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文献は信じられるか?1

2019.11.15 (Fri)
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※ この記事は古代史等に興味がある方以外はスルーされたほうがいいです。

今回はこういうお題でいきます。日本史の内容なんですが、
もしかしたらこれを読まれて気分を害される方も
おられるかもしれません。まあ、市井のいち占い師の言うこと
ではありますが、できればこの記事は、史学を志す
学生さんなんかに読んでほしいですね。

自分は今から10年ほど前、2ちゃんねる(現5ちゃんねる)の
日本史板でコテを名のって書き込みをしていました。
そうすると、じつに様々な考えを持ってる人が来るんですよね。
こう言ってはなんですが、歴史の問題よりも人間観察のほうが
面白いと思ってしまいました。

で、それらの人たちとお話をして、最も意見がかみ合わないのが、
「文献史料は信じられるか」という部分なんですね。
一般論としては「信じられる部分も、そうでない部分もある」
ということだと思うんですが、それがなかなか通じないんです。

さて、ある史料について、その正当性や妥当性を検討することを、
「史料批判」と言います。史料批判は文献だけではなく、
考古資料などについても当然行われますが、
本項では主に文献資料についての話をしていきます。



史料批判には、大きく分けて外的批判と内的批判があります。
外的批判は、その資料が後世の偽作ではないか、
記述者本人が直接目撃したものか、それとも伝聞や転写なのか、
その史料に記されている事件の日時や場所はどこか、
そういったことを精査していくものです。

内的批判のほうは、史料の内容を吟味して、捏造や錯誤がないかを
検討します。歴史資料の多くは、戦いで勝ち残った側が
書いてますので、自分たちに都合のいいように事実が捻じ曲げられて
いたりします。その手のことを明らかにしていくわけですが、
これがなかなか難しいんですよね。

史料批判の具体的な方法としては、他の史料と比較検討するという
形が最も多いですが、困ったことに、他の史料が存在しないという
ことがあります。特に、古代史関連の文献は、
それが唯一史料である場合がひじょうに多い。

では、『日本書紀』の場合はどうでしょうか。720年に完成した
日本最古の正史であり、そのことはもちろん尊重していますが、
内容がすべて真実であるとは考えていません。例えば、
8世紀から見た5世紀は300年前、3世紀だと500年前ですよね。

神武天皇


はたしてそんな昔のことが、文字の使用が遅れた日本で
どこまで正確に伝わっているものなのか。常識的に考えて危ういですよね。
ですから、自分のスタンスとしては、6世紀の第29代欽明天皇
以降はまずまず信じられるかな、というものです。それ以前については、
考古資料など他の裏づけがある場合には考慮する。

例えば、第21代雄略天皇については、その名である「ワカタケル」
の象嵌が入った太刀が埼玉と熊本の2ヶ所から出土して、実在性が
高まりました。ただし、ワカタケルという人物は実在したとしても、
『日本書紀』に書かれている治世のエピソードがすべて
事実かどうかは何とも言えないんですね。

第2次世界大戦の敗戦によって、日本の史学は大きく刷新されました。
戦前は、初代の神武天皇が即位して日本の国の歴史が始まり、
紀元は2600年。神功皇后は身重の体で三韓征伐を行い、日本に
戻って応神天皇を産んだ。そういうことが史実として学校で教えられて
きたんですが、今は、どちらも実在性に疑問符がついています。

現在の文献史学では、継体天皇以前の『日本書紀』の記述を
もとにした研究はひじょうに少なくなりました。
例えばですが、仁徳天皇とその治世について詳細な研究を発表した
としても、「仁徳天皇って本当に実在してたの?」という根源的な疑問が、
つねについてまわるからなんですね。実際、仁徳天皇陵(大仙古墳)と、

神功皇后


仁徳天皇が実在したと考えた場合の治世の時期にはズレがあります。
『日本書紀』の内容の特徴として、大きく2つのことがあると考えます。
・壬申の乱の勝者である天武朝側の意向で書かれていること。
・全体をつらぬくテーマとして、天皇家の万世一系があること。
このうち、後者はたいへんな難物です。

どういうことかというと、邪馬台国畿内説では、女王卑弥呼に
箸中山古墳の被葬者とされる倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめ)
をあてる説があります。ただ、自分は畿内説ですがこの説はとりません。
なぜかというと、上記した万世一系で系図がずっと続いてるためなんです。
倭迹迹日百襲姫命の父親は第7代孝霊天皇ですが、

孝霊天皇はその事績の記述が少なく、実在性の薄い「欠史八代」の一人と
する意見があります。ですが、万世一系なんだから、倭迹迹日百襲姫命が
実在の人物なら、その父親だってそうだろうと言われて反論できません。
他の根拠がない状態で、この人物は実在、これはそうではないというのは、
「恣意的である」という批判をまぬがれることはできないんです。

さてさて、あっという間に字数が尽きてしまいました。自分は何も
アマチュアの古代史愛好家が、自分の意見を組み立てることを批判して
いるわけではありません。それは歴史を学ぶ楽しみの一つなんですが、
史実であると認められるには大きな壁があるんですね。ということで、
近々中国史料について自分の考えを書きます。では、今回はこのへんで。

関連記事 『日本書紀成立の3事情』

倭迹迹日百襲姫命と弟の吉備津彦命(いわゆる桃太郎)
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