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文献は信じられるか?2

2019.11.17 (Sun)
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前回にひき続き、こういうお題でいきますので、
興味のない方はスルーされたほうがいいかと思います。前記事は
『日本書紀』を中心に書きましたが、今回は中国文献を
論じてみたいと思います・・・というと偉そうですが、
まあ、巷の一介の占い師が書くことですので。

さて、中国の文献資料は信じられるのか? これも一般論としては、
「信じられる部分も、信じられない部分もある」で問題ないはずです。
『三国志』魏志倭人伝について、新井白石は著書『古史通惑問』で、
「魏志は実録に候」と言っています。

新井白石
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これは『日本書紀』などと対比しての言なんですが、まあね、
中国の正史には、母親がサメの人物や、8つも頭がある大蛇は
出てきませんので、日本の古文献よりも信頼性が高いのは確かです。
ですが、やはり史料批判は絶対に必要です。

まずは全体的な傾向から。中国の正史には、いくつかの
共通した特徴があります。正史は、おもに国家によって公式に
編纂された王朝の歴史書のことで、中国の場合は『史記』から
『明史』までの「二十四史」とされています。

正史という名称から「正しい歴史」の略と考えられることがありますが、
実際には、事実と異なることも記載されています。まず一つには、
中国の歴代王朝をつらぬく「易姓革命」思想からきているものです。
中国では、「正史はある王朝が滅んだ後、次の王朝に仕える
史家が記すべきである」という考え方があります。



その王朝が自らの歴史を書くと、自分たちに都合のいい内容になって
しまい信用できないという理由からですね。『三国志』は
西晋の陳寿という人物が、280年代に完成させたと考えられています。
計65巻からなる大著ですので、もっと以前から書かれていたでしょうが、

265年に魏が禅定によって晋となり、280年に孫権が興した
呉が滅んだため、そこで完成としたのだと思われます。
易姓革命の思想では、ある王朝が滅びるのは、天がその王朝を見放し、
別の人物に帝王となる使命を与えたためとされます。

ですから、どうしても前王朝の最後の王はよく書かれないんですね。
夏の桀王、商の紂王が有名ですが、それだけではありません。
また、前の王朝が天から見放されたいきさつを詳細に記述することで、
新しい自分たちの王朝の正当性を示すことができます。
まず、このバイアスがかかっています。

次は、儒教的な価値観で書かれているものが多いこと。『三国志』は     
その典型です。儒教は漢代のころから実質的に国教化され、三国時代は
どこも儒教を行動規範にしていました。ですから、例えばですが、
「◯◯という人物は清貧を貫いたため、その死後、何も財産が
残っておらず家族が困った」みたいな内容があれこれ出てきます。

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あとは、中国の正史は、前代の正史の内容を踏襲するということです。
歴代の正史はすべて一つの流れとしてつながっているという意識が
あるんです。ですから、よほど明らかな間違いでないかぎり、前代の
書の記述を否定することはありませんし、むしろ積極的に下敷きにする。

まだあります。中国正史では、基本的に女性と宦官はよく書かれません。
女性はその色香によって国を傾ける存在。また宦官は、
つねに悪巧みを行って私利私欲に走り、帝王が道を誤る原因をつくる。
いくらでもエピソードが思い浮かんできますよね。士大夫ではない
女や宦官は、絶対悪的な存在なんです。(例外もあります)

陳寿
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さて、次に内的批判について考えていきます。魏志倭人伝の場合、
撰者の陳寿が直接日本に来たわけではありません。あくまでも
文献資料をまとめたものです。関係者へのインタビューなども
してないでしょう。陳寿にとっては、当時の倭国ははるか遠い蛮夷の国です。
もし参照した資料に間違いがあったとしても、陳寿にはわかりません。

ですから、多くの錯誤、誤謬があると考えたほうが常識的です。
現代のようにネットで手軽に情報が手に入るようになった時代でも、
みなさんが例えば、ジンバブエやガンビア(特に意図があってこの2国を
出したわけではありません 笑)の地誌をまとめるのは難事ですよね。
陳寿にとっての倭国はそういった感じだったでしょう。

実際、後代の『明史』秀吉伝などを読んでみれば、その内容は              
ムチャクチャです。自分たちが戦った相手で金印まで届けたのに、
まともな情報ではないんですね。これは『宋史』 『元史』の日本伝でも同じで、
明らかな間違いはいくらでも発見できます。『三国志』の頃よりも、
情報伝達の正確性やスピードははるかに高いはずなのに。

これは日本の話ですが、江戸時代に目の前で起きた事件を、
数日後に日記に書いた。そういう文献でも他と比較検討してみると、
やはり間違いはあるんですね。文献を書くのは人間であり、
人間の認識力はかぎられています。ですから、間違いがあるのが
文献というものの宿命と言っていいかもしれません。

豊臣秀吉
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それから、中国の古書は筆写を重ねて伝えられるものです。そのどこかで
書き誤りや独自解釈があるとは当然考えられますし、もしないとしても、
時代によって字義や語法が違っています。日本でも、平安時代の文章と
江戸時代の文章では、だいぶ用字も文法も異なりますよね。
「古本(こほん)三国志」というのがあります。

これは西域で発見された晋代の『三国志』写本の一部ですが、
それを現在テキストとされる宋代のものの同一部分と比較すると、
なんと全体の3分の1に画数の異なる漢字が使われており、また、
熟語として異なるものも多数見られるんです。ですから、現在みなさんが
目にしている『三国志』は、陳寿が書いたのとは大きく違っている。

さてさて、「陳寿を信じる」とし、魏志倭人伝が一つも間違いのない
内容であると仮定して読み解くのも、方法論としてはありでしょう。
ただし、「魏志倭人伝の内容はすべて正しい」というのは、前述したとおり
あくまで仮定でしかないんです。そこを忘れてしてしまうと、
きわめて危ういんじゃないかと思いますね。では、今回はこのへんで。

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