。また、このころにできた
教団道教も、その中心に老莊の思想を置いています。

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では、思想の大もとになった老子とはどういう人物なのか、
これについては中国でも歴史的に大きな議論があります。
生没年や詳しい生涯はまったく不明で、現在の中国社会科学院でも、
実在説と非実在説の両論が唱えられているんです。

また、老子が生きた時代もはっきりしません。大ざっぱに言って、
儒家の始祖である孔子よりも前の時代の人物、同時代の人物、
孔子以後の人物と3つの説があるかと思います。なぜこれほどわからない
かというと、老子について、ある程度まとまった記述が出てくるのは、
前1世紀ころに書かれた司馬遷の『史記』ですが、

分量が少ない上に、内容に矛盾が見られるためです。『史記』によると、
老子の姓は「李」で、周王朝の小役人を務めていたが、
周に衰退のきざしが見られると、職を持して故郷へ帰ろうとした。
そのとき、関所の役人に『老子道徳経』という上下2巻の自著を
与えて去っていったとあります。

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『老子道徳経』は実在する書物で、中国の戦国時代の墳墓から、
これが書かれた竹簡が出土していますので、少なくとも前漢以前に
さかのぼる古いものであることは間違いありません。
前述した『史記』には、「孔子が老子を訪ね、礼について教えを乞うた」
という記述があり、孔子と同時代人とも考えられます。

後世、儒教は中国の歴代の国で国教化されていましたので、
儒家はこれを屈辱的として、老子と孔子は同時代人ではないなど、
いろいろな形で否定しようとしました。ということで、老子について
論じようとしても資料が少なく、わからない、わからないの
連続になってしまうんです。

「竹林の七賢人」
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さて、主題にもどって「道 タオ」とは何か? これは幅広い概念で、
老子自身は、「名づけることはできないのだが、仮に道としておく」
と述べています。現代では、宇宙自然の普遍的法則や根元的実在など、
やはり広い意味で解釈されることが多いですね。老荘思想は
近代になって西欧社会に広まり、多くの西洋人を惹きつけました。

「道」を実践するための方法が「無為自然」です。自然の法則に
逆らわず、自分から積極的に行動しない、高みをめざさないことが
よいされました。それをよく表しているのが、「上善は水のごとし」
という言葉で、水はけっして高いところには流れない。低い場所へと
地形にしたがって進んでいき、途中に障害物があってもよけて通る。

これは人間で言えば、社会の中で成功をめざさないと考えることが
できるかもしれません。地位や名誉、財産は、いくらあっても、
もっとほしいという欲が出てきりがない。ならば、最初からそれとは
かかわらない生き方をしようということです。世を捨て、山中や
竹林に入って庵を結び、簡素な生活を送るのが理想とされました。

老子と牛はセットになっています
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道家は一つには、儒家のアンチテーゼとなっています。儒家の思想は
「徳治主義」。つまり、天命を受けた皇帝や王は、徳をもって
人民を治めなくてはならない、帝王の徳が高ければ、
それが人民にも伝わって理想的な国家になるというような論理です。

これに対し、『老子道徳経』に描写される理想の国は、権力のない、
ほとんど村規模の牧歌的な小国です。隣の国とは犬の吠える声が聞こえる
ほどの近さで、船や車、武器や甲冑も必要ない。食料、衣服、住居は
すべて自給自足で、何か物事を伝達するには縄の結び目程度があればよく、
文字さえも必要ない・・・こんな感じなんです。

中央が太上老君(老子)
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さて、老子の思想と道教はどう違うのか。3世紀ころ、中国に古くからある
神仙思想をもとに成立した道教では、老子は「太上老君」という最高神の
一人になっており、崑崙山に住み、『抱朴子』などによれば、
口がカラスのクチバシ、耳の長さは7寸(18cmほど)、額に縦じわが
3本あり、牛に乗った姿で表されることが多いですね。

道教では、内丹術、外丹術を修めて最終的には不老不死の仙人に
なることが究極の目的であり、道であるとされましたが、老子が
そういうことを言ったり、書物に書いているわけではありません。
道教の権威づけに、老子の思想が利用された面があると思います。

仙人のイメージ
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さてさて、ここまで老子の思想、「道」についてみてきましたが、
何も言ってないようなもんですね。やっぱり書かないほうがよかったのかも
しれません。現代の中国は、文化革命以後、宗教をふくむ古来の価値観が
否定され、精神世界が空洞のまま、他人を蹴落としてのし上がろう、
何をやってでも儲けようとする拝金主義の世の中になっています。

しかし、いくら高みをめざしても、万人がすべて成功するわけはなく、
必ず多くの挫折があります。そういうときに、ふとふり返ると老荘思想が
あるんですね。必ずしも社会的成功だけが幸福な人生ではないと。
これは現代の日本にもつうじる面があるのかもしれません。
では、今回はこのへんで。

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