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藪入りと死後の世界観

2020.01.23 (Thu)
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今回はこういうお題でいきます。これ、カテゴリは歴史とも
言いにくいし、よくわからないのでオカルト論に入れておきますか。
さて、みなさん薮入はご存知でしょう。旧暦の1月16日と、
7月16日の年に2回、主に年少の奉公人が休日となって、
親元に帰ることができる日です。

新暦だともう過ぎてしまいましたね。自分はずっと実家のある
茨城に住んでたんですが、東日本大震災を機に大阪に移りました。
こっちの人に聞くと、昭和40年代頃までは大きな商家には
まだ丁稚さんがいたということです。うーん、休みが年に2回
だったら厳しいですが、実際はそれ以外にもあったようです。

落語に、「藪入り」という人情噺がありますよね。商家に奉公に
出した息子の亀吉が3年ぶりに帰ってくるということで、
両親はあれも食べさせてあげたい、あそこにも連れて行って
やりたいとあれこれ思案します。そして身長も伸び、
立派になった亀吉が里帰りして、両親は大感激。

閻魔大王
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母親が小遣いを入れてやろうと亀吉の財布を開くと、そこには
3万円の大金が入っている。明治期が舞台ですから、現在の
300万以上になると思います。店の主人が小遣いとして持たせて
くれたとしては、あまりに高額すぎる。悪事を働いたのではないかと
心配した両親が亀吉を問い詰め、大喧嘩になってしまいます。

落ちまでは書かないでおきますが、これ、明治期のぺスト大流行と
関係があるんです。さて、藪入りの習慣が始まったのはそれほど
古いことではなく、江戸時代とみられています。それ以前は、
この2日は、嫁に出した娘が里帰りする日だったようです。

古墳時代の舟
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では、なんでこの2日が休日になるかというと、地獄の思想に
関係しています。地獄の冥官である閻魔大王の賽日がこの2日
なんですね。地獄の釜の蓋が開き、その日は閻魔様はお休み、
鬼も休みで、必然的に、罪人たちもその日は責め苦を
まぬがれることができたようです。また、この世では、

亡者ならぬ奉公人もお休みというわけです。ただ、
江戸時代の場合、電車などがあるわけではなく、また厳しい
関所調べもあるため、関東周辺から来た奉公人は家に
帰れませんでした。そこで江戸市中をぶらついて芝居を見たり、
見世物小屋に入ったり、閻魔堂に詣でたりしていたようです。

仏教の六道輪廻
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余談ですが、江戸時代の見世物というのはオカルトの宝庫で、今、
少しずつ調べてるんですが、たいへんに興味深いものです。いつか
まとめて記事にしようと思ってます。「藪入り」の語源ははっきり
してないものの、「宿入り」が変化したという説が有力みたいです。

さて、ここから死後の世界の話に移ってきます。世界の宗教では、
死後の世界観は大きく3つに分かれるかなと思います。
① 此岸(この世)とは別の彼岸に行く。
② 生前の行いによって地獄か極楽(天国)のどちらかに行く。
③ 因果によって輪廻転生する。

道教における冥界の王 泰山府君
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日本の神道は①に近い考え方です。人は死後、黄泉の国、常世国、
根の国などと呼ばれる場所に行く。装飾古墳の壁画には舟が描かれている
ものがあり、おそらく霊魂がそれに乗って別のところへ行くという
ことを表しているんでしょう。神道では、生前の行いによって
死後に裁きを受けるという考えは一般的ではありません。

②はキリスト教がそうですよね。ただ、これにも大きく2つの説が
あって、信仰や戒律の遵守で天国か地獄かが決まるというものと、
人は生まれたときからすでに天国へ行くか地獄へ行くかは
決まっているとするもの(ジャン・カルヴァンの予定説)です。

仙人
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③はヒンドゥー教がそうです。生きることで業が生じ、それによって
来世の転生が決まる。仏教はインド生まれの宗教ですので、
②と③が入り混じったような考え方ですね。六道輪廻と言って、
「天道、人道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道」のどれかに行く。
しかし、本来の目的はこの輪廻から解脱することです。

面白いのが中国で、④とも言える考え方がありました。
もうおわかりですね。「死なない」というものです(笑)。中国古代の
神仙思想では、仙道の修業によって生きたまま羽化登仙し、
不老不死になることができるとされました。秦の始皇帝が晩年、
不老不死の薬を手を尽くして求めたことはよく知られています。

キリスト教の神の国(天国)
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ただし、大多数の人間は仙人になれませんので、冥界に行きます。
冥界はこの世とあまり変わらず、紙銭や紙の家、使用人などを
燃やして死者が使えるようにします。冥界を治めているのは、
道教の泰山府君でしたが、仏教の流入とともに地獄の思想も
取り入れられ、もとはインドの神である閻魔大王が支配しています。

中国の古い書物には、輪廻という考え方はほとんど見られませんが、
16世紀、明代の『西遊記』には、三蔵法師が何度も生まれ
変わりながら天竺をめざすという内容が出てきていて、
この頃には輪廻思想が取り入れられていたことがわかります。

神道で、此岸と彼岸をつなぐ黄泉比良坂
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さてさて、ということで、死後の世界観の研究はオカルト的に
重要です。日本の場合、明治維新で仏教から国家神道に急に
切り替わったせいもあり、現代では地獄を信じている人は少数に
なっていますね。では、今回はこのへんで。

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