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富来沢の話

2019.10.26 (Sat)
これは去年の3月、自分(bigbossman)が、ある地方国立大学教授の
退官記念の謝恩会に招かれていったときの話です。
教授の専門は東洋史なんですが、趣味として妖怪を研究されてまして、
自分は雑誌の特集のために話をお聞きしに行ったことがあるんです。
そのご縁で、自分のような者でも親しくおつき合いさせていただいてます。
教授はたいへんにお酒が好きで、また強く、そのときも3次会の
バーまで自分はお供しまして、そこで「冨来(とみき)沢」のことを伺いました。
最初、マタギについての話から始まったと記憶しています。
「bigbossmanさん、マタギって知ってるよね」
「ああ、はい。おもに東北地方で、古式の方法で集団で鳥獣を狩る
 猟師集団のことですよね。独自の掟やしきたりがあって、

 それを守って狩りをする。熊を狩る秋田の阿仁マタギが有名ですね」 
「ああ、さすがだね。けど、じゃあ西日本にはマタギみたいなのは
 なかったと思うかい」 「いや、それは考えたことがなかったです。
 うーん、鉄砲の数は東北より西日本のほうが多いでしょうし、
 なかったはずはないですが、あまり聞いたことがありません」
「そうだろうね、一種のタブーだったんだよ。仏教の殺生戒のために、
 殺生をする山の民は差別されてたんだが、その意識は特に西日本の
 ほうで強かった」 「どうしてでしょうか?」
「それは、東北の気候は冷厳で不作が多く、まあ貧しかったからだよ。
 田畑の作物だけでは暮らしが成り立たない。だから、山の恵みは
 どうしても必要で、狩りの獲物も例外ではなかった。

 だから、マタギであっても恥じるところはなかったんだが、
 西日本は違ってた。それで、そういう話があまり残ってないんだね」
「ははあ、いつもながら勉強になります」 「これはね、山陰のある県の
 老猟師から40年ほど前に聞いた話だ。その当時ですでに80歳を
 こえた人だったから、下手すれば今から100年近くも前のことだよ」
「ぜひ、お聞かせください」 「山と山の間の谷には渓流が流れてることが
 多く、そういう地形を沢というよな」 「はい」 「そこの県のある沢は、
 呼び名を冨来沢と言って、地元の村人はもちろん、山の民も
 入ってはならない禁足の地となっていたそうだ」
「どうしてですか?」 「古来から、そこの地ではよくないことが起きると
 されていてな。麓の村では、冨来沢からくる渓流の水は、

 田んぼにも引かないし、もちろん生活用水にも使わないと徹底してたそうだ」
「うーん」 「その猟師の話では、沢にはいくつも滝があって、
 そのうちの一つの大岩に、大きな仏像が彫られていたそうだ。
 それも剣を持った厳しい姿の不動明王」 「磨崖仏ってやつですかね」
「そうだろう。もし残ってるのなら、ぜひとも調査に出かけたいとこだったが、
 残念ながら昭和初期の地震で崩れてしまい、今はないんだそうだ」
「ははあ」 「それで、その猟師が30代のころ、仲間2人とともに
 猟に出た。獲物は猪を撃つつもりだったが、山中で熊の姿を見かけた。
 まだ冬眠に入ってない雄の熊で、かなり気が立ってる様子だった。
 いつもなら熊は避けるんだが、猟師はその熊を撃ちたかった。
 女房に子どもが産まれたばかりで、熊の肝や掌、毛皮は里へ持っていけば

 大きな金になる。それで仲間2人と相談し、その熊の後をつけて
 なんとか仕留めた。毛皮に傷つけたくなかったから、前に回った仲間が
 額に一発で殺すつもりだったが、しくじって熊の爪を受け、
 肩にかなりの傷を負ってしまったそうだ」 「ははあ、それで」
「骨まで達する傷だったが、命に別条はなさそうだ。応急で血止めをし、
 大きな熊を橇にのせて山腹を引いていったが、だいぶ下まで降りたところで
 橇の引きヒモが切れ、笹薮を冨来沢のほうに転落してしまったんだな」
「それで」 「入っちゃいけないとこだが、熊はどうしても惜しい。
 猟師は仲間を説き伏せて沢に入っていった」 「で」
「橇はひっくり返ってたが、幸い川へは落ちず滝の上の岩に乗っかってた。
 ただ、これを下ろすのはかなり難儀だ。日も傾いてきてたし、
 
 それは明日の朝にしようってことで、河原で野宿することにしたんだそうだ」
「はい」 「で、岩の下に降り立つと、川に面した側に不動明王像があった。
 顔の長さが人の背丈くらいと言えば、大きさがわかるだろう」
「うーん、もったいない話ですね。今残ってれば観光名所になったかも」
「それでね、食料は持ってきてたから、焚火をしてその回りで朝を待った」
「え、寝ないんですか」 「当時の猟師は、雪の中に一晩立って獲物を待つのも
 平気だった。今とは違うんだよ。まあ、うつらうつら くらいはしたろうが」
「すみません、何度も話の腰を折ってしまって。それで」
「夜が更けて月が出、肩がうずくと言ってた仲間も静かになり、
 渓流の流れる音しか聞こえなかったんだが、突然大声がした。大岩のほうだ。
 みなががばっと起き、そっちを見ると、岩の上に大きな影が立ってた。

 はっきりしないが、熊のような影だった」 「え、どういうことです。
 熊が生き返ったってことですか?」 「まさか、熊は止めをさされて血も
 抜かれてる。しかも縄できつく橇に縛りつけてあって、
 立ち上がるのは不可能だ。だが、その影は間違いなくあって、
 しかも人間の男の声で吠えたてていた」 「なんと?」
「死んだあ、俺は死んだあ、悔しいぞ、口惜しいぞ、恨んでやる、祟ってやる、
 人間どもが、死んだ死んだあ~ って」 「うわ、それで」
「3人とも恐ろしくなって、誰も確かめに行こうとはしない。
 互いに顔を見合わせてるうち、音はやんで影も消えたようだった」 「で」
「明るくなって岩の上がはっきり見えるようになると、熊は前夜のまま
 だったんだよ。そんなことがあったから、そこに放置して

 山を降りてしまおうって話も出たが、やはりその猟師がみなを説いて、
 苦労して岩から下ろし、もう里に出るってとこまで挽いてきた」
「それで」 「ただ、熊に傷を受けた仲間の具合が悪かった。
 息を荒くし、冬だというのに玉の汗を浮かべてる。高熱があるようだった。
 これはいかんと、仲間の一人がそいつを背負って一足先に里へ下りる
 ことになった。後で来るからと、猟師は熊の橇とともに残され、
 一人で挽いてみたがやはり重い。心細くなり、前夜のことを思い出して、
 この熊、悔しいと口をきいたようだったが、そう考えたときに、
 熊はぱちりと目を開け、そうだ、と一言だけ言った。
 猟師は大声を上げ、橇を残したまま、後も見ずに逃げ帰ったそうだよ」
「それで」 「後に、仲間を連れて見に行ったら、橇も熊もそのまま残ってた。

 ただ、話を聞いた猟師連中は気味悪がって、誰も手をつける者はなく、
 結局、寺まで挽いてって供養してもらったそうだ」
「そうでしょうね。あ、ケガをした仲間はどうなったんですか」
「熱が出て1ヶ月ほど寝ついたが、回復したということだ」
「それはよかった。・・・まだ続きがあるんですよね」
「ああ、冨来沢の不動像の岩が地震で崩れたって言ったろう。
 その後、県から調査が来て、猟師が案内をしたんだ。大岩は見事に転げて、
 不動像を下にした状態で渓流をせき止めてたそうだ。
 それで、崖にぽっかり開いた岩の跡に、化石の骨のようなのが見えたという 
 ことだ」 「化石・・・恐竜とかですかね。それもすごい話です。
 どうなったんですか」 「残念なことに、数日後に大きな余震が来て、

 それも崩れて川に落ちてしまったらしい」 「もったいないですね」
「まあね、でも戦前のことだし、どうしようもなかったんだろう。
 それでね、このとき調査官に、老猟師は県収蔵の古地図を
 見せてもらったそうだ。江戸時代のものらしい」 「ははあ」
「普通、その手のものは山中の細かい地名なんか書いてないんだが、
 その地図では、冨来沢のところが、『とむらい沢』になってて、
 上のほうに大きく『禁』の文字が残っていたそうだ」
「うーん、興味深い話ですね。ぜひ行ってみたいです。今はどうなって
 るんでしょうか」 「それが、さっき話したように、渓流の流れが
 変わってしまって、そこまでたどり着くのが難しいみたいだ。
 藪の中をこいでけば、行けないことはないだろうけどね」 「・・・」
 
 

 
 
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