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怪談における主人公の責任

2020.02.17 (Mon)
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『アントラム』

今回はこういうお題でいきます。カテゴリは怪談論です。
今、『アントラム』という映画が公開されています。
けっこう観客は入ってるようですね。2018年に制作された
カナダ映画なんですが、「観たら死ぬ」というキャッチフレーズが
ついています。「アントラム」という題名の映画が1970年代に

アメリカで制作されたものの、観た者に不幸をもたらすとして
封印される。しかし1988年、ブタペストで世界初上映が行われると、
上映中に火災が発生し、56人の犠牲者を出す大惨事となる。
その後も、様々な映画祭で「アントラム」上映が企画されるが、
関係者が次々と謎の死を遂げ、そのうちにフィルムが紛失。

それが、この呪われた映画を長年にわたり調査していた
ドキュメンタリー映画作家により40年ぶりに発見され、新たに撮影
された関係者や研究者たちの証言を交えてまとめられた・・・
というモキュメンタリー作品です。この手のホラーを日本では
「自己責任系」と言いますが、責任を取らせられるのは観客です。

巻き込まれ系ホラーである『呪怨』
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さて、怪談を分類する場合、さまざまな観点があります。
「部屋もの」 「人形系 」 「時空系」などですが、今回は
その話の「主人公の責任」ということを中心に、できるだけ
具体的な例をあげて考えてみたいと思います。

①「見てしまう」系 もっともストレートな形です。夜道を歩いてたら
何かを抱えた人影が走り出て、よく見るとその女には首がない。
あ然としていると、女は自分に近づいてきて、抱えていた生首を
ポーンと放ってよこした。まあこんな感じです。これだと
主人公には何の責任もないですよね。運悪く怖い目に遭った。

因果もの、勧善懲悪の『四谷怪談』
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②「巻き込まれる」系 ①と似ていますが、ただ怖いだけでなく
主人公に災いが降りかかってきます。2ちゃんねるで有名になった
「八尺様」がそうですね。たまたま出会ってしまった長身の女に
なぜか好かれてしまい、後を追いかけられる。自分が引っ越した
部屋に幽霊が出るというのもこれに入るかな。

③「地雷を踏む」系 自分が何気なくした行為によって、呪いや祟りの
封印を解いてしまいます。仲間と廃墟の探索に行って、そこにあった
仏壇の引き出しを開けてしまった。アンティークショップにあった
鏡台をひと目で気に入り買ってきた。落ちていた手紙を拾い、
そのままバッグに入れて忘れてしまった。

実際には。この①~③は重なっていて、きちんと分けるのが
難しいことが多いですね。『リング』では、そうとは知らず呪いの
ビデオを見てしまう。『呪怨』では、何らかの理由で呪われた家に
入ってしまう。プロの作品でもこの形はたくさんあります。

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④「因果」系 自分の「よくない」行為により恨みが発生して
怪異が起きる。ひどい形で振った女が自殺し、その霊に祟られる、
会社の上司と浮気して、その奥さんの生霊に悩まされる。
『四谷怪談』がそうですよね。この場合、話の主人公は
読者に同情してはもらえないでしょう。

⑤「因縁」系 例えば、遠い先祖が旅人を殺してその金を奪い
裕福になったが、旅人の祟りによって、その家に生まれた男児は、
20歳を前にして事故や病気で死んでしまう・・・
昔の仏教説話などによくあった形ですが、
自分はあまり好きではなく、話も書いていません。

『八つ墓村』も因縁系と言える
キャプチャ

だって、その家に生まれてきた男の子に責任があるとは言えないし、
家系への祟りを除くには大法要でもするしかないですよね。
「祖先の悪行の障りを除くために、この壺を買って飾れ」
みたいな詐欺行為にもつながってくると思います。

⑥「神仏」系 お地蔵様に小便をかけた。神社のお賽銭箱に
手を入れて小銭を盗んだ。そのために罰が下る。
これもねえ、怖いという以前に「ザマミロ」と思いますよね。
主人公はまったく読者に同情してはもらえません。
それがいい怪談とは思えないです。

神罰が直接下る『大魔神』
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⑦「悪意」系 これはどういうことかというと、主人公には
何の責任もないですが、第三者の悪意によって生贄などに
されてしまう。加門七海氏の『三角屋敷』がそうですね。
風水的によくない三角形のマンションが霊的な実験を目的に
建てられ、そこに入った住人は思わぬ不幸に見舞われる。

現代的な怪談だと思いますし、自分もこの形はあれこれ
書いていて、「絵馬の検索」とか「奇妙すぎるバイト」なんかが
そうです。ただ、面白い話にはなりますが、主人公は
犠牲者という形なので、そこまでの内容の深みは出ません。

悪意系の『三角屋敷』
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この他にも「運命」系というのもあるかもしれません。
映画の『ファイナル・デスティネーション』みたいななもので、
死ぬべき運命になっている主人公が、何とかしてそれを
脱出しようと苦闘する。この場合、内容がややSFっぽくなる。

さてさて、ということで、怪談における主人公の責任という
観点から考えてみました。話の深みというのは必要だと思いますが、
あまりそこにこだわると、無理にオカルトホラーにしなくても、
『黒い家』や『冷たい熱帯魚』みたいな形でいいじゃん、
となるんですよね。なかなか難しいです。では、今回はこのへんで。

運命に殺される『ファイナル・デスティネーション』
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