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デパ屋(おく)の話

2019.10.12 (Sat)
アーカイブ169

これねえ、怖い話ということじゃないんです、それでもいいでしょうかね。
そうですか。じゃあ話していきます。あれからもう20年になりますね。
私らの父親が亡くなったときのことです。私ら、というのは、
私と弟のことです。弟といっても双子なんですけどね。
それ以外に兄弟姉妹はいません。これは、私らが生まれて4年後、
母が30歳のときに亡くなってるんです。交通事故でした。
だから、私らの下に子どもをつくることができなかったんです。
で、父と母は7歳違いだったかな。見合い結婚だったはず。
ええそれは、再婚を勧める話はたくさんあったみたいですよ。
でも、父はそれらをすべて断ってしまって、男手ひとつで私らを育ててくれたんです。
大変だったろうと思います。なんで再婚しなかったかって?

それは・・・父は造園業をしてたんです。当時は立派な庭のあるお屋敷がたくさん
ありましたから。そういうとこを回って、植木の手入れをしたり、
よい形の岩を見つけて搬入したり。でねえ、何人か職人さんを雇ってはいましたが、
人手が足りないときもあって、母が手伝いをしてました。
それでね、母は車の免許を取ったんです。今と違って、
女性が免許を取るのが珍しい時代でしたけど。で、そのときも、
母が軽トラの後ろに庭木を積んで現場に向かう途中、
車が土手で横転してしまったんです。病院に運ばれたものの、
手の施しようがなかったみたいです。さっきも言いましたように、
そのとき私らは4歳だったんですが、母の記憶はわずかにありますよ。
葬儀のときのことも断片的に覚えてます。

ただ、母の顔はねえ。もちろんわかります。わかりますけど、
それが記憶によるものなのか、それとも大きくなってから、
仏間に飾られてた母の遺影を見たからなのか、そこははっきりしないですね。
でね、父の造園業はまずまずうまくいってましたが、
それほど儲かるって仕事でもなかったんです。でも、父は私も弟も、
2人とも大学まで出してくれました。父は中卒だったんですが、
学問は大事だってつねづね言ってました。
ああ、すみません。ちっとも怖い話にも不思議な話にもなりませんで。
それで、私らは大学を出まして、どっちも中小企業のサラリーマンになりました。
ええ、造園業を継ぐことはしなかったんです。
それについて、父はなんにも言いませんでしたね。

この先、業界が先細りになるってわかってたんでしょう。
でも、父にとって造園の仕事は生きがいみたいなもので、
職人さんはみなやめてっちゃったけど、64歳で亡くなるまで一人で続けていたんです。
私も弟も、実家とは別の場所で暮らしてましたが、
父は体のほうはまだまだ元気で、あんな突然逝ってしまうなんて、
考えたこともありませんでした。それで、ある夜、夢を見たんですよ。
父が出てくる夢です。曇り空を背景にして父が立ってたんですが、
ずいぶん若かったんです。30代かなあ。でも、父だってことはすぐわかりました。
それと、父はつねに作業着を着てたのが、そのときは明るい青色の背広で。
で、その父が私に向かってこう言ったんです。
「○○デパートの屋上においで。竹彦もいっしょにおいで」って。

これね、竹彦は弟の名前で、わたしは松男です。植木にちなんでつけたんでしょうね。
夢を見たのは朝方で、目が覚めたときにはあたりは明るくなってました。
それで、この夢、すごく気がかりに思ったんです。
父の身にもしや何かあったんじゃないか。そんな気が強くして、
弟に連絡してみようか、そう思っていた矢先に、携帯が鳴ったんです。
寝床を抜けて出てみると、弟からでした。「兄ちゃん、こんな時間にすまんな。
 今、親父の夢を見てなあ・・・」 「いや、俺もだ。どんな夢だった?」
こんな会話になったんですが、2人の見たものがぴったり同じだってことが
わかったんです。ええ、「○○デパートの屋上」これも同じで。
でね、当然、親父のいる実家にも電話してみました。
けど、呼び出し音が鳴り続けるばかりで。

それでね、朝になってから実家のある町に住んでる親戚に、
親父の様子を見に行ってもらうように頼んだんです。で、1時間ほどしてその人から
連絡がきました。親父が仏間で、母の遺影の下で倒れてたってことでした。
すぐに救急車を呼んで、△△病院に搬送されたって。
会社を休んで急いで駆けつけましたよ。病院には、私よりも実家に近いところに
住んでる弟が先についてまして。ええ、急な脳溢血ということで、
すでに父は亡くなっていました。それから・・・
弟と連名で喪主になって、なんとかその町で葬儀を済ませたんです。
けっこうな数の人が来てくださいました。それらが終わって、一息つこうと、
親父が住んでた実家の家に戻りまして。家は古いんですが、
造園業なので敷地は広んです。そこに庭石や植木のストックがありました。

その間を私と弟とその家族で歩いてましたら、
家の玄関に近いところに一本の楓の木があって、
秋でしたのですっかり色づいてたんですが、弟が木の後ろのほうに回って、
「兄ちゃん」って呼んだんです。行ってみると、幹の下のほうに手作りの
プレートがあり、そこに「芙美子」って彫られてありました。
ええ、母の名前です。それ見て、2人ともしんみりした気持ちになりましてね。
その翌日のことです。2人で、父が夢で言ってた○○デパートに行ったんです。
デパートは町の駅前にあって8階建て。私らが子どもの頃は、
町で一番高い建物だったんです。父にはよく連れてってもらいました。
当時は屋上に小さな遊園地があって、ミニ観覧車やお猿の電車なんかがあり、
夏場には金魚すくいなんかもやってたんです。

ええ、デパート自体はまだありましたよ。ただ、郊外の大型店に客を取られたのと、
地域の過疎化のせいで、すっかりさびれてしまって、
そのときも若いお客さんはほとんどいなかったです。
屋上の遊園地も、危険があるということで閉鎖されてから、
数十年たっていたはずです。弟とは「親父、なんでここに来いって言ったんだろう」
そんなことを話しながら、8階までエレベーターで上りました。
その階は、飲食店が数件入ってましたが、どこもお客さんは少なく、
これでやっていけるのかなあって思うくらいでした。
でね、屋上に向かう階段があったんです。子どもの頃、弟とそこを上ったことを
思い出しました。ヒモが張られていて、立入禁止の札が下がってましたが、
誰もいないのをいいことに、それをまたぎ越えて、

弟と上ってみました。屋上に出るための広いガラスの扉がありましたが、
そこには厳重に鍵がかけられてました。2人でその前に立って、
ガランとして何もない屋上を見てたんです。そしたら・・・
ここからの話は信じてもらえないでしょうね。突然、ガラスの向こうに
観覧車が出現したんです。その乗り場のところに父がいました。
夢に出てきた若い父で、背広を着て、私たちに手を振ってました。
で、ひとしきり手を振ると、父は観覧車に乗り込み、ゆっくりと動きはじめて、
だんだん、だんだん、上に上がっていったんです。
「おい、見えてるか」 「ああ、見えてる。兄ちゃん」
観覧車の席に座って、父はずっとこちらを見ているようでした。
そして、観覧車がもうすぐてっぺんまでくるというとき、

父の向かいに女の人の姿がありました。「母さん!」 私ら2人は同時に言い、
観覧車に乗った父と母は、ちぎれんばかりに私らに手を振り、
一番上まできたときに、そこで消えたんです・・・
「兄ちゃん」弟が私のほうを見て、その目が涙で光ってました。
ええ、私も同じでしたよ。・・・今、私も弟も、亡くなった父の年齢に近くなって
きましたが、あれを見てから、死ぬのがあんまり怖くなくなりました。
ああやって空に上っていくのなら、死ぬことは悪くないです。
それから、私はそのまま勤め人を続けましたが、弟は脱サラして、
父の造園業を継いだんです。ええ、小さい頃から父の仕事は見てましたが、
技術や資格があるわけでもなく、弟はずいぶん苦労しました。私もできるかぎり
援助をして、今はそれなりの会社になってます。ま、こんな話なんですよ。





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