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地下街の通路の話

2020.01.09 (Thu)
あ、どうも、俺、佐藤って言います。仕事は警備員なんですけど、
もちろん時給の非正規です。でも、かれこれもう7年くらい
続いて、班長にもなってます。いやあ、優秀ってことじゃなく、
独身なんで、夜間業務に使いやすいってことだと思います。
俺のほうもね、手当がつくんで夜間のほうがありがたいですよ。
いえ、泥棒と遭遇したなんてことはありません。
そういうケースはまずないと考えてもいいです。警備員ってのは
番犬と同じで、あそこは毎晩人がいるってわかってりゃ、
泥棒のほうから近寄ってきません。だから、抑止力ってことなんすね。
気味の悪い体験ってのもないです。そりゃ、この仕事始めた
最初の頃は、深夜の学校とか見回るのは嫌でしたけど、

一人で回るわけじゃないし、何事も起きてません。で、これから
話すのは俺の体験じゃないんです。つい一昨日、安田さんっていう
同僚の警備員から聞いた内容。安田さんは50代で、元警察官です。
事情があって警察を退職したってことでした。すごい真面目な人で、
冗談を言うようなタイプじゃないんです。でね、一昨日の夜、
その安田さんと組んで、ちょっとした工事現場の交通誘導をやったんです。
そしたら、夜中の2時過ぎかな。ジイさんが一人でそこ通りかかって。
車はともかく、歩行者なんて昼でも少ないとこなんですよ。
それとジイさんの服装が、真冬なのにジャージの上下だけで、
ガタガタ震えててね。こりゃおかしいってピンとくるでしょ。
止まってもらって名前とか聞いたんです。そしたら案の定、

受け答えが変だったので、警察に連絡しました。それでジャンバー着せて、
工事の人から熱いお茶もらって飲ませたりしたんです。
そのうちに警察が来て、やっぱ捜索願いが出てる徘徊老人ってことでした。
で、昨日ね、そのジイさんの家族が本社に来て、お礼言って帰ってった
そうです。こっからは俺と安田さんの会話です。
「昨晩、ジイさんを保護した件、警察から感謝状とかもらえますかね」
「いや、たしかに警備員は感謝状をもらいやすいが、この程度では
 無理だな」 「あのジイさんの家族も、本社に菓子折り持ってきただけで、
 俺らには何もいいことなかったすね」 「まあそう言うな。
 人助けに値段はつけられんよ」 「ああいう、認知症で徘徊してる
 高齢者って多いみたいですね」 「ああ、1年間の高齢者の

 行方不明が1万5千件だよ」 「え、そんなに」 「まあ、これは
 警察に捜索願いが出た件数で、大半は見つかってる。自宅の敷地内って
 ことも多い」 「それもヒドい話ですね。その程度で警察を呼ぶなって」
「まあな。今はほら、一人暮らしの老人が多いだろ。そこへたまに子どもが
 尋ねてきたら家の中に誰もいない。こりゃ大変だって通報したら、
 そのお年寄りは庭の植え込みの陰で草むしりしてたとか、
 そういうのも件数には入ってるから」 「うーん、でも徘徊中に亡くなる
 お年寄りも多いんでしょ」 「そうだな、全国で年に500人くらいか」
「それは川とかに落ちたりしてるんですか」 「ないわけじゃないが、
 ほとんどが行き倒れて、どっかの病院に収容されてる。そこで亡くなるんだが、
 財布も持ってないから身元がわからない。徘徊老人の行動範囲はけっこう

 広くて、他市町村にまで行ってたりするから」 「迷惑な話ですね。まったく
 行方知れずってこともあるんですか」 「少ないけどある。ほとんどは
 身元不明の遺体になる。専門用語で行旅死亡人って言うんだ。
 住所氏名が判明しないケースな。ただな、それ以外にも、完全にこの世から
 消えてしまう場合がある」 「どういうことです?」 「あれは4年前だな。
 地下街の警備をしてたんだ」 「はい」 「けっこう広い地下街だったんだよ。
 地下鉄の駅2つとつながってたし。そこを1日3交代、6人で警備する」
「で」 「そんとき俺は夜間でな。相棒と交代で2時間おきに見回ってた。
 けど、何かが起きるってことはない。地下街の店は、商店は9時頃、
 飲食店も11時にはシャッターを閉める。あと地下鉄の終電が0時半くらいで、
 その後は出入口が自動で朝の始発前まで閉鎖される」 「ああ」
 
「だから夜中に人がいるはずはない。でな、2時に一人で回ってたんだよ。
 そしたら、十字になった通路でふっと人の影が見えた。あれ、
 関係者かな、もし閉じ込められた人なら大事だと思って小走りに
 交差点まで行った。向かって左側の通路にジイさんが一人歩いてたんだ」
「徘徊老人すか?」 「そう思った。トイレとかは全部見たんで、
 おそらくどっかの隅に隠れてたんだと考えた。ジイさんは後ろ姿だったが、
 かなりの高齢に見えたし、そんときは11月だったが、着てるのはシャツと
 ステテコだけ。暖房は止まってるから危険だと思った。
 もしもし、と声をかけたがふり返らない。あとな、ジイさんの姿が
 ちょっと変だった。両腕を肩の高さにぴんと横に伸ばして、そうだな、
 まるで綱渡りでバランスとるみたいに」 「どうしたんです?」

「走り寄って、ちょっといいですかと肩に手をかけたんだよ。
 そんときはもう徘徊老人に間違いないと思ってたからな。そしたら、
 どうなったと思う」 「わかりません」 「そのジイさんはまったく
 後ろを見ずに体をひと揺すりした。宙を飛んだよ」 「ジイさんがですか」
「いや、俺がだ。数m吹っ飛んで通路のコンクリ壁に激突し、さらに頭から
 下に落ちた。ありえない話だよ。そのジイさんは痩せ枯れてて、
 体重は50キロないくらい。こっちは当時80キロ超えてたし、
 こう見えても柔道四段、警察の大会で優勝もしてるんだ」
「達人とかなんですか」 「・・・でな、その衝撃で半分気を失った状態で、
 ジイさんは手を広げたままどんどん向こうに歩いていく」
「で?」 「ジイさんとの間が50mくらい離れたあたりで何とか

 立ち上がって追いかけた。ジイさんはT字になった突き当りの
 前で立ち止まってたから、そこにいてください!と大声を出した。
 すると、ジイさんの目の前の壁に穴が空いたんだよ」 「え?」
「丸い穴、洞窟みたいな穴だ。ジイさんはその穴に平然と入っててな。
 ありえないことだが走ってそこまで行った。穴はずっと奥まで
 下りになって続いてた。照明はなかったが、先のほうで赤い火が燃えてると
 思った。俺が穴の縁まで行ったとき、その穴が一瞬で消えたんだよ」
「どういうことです?」 「わからない。そのときあったことだけ話してる。
 でな、穴がなくなるとき、強い温泉の臭いがしたんだ」 「温泉」
「硫黄の臭いってことだ」 「ああ、で、その後どうしたんです」
「まず警備会社の本部に連絡し、応援を出してもらった。

 それから警察にも。で、応援が来るまで、休憩してた相棒と地下街を
 隅々まで探したんだが、ジイさんなんてどこにもいない。そのうちに
 仲間と警察が着いたんで事情を話したが、信じてる様子がなかった。
 まあ無理もない。俺がジイさんが消えた穴ができたと言った場所には、
 広告のパネルがあったし。俺が寝ぼけるかなんかして、幻覚を見た。
 そう思われてもしかたがないよな。立場が逆なら俺だってそう考える。
 それで、これは処分されるかもしれないって思ったんだが・・・」
「だが?」 「ほら、地下街にはところどころに監視カメラがあるだろ。
 念のために警察がそれを再生したんだ。そしたら、俺がジイさんを見たと
 言ってた時刻に、その姿が録画されてたのがあったんだよ」 「で?」
「ジイさんはやはり両手を広げて人気のない通路を歩いてたんだが、

 両手の先に何かゼリーのような塊が見える」 「・・・」 「やや緑がかった
 透明で、後ろが透けて見えるんだが、人の形にも見えた。ジイさんが両手を
 伸ばしてたのは、そのゼリーに腕をとられてたから。そのビデオで、
 俺が嘘を言ってるわけでもないってわかって、もう一度朝までジイさんを探した。
 けど、やはり姿はなかった」「どういうことなんです?」 「その後、2日して
 俺と上司が警察に呼ばれた。警察が監視カメラ映像を解析したのを見せられた
 んだ。ゼリーがかなり鮮明になってて、やっぱ人に見える。どっちもかなり
 体が大きい、皮膚がどろどろに溶けた人。結局、何もわからずじまい。近辺からは
 老人の捜索願いも出てなかったし、事件はそれで終わりで、俺に処分もなかった。
 ・・・あれな、ものの本に出てくるのとはちょっと違うが、鬼なんじゃないかな。
 あのジイさんが何したのかわからないが、硫黄の臭いのする場所へと連れていく」
 
 

 

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