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大地の歌の話

2020.02.27 (Thu)
みなさん、今晩は。〇〇市のある神社で神主職をしております、
戸澤と申します。どうぞよろしくお願いします。
私が務めております御社は、けして大きいところではありません。
いちおう社務所はありますが、そこに宿泊はできず、
御守の類をわずかに置いてあるだけです。
参拝者は、その付近に住む信心深いお年寄りが多く、
日に十数名といったところでしょうか。はい、私には本業がありまして、
それとは別に、いくつかの小さな御社を掛け持ちしてお世話をさせて
いただいてるんです。御祭神などは、ここでは言わずにおきます。
そこの御社の特徴としては、神域の杜が深いことです。
杉の木を中心に、モチノキ、コナラ、ナギなどの常緑樹です。

これらは神社の創建当初に植えたものです。それで、
御社の裏に小さな山がありまして、神域の杜はそれとつながって
いるんですが、もちろん山には落葉樹の雑木が多く、植生は異なります。
あれは2週間ほど前のことです。この杜に異変が起こりまして。
最初は、みずえさんという方が発見しまして、私の自宅に
電話をよこされました。その内容が「神社の杜が変だよ。
 みな葉が黒くなっていて、まるで木々が怒っているようだ」と。
聞いたときには戸惑いました。木々が怒る? 私の家は、祖父の代から
その地域で神職を務めさせていただいてましたが、
一度もそんなことは聞いたことがありません。ですが、この
みずえさんは、それは信心深い方で、でまかせを言うとも考えられない。

さっそくね、見に行ってみました。そしたら、言うとおり杜の様子が
おかしかったんです。まず、中に入ると冷え冷えとする。
それはもちろん、高い木々の下なので日光があたらず、他の場所より
気温は低いんですが、6月なのに冷蔵庫の中にいるようでした。
「いつからこうなのだろう」つい2日前に見回ったときはなんとも
なかったはず・・・それと、たしかに木の葉が黒いんです。
常緑樹の葉の重なりが真っ黒に見えました。いや、実際に黒くなってる
わけではないんです。下のほうの葉を数枚取らせていただいて、
参道の日のあたるとこで見ましたら、通常の葉の色でした。
ただ、杜の中に入ってみると全体として黒い。
それと、木の肌に触れてみましたら、やはり冷やりとして・・・

怒りの感情が伝わってきたんです。これは只事ではないと考えました。
御神木が怒っているということは、神様が怒っているのと同じですから。
それで、近辺の神職に手伝いを頼んで、時期ではなかったんですが、
大きな御祭事をもよおしたんですが・・・何から何までうまくいきませんでした。
不具合の連続で、私は正しく唱えなければならない祝詞を間違えて、
やり直させていただいたり・・・ですが、原因はわからず変化もなかったんです。
それからずっと、御社の上を黒い雲が覆っているような心持ちで。
2日後です、また妙なことがありました。やはり近所に住んでいる年配の
女性で吉田さんという方がいて、早朝から境内を掃いたりしてくださって
るんですが、私が神社に行ってみると、参道から少し外れた杜のとば口で、
真っ青な顔をして上を見上げていたんです。

「どうしましたか」聞くと、「今そこの杉の木の上に人がいたよ。
 顔があった」って。まさかと思いました。杉の木は下枝がなく、
人が登るのは難しいし、かなりの高さなんです。「え、どんな顔でした?」
「あれな・・・妙子さんだよ」 「そんな」私は絶句してしまいました。
妙子さんというのも近所の高齢の女性で、吉田さんとは仲が良かったんですが、
このところ認知症が進んで徘徊するようになり、家族も困っていたところ、
1週間前の夜中にふいと家を出て、そのまま行方不明になってたんです。
いや、杖をついて歩くのが精一杯でしたので、木の上に登るなんて
ありえません。「本当に妙子さんでした?」 「そうだ・・・と思ったけど、
 真っ赤な鬼みたいな顔をしてた。生きてはいないのかもしれない」
これを聞いてぞっと怖くなったんです。

そのときから、なるべく杜に入って木の上を見るようにしてました。
そしたら、夕刻ころ、梢のかなり高いところを何かが飛び移ってる
影が見えた気がしたんです。猿ではありません。このあたりでニホンザルは
見ないし、暗くなってましたが、それ、真っ赤な色に思えたんです。
赤い動物なんていませんよね。杜の雰囲気も相変わらず悪く、
モチノキに枯れが出てきました。「これは私の手には負えない」そう考え、
県の一の宮で宮司をされている方に来てもらったんです。
私の大学の先輩です。先輩は、鳥居をくぐって参道に入るなり、
「いかんなあ」とつぶやき、それから私の顔を見据えて、
「お前は何をやっていたのだ」と強く言われたんです。
「申しわけありません」 「神域全体が気枯れしておる。

 一番に御祭神様が怒っておられるのだ」 「どうすれば?」
先輩はそれには答えず、2人で杜に入り、先輩は手近にあった御神木の
一本に手のひらを当てました。はい、ただ触れているだけなのに、
ザンザンザンと太い木が揺れ、急に高い梢から赤いものが逆さまに
ぶら下がりました。その真っ赤になった顔・・・妙子さんだと思いましたが、
もうすでに人間の表情はしておりませんでした。
「おあああ」妙子さんだったものは、苦しげな声を発すると、
煙のようにかき消えたんです。「・・・・」先輩が、
「私は県警のほうに知り合いが何人かいるから、裏の小山を捜索して
 もらおう」静かにこう言いました。翌日から、裏の山に警官が入りました。
マスコミなどには知らせない内密の捜索でした。

はい、妙子さんが見つかったんです。登山路からやや離れた崖下の
腐葉土に浅く埋められた状態で。死後1週間経過し、夏場ですので腐敗が
進んでいました。死因は全身の強打、警察の見立てでは、おそらく大型車に
はねられたため。運転手は通報せず、妙子さんの遺体をここまで
運んで埋めたってことです。死体遺棄事件として捜査が始まりましたが、
近くを通る国道は夜間に多数のトラックが通っており、
難渋が予想されました。先輩は、「まあ、ひき逃げのほうは警察に
 まかせるとして、御神域をなんとかせねばいかんな」
「御祭事は行ったのですが」 「まったく力が足りなかったようだが、
 私にいい考えがある」 「なんと?」 「〇〇市にミッション系の高校が
 あるだろう。理事長につてがあるから、合唱部の生徒に来てもらおう」

その高校の合唱部が全国コンクールで好成績をあげたニュースは地元紙に
出ていました。「ですが、ミッション系というからにはキリスト教ですよ」
先輩は私の顔をしっかり見据え「まだお前にはわからないだろうが、
 そういう系統などといったことは、死者にはあまり関係がない。
 ここの木たちにもな。よい歌を聞かせるのだよ」こうおっしゃったんです。
私のほうでバスを頼み、はじめに合唱部の顧問の先生、それから生徒たち
15人ほどが降りてきました。全員が女子でした。生徒たちはさっそく、
神域の杜の広くなったところで2列横隊をつくり、
伴奏はありませんでしたが、顧問の先生の指揮で静かに歌い始めました。
「母なる大地の ふところに 我ら人の子の 喜びはある 大地を愛せよ 
 大地に生きる 人の子ら 人の子ら その立つ土に感謝せよ・・・」

「これは?」小声で私が聞くと、先輩は「本来は混声合唱なのだが、
 主旋律だけを歌ってもらっている。さすがに賛美歌というわけには
 いかんから」と。ザワと木々の高いところを風が通りすぎたようでした。
そうして、少しずつ杜の木々から黒い色が抜けていったのです。
「恩寵の豊かな 豊かな大地よ 褒めよ 讃えよ 讃えよ土を・・・」
歌い終わると雰囲気は一変していました。私は、事情を知らされていない
生徒さんたちに礼を述べて甘酒を振るまいましたが、歌っていたときの
厳かな顔はもうなく、どこにでもいる若い娘さんたちでした。
これでだいたいの話は終わりです。それから2日して、ひき逃げ犯が
かなり離れた県の、会社の車庫で首を吊っているのが遺書とともに
見つかったんです。それ以後、異変は起きておりません。





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