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古神道は復元できる?

2020.01.10 (Fri)
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今回はこういうお題でいきます。オカルト論になります。
さて、まず「古神道」とは何か? ウエブ辞書などの一般的な
定義では「日本において外来宗教の影響を受ける以前に
存在していたとされる宗教」と出てきます。別の言い方として、
原始神道、神祇信仰などがあります。

また、後述しますが、「復古神道」とは異なる概念です。
自分が書いた怖い話の中には、古い神道の神が登場するものが
あります。では、古い時代の神道って復元できるもの
なんでしょうか。これ、結論から述べると、自分はかなり
難しいんじゃないかと考えてるんです。

屈葬が行われた理由は、はっきりとはわかっていません


まず、古神道が行われていたのは「いつ」の時代か。古いほうは
縄文時代、それ以前にさかのぼることができるでしょうが、
新しいほうはいつまでか。歴史の教科書では、仏教の公伝が
6世紀の半ばとされます。では、それ以前の日本の宗教が
古神道なのかというと、なかなか難しい。

中国にあっては、仏教は比較的新しい宗教で(もちろんインド
では古い)それ以前から、神仙思想、神仙思想が教団化した
道教、儒教、陰陽五行説などがありました。研究者の中には、
日本は弥生時代から、何らかの中国渡来の宗教の影響を
受けていたのではないかと見る人もいます。

三角縁神獣鏡レプリカ クリックで拡大できます
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例えば、邪馬台国の女王 卑弥呼は、『三国志』によれば
「鬼道につかえ、よく衆を惑わす」と書かれていますが、
この鬼道を、初期の教団道教、五斗米道などではなかったか
とする意見もあるんです。畿内を中心に、三角縁神獣鏡
という鏡が古墳の副葬品として出土しますが、

この図柄は、西王母、東王父、神獣が浮き彫りにされた、
きわめて神仙思想的なものです。では、弥生時代以前の
縄文なら、他の宗教の影響はほとんどなかったのではないか。
まあそうだと思います。しかし、縄文時代だとすると、
今度は「どこで」が問題になってくるんですね。

男性器をかたどった石棒 縄文晩期 古代の儀式は性的な要素が
大きいと考えられ、その面からも再現は難しい

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ご存知のように、縄文時代は狩猟採集が中心の生活で、数家族の
小集団、あるいは青森の三内丸山遺跡に見られるような
部族単位の集団で生活していたと考えられます。もちろん
他の集団との交流はありましたが、限定的で、日本全体をまとめる
ような共通した宗教などは考えられません。

まあそれでも、磐座(いわくら)や土偶、縄文土器を飾る火焔型など
ある程度共通した部分も見られるので、それらをして古神道と
言えばいいのか。ですが、考古学で発掘された遺物や墓などから、
その時代の精神性を推測するのは至難です。実際、
縄文人の霊魂観などもよくはわかっていません。

古代ツチノコ説のある釣手土器 この中で火を焚いた
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さて、では、現在残っている神道的な儀式から、古代の神道の
様子を復元することができるのか。これもかなり厳しいんです。
例えば、神社といえば鳥居を思い浮かべる方が多いと思いますが、
鳥居が現在見られるような形になったのは、
そう古い話ではありません。

また、現代で神道的な行事とみられているものの多くも、
他の宗教由来のものなんです。例えば「どんど焼き」というのが
ありますよね。正月15日に書き初めを燃やしたりしますが、
これはもともと、平安時代に陰陽五行説にもとづいて、宮中で
陰陽師が行っていたもので、節分の豆撒きなんかもそうです。

節分は本来、神道の行事ではありません


神職が現在着ている装束も、中国から伝わったものですよね。
そう考えると、現在の神道は他のいろいろな宗教の影響を受け、
古神道からはかなり変質してしまっているんです。
上記したように6世紀に仏教が伝来してから、神道は苦難の
連続でした。それまでバラバラだった形を、

他の宗教にのみ込まれないよう、必死になって整えてきたと
言ってもいいと思います。ですが、奈良時代から神仏習合が進み、
やがて本地垂迹説が鎌倉時代に登場します。これは、仏教の仏が
日本に教えを広めるため、神道の神の姿に化身して現れたとする
もので、天照大神は大日如来の化身といった具合です。

大日如来の垂迹(化身)が天照大神とされた


もともと、神道は創始者もいない、聖書のような経典もない
宗教です。そのため、他宗教におされて消滅してしまうのを
まぬがれるため、さまざまに他の宗教の要素を取り入れながら
形をつくってきたのが、現在の神道と言っていいと思います。
ですから、それから古代の形を再現するのは難しい。

さて、最後に復古神道について。江戸後期、国学の隆盛とともに、
異国のものである仏教を排し、日本古来の神道を復活させよう
という流れが生まれます。ただ、復古神道で参考にされた
日本神話が書かれている『古事記』は、8世紀に成立した書物です。

秋田県大湯の環状列石
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必ずしも正しく古代の姿が伝えられているとは言いにくい。例えば、
イザナギ、イザナミの国産みで、初めに女性神のほうから声を
かけたため不具の神が生まれたというのは、中国由来の男尊女卑的な
考えが入っているのではないか、などの議論があるんですね。

そして明治維新が起き、日本は国として仏教を保護しないことに
決めます。廃仏毀釈は地域によって程度の差があったようですが、
この時期に、爆発的に「神道的な」新興宗教が誕生しました。
そして、日本は天皇を現人神とする国家神道を精神の中枢にすえ、
近代国家をめざして邁進していくことになります。

復古神道を唱えた平田篤胤
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さてさて、そうは言っても、古神道に自然崇拝、祖霊崇拝が
あったのは間違いないところだと思います。ただし、
穢れと清め、ハレとケなどを古神道とできるかはわかりません。
このあたりのことは、いつか太陽暦と太陰太陽暦の違いからも
論じてみたいと考えています。では、今回はこのへんで。

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