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悪い霧の話

2019.12.13 (Fri)
あ、わたし、村上と申します。よろしくお願いします。ずっと
私鉄会社に勤めてたんですが、昨年の3月末に完全に退職したんです。
3年間、再雇用期間があったので63歳になってました。
とうの昔に子どもたちは独立しておりまして、孫もいます。
で、これから何をやろうかって考えたんです。みなさんご存知と思い
ますけど、日本人男性の平均寿命は80歳を超えましたが、
健康寿命はなかなか伸びず、72歳くらいなんです。つまり、
それ以降は日常生活で何らかの支援や介護が必要な状態になる。
63歳からだと、あと10年ないんですよね。それで、わたしはずっと
仕事人間でして、家のことは全部妻にまかせっきりだったんですが、
心の中では、つねづね申しわけないとは思ってたんです。

ですから、何か妻といっしょにできる老後の趣味はないかと考えまして。
はい、退職したら趣味のことをやろうと考えてたんです。ほら、わたしは
鉄道会社だったでしょ。JRではないですが、鉄道マニアの方を目にする
機会はけっこうありました。若い人よりむしろ中高年の方が多かったです。
その人たちが目を輝かせてカメラをかまえてる姿を見て、
ああ、いいなあと思ってたもので。それでね、妻といっしょにできる
ことがいいと考えて、「これから何かやりたいことがあるか」って
相談したんです。そしたら妻は、しばらく考えてから、
「山登りがしたい」って。意外に思いました。妻はわたしより一つ年上で、
茶道をやってましたが、体を動かすことには興味ないと思ってたんです。
「ああ、いいな」と思いました。わたしはずっと技術畑で、

路線整備などもやってたので、体力には自信がありました。若い頃は
雪が積もった中を何kmも歩くなどのこともしてたんです。ただ妻は、
先ほど言いましたように運動経験はほとんどない。だから、
登山と言っても、地元の低山をゆっくり登るくらいだと考えまして。
それなら足腰の衰えの予防にもなる。ただ、中高年の登山事故って多い
んですよね。そこで、まずはネットで調べて、地元の中高年登山会に
入会したんです、「千五会」という名前の。変な名前ですが、
意味を聞いて納得しました。千五というのは山の標高のことで、
1500m以下の低山を中心に登るってことです。それならまず、
大きな危険はないだろう、そう思いました。会のメンバーはみな
わたしと同じ退職者で、リーダーの方は74歳です。

女性も3分の1はいました。ええ、わたしと同じ夫婦での参加です。
で、最初の登山がなんと600mの里山。その高さなら1時間ほどで
登れますよね。初心者のわたしらのために気を使ってくれたんでしょう。
それでねえ、参加してみて意外だったのは、わたしより妻のほうがしゃんしゃんと
登れてたことです。これは驚きましたが、まあ、わたしはこのとおり太って
ますし、妻は痩せ型で、そのせいが大きかったんだろうと思います。
私がハーハー言ってるのに、妻は息一つきらさない。・・・すみません、
世間話になっちゃいましたね。その後、会の登山には12回参加しました。
それで自信がつきまして、妻と2人での登山を計画したんです。
目的地はわたしらの住んでる市と隣の市の境にある1100mほどの山。
ハイキングコースになってて、登山路も整備されてます。

9月の平日に行きました。はい、平日のほうが混まないだろうと考えまして。
麓まで車で行き、2時間かけて登って山頂で昼食を食べ、また2時間で
降りてくる。無理のない計画だと思いましたし、時間の余裕もあります。
当日は快晴で、天気予報でも雨の心配はなし。登山路に入ると、わたしら
以外に人の姿はありませんでした。登山路にはところどころ板を渡して
ましたし、鎖につかまるような難所はなし。のんびりした山行で、
妻との会話もはずみました。妻は登山を始めてから写真にこるようになって、
あちこちで景色や野草、鳥などを撮ってましたね。山頂について、
やはり低山ですので、眺望はあまりよくなかったですが、妻のつくった
弁当を食べ、十分に満足しました。その帰路です。30分ほど降りたところで
霧が出てきたんです。でね、最初は薄ぼんやりとだったのが、

だんだんに濃くなってって。今思えば変な霧だったんです。
ふつうね、霧って青白い感じですよね。それが、なんだか黄色みを帯びて
ねっとりとしている。「ああ、霧だね」 「気温は下がってないのにねえ」
などと言ってうち視界が悪くなってきたんです。まあ、足元は見えましたし、
片側は崖ですが、滑落するような道でもない。時間は2時過ぎ。
「晴れるまで休もうか」 「そうね、様子を見ましょう」ということで、
2人で山側の倒木に腰掛けました。ところが、晴れるどころか霧は
どんどん濃くなって、すぐ近くにいるのに、互いの顔も見えなくなって
きました。これは困ったと思いましたが、暗くなるまでには
4時間はあります。かけ降りれば1時間かからない山ですらねえ。
そのときにはまだ余裕はありました。でも、霧はますます濃くなって、

とうとう視界がなくなったんです。でね、霧の中は明るいんです。
上から昔の電球で照らされてるような感じですが、何も見えない。
それと、そのときまで感じてなかった臭いがしてきたんです。うーん、
獣の臭いですね。手入れされてない犬小屋、動物園の檻の前、
そんな感じの。妻が、心細くなったのか「手をつなぎましょう」と言ったので、
右手を出し、妻の左手をとったはずなんですが・・・そこで記憶が途切れて
るんです。うまく言えないんですが、現実が消えて、幻覚の中に
入っていった・・・ わたしは真っ白な部屋にいました。涙が出てるのか
物がよく見えませんでしたが、病院だと思いました。体はまったく動きません。
スースーという音がし、酸素吸入器がついてると思いました。
その他にも点滴やら、さまざまな管が体に。

妻と登山をしてたはずだ、そして霧に飲まれて・・・その後どうなったんだろう。
救助されたんだろうか、それで病院にいる? 妻はどうなったんだろう。   
で、そのときにね、声が聞こえたんです。「先生、あとどのくらいでしょうか」
という。妻の声だと思いましたが、ずいぶん歳取ったような感じで。
「まだ1週間は大丈夫かと思いますが、そろそろご親戚に声をかけて、
 来ていただく算段をしたほうがいいかと」これはおそらく医者の声。
「ああ、やっとこの人も逝ってくれるんですね。冷たい言い方と思われるかも
 しれませんが、肩の荷が下りる気分です。この人がボケてからは、
 ほんとうに苦労の連続でした。徘徊で行方がわからなくなって、
 何度も警察にお世話になりましたし、大声で叫んだり2階の窓を割ったり、
 近所にご迷惑も。せっかく入所できた介護施設を暴力をふるって

 追い出されたときは、もうねえ・・・子どもたちがいたからなんとか
 ここまでやってこれたんですけど・・・やっと終わりが見えました」
わけがわからなかったです。徘徊? 暴力? 警察の世話?? とにかく、
わたしの命がもう尽きようとしていて、妻がそれをよろこんでることだけは
わかりました。で、むらむらと怒りがわいてきたんです。
「何言ってるんだ、お前!!」しゃにむに腕をふり回して起きようとした・・・
ところで正気に戻りました。右手にザラッとした感触がありました。
毛の生えた動物の腕をつかんでるような。目を開けると、すっかり霧は晴れてて、
わたしが握ってたのは妻の手。妻も目をつむってましたので、「おい」と
声をかけると、すぐに目を開けたんですが、わたしのほうをきつく
にらんだんです。強い憎しみがこもってるとしか思えない目で。

そこからは会話もなく、そそくさと山を降りました。下に着いたのは4時前で、
まだ明るかったです。登山口を出たところで、妻がわたしをちらりと見て、
「あんなにひどい人だとは思わなかった」と一人言のようにつぶやいたのを
覚えてます。でねえ、それからずっと夫婦での会話がないんです。
あの山と霧の話を出そうとすると、妻は「やめて!」と強くさえぎりまして。
ええ、それ以来、妻は一人で茶道の会に頻繁に出かけるようになり、
あと買い物なんかで家にいないことが多いんです。山の会のほうは
わたしが一人で出てます。で、会長さんに、思い切ってあのときの出来事を
話してみました。わたしが話をおえると、「ああ~」と会長さんは嘆息し、
「話は聞いたことがあります。それは悪い霧ですね。まさかあの山に出るとは
 災難でした。今後は奥さん孝行するしかありません」と言われたんです。





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