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牛のオカルトと差別

2019.10.13 (Sun)
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たいへんな台風でしたね。被害に遭われたみなさまへお見舞いを申し上げます。
今回はオカルト論で、テーマは「牛」にしました。牛は、日本史の中でも
特異な存在です。なぜそう言えるのかは、おいおい説明していきたいと
思います。まず牛そのものの歴史から見ていきましょうか。

牛は、西アジアとインドに原生していたオーロックスという
哺乳類を、人間が家畜化したものだと考えられています。
それが全世界へと広まっていったわけですが、原種のオーロックス
自体は、17世紀に最後の一頭がヨーロッパで死に、
絶滅してしまっています。

オーロックス 目がかわいい
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日本にはオーロックスはいませんでしたので、当然、牛はどこかの時点で、
大陸から移入されたものです。3世紀の『三国志』魏志倭人伝には、
「其地無牛馬虎豹羊鵲」と出てきていて、虎や豹はもちろん、
牛馬もいませんでした。日本に牛が入ってきた時期は、古墳時代前期。
骨は発見されていないものの、牛らしき埴輪が出土しているので、

少数ながら飼育が始まっていたんでしょう。古墳時代後期(5世紀)からは、
牛の骨も出土するようになります。牛は農耕や土木工事等に
使われていましたが、この頃はまだ肉も食べられていたでしょうね。
それが、仏教の殺生戒の影響が強くなり、『日本書紀』には、675年、
「天武天皇が牛、馬、犬、猿、鶏の肉食を禁じた」と出てきます。

また、牛を去勢する習慣も一般的ではありませんでした。
これは余談ですが、戦後に唱えられた江上波夫の「騎馬民族征服王朝説」は、
各方面から批判されていますが、その反論の一つに、日本では牛馬や羊を
去勢するなど、家畜の管理・品種改良をおこなう畜産民的な文化や習慣が
まったく見られないことがあげられています。

『ローハイド』 野性的で勇敢、田舎者などカウボーイのアメリカでのイメージは多様
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ただし、現在は違っていて、肉牛のオスのほとんどは去勢されています。
そうしないと肉質が柔らかくならないんですね。余談ついでに、
英語の話もしましょうか。英語(特にアメリカ英語)では、牛を表す単語は
多種類ありますよね。少し調べてみました。

「cow」は「乳牛」で、当然ながら雌牛です。オカルトで、家畜の牛が
血を抜かれた状態で死んでいるとされたキャトル・ミューティレーションで
有名になった「cattle」は、家畜として飼われている「畜牛」のこと。
アメリカには野生のバッファローもいますからね。「bull」は、「去勢して
いない雄牛」で、乱暴者、荒くれ者といった意味でも使われます。

キャトル・ミューティレーション
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これに対し、「ox」は、「去勢した雄牛」になります。
「calf」は、「仔牛」のことで、特に生後1年未満の牛に使います。
あとまあ、「beef」というのもありますが、これは「牛の肉」。
開拓者が牛を資源として さまざまに利用していたアメリカでは、
牛の雌雄や年齢、去勢の有無により多くの単語ができました。

ところが、日本だと独立した単語としては「牛」だけで、その他は
「仔牛、雌牛」などの合成語になります。さて、これは牛ではなく、
馬の話なんですが、妖怪譚の一つに「塩の長司」というのがあります。
加賀国(現・石川県)に塩の長司という長者がいて、自宅に300頭もの
馬を飼っていたが、死んだ馬の肉を味噌漬けや塩漬けにして、

塩の長司
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毎日のように好んで食べていました。まあ、死んだ馬を食べるわけですから、
まだ許されていたんでしょうが、あるとき、どうしても馬肉が食べたくなり、
長司は役に立たなくなった老馬を打ち殺して食べてしまいます。その夜、
長司の夢の中にその老馬が現れ、長司の喉に食いつき、

腹の中に入り込んでさんざんに荒らし回ります。その日から、長司が老馬を
殺した時刻になると、老馬の霊が現れて腹の中を荒らし、その苦痛は耐え難く、
長司は苦しまぎれに自分が今までにしでかした悪事を白状し、
もだえ続けました。医者を呼んでも役に立たず、長司は死にますが、
その死にざまは、まるで重い荷物を背負った馬のようだった・・・

かなり謎な妖怪「牛鬼」
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殺生戒と獣肉食を戒める仏教的な説話で、これは馬だけではなく、
牛についても同じことが言えます。獣を殺したり、獣肉を口にすることは
仏教の五戒にふれ、殺生を行なった者は地獄に堕ちるという
説教になってるんですね。農耕民族の日本人としては、ともに田畑を耕した
牛馬を口にするのは感性的にも難しかったかもしれません。

でも、死んだ牛馬をそのままにしておくわけにもいかず、処理する人は
必要ですよね。ここで、差別が生まれます。牛馬の肉、皮を処理する者は
賤業とされ、「穢多」などと呼ばれました。仏教だけでなく、
神道的にも、死骸を処理する職業は穢れが多いとみなされたんです。
被差別民はかたまって住み、職業は世襲されました。

ただまあ、何事にも裏の面はあります。武士が使う武具馬具には、
牛馬の皮革を使ったものも多いですよね。その手の加工業者は、
武士直属の職人集団として保護されたりもしていたんです。
江戸時代には、幕府は長吏頭 弾左衛門という人物に穢多および
非人身分の支配権を与え、皮革の製造加工の権利を独占させました。

第13代弾左衛門
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弾左衛門は10万石の大名なみの財力があるとも言われていたんです。
やがて明治になり、身分解放令が出されて四民平等の世の中になった
わけですが、解放令反対一揆が起きたりして、被差別民は「新平民」
と呼ばれ、差別は続いて現在に至るんですね。

さてさて、ということで、もともと農耕民族としての側面が強かった
日本に大陸から牛馬が移入されて役牛として使われるようになり、
さらに仏教が伝来して、獣肉食、解体業などへの差別が始まりました。
こうしてみると歴史の流れは不思議だなあと思います。
では、今回はこのへんで。

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