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オカルト1973・74

2020.03.17 (Tue)
アーカイブ238

変なお題になりましたが、カテゴリとしてはオカルト論で、
何を書くかというと、70年代オカルトブームについてです。
1973年は昭和48年ですか。自分とはだいぶ世代が違いますので、
時代の雰囲気を肌で感じているわけではありません。
ですから、間違いなどもあるかもしれないです。

『恐怖の心霊写真集』から この2つの顔は同一人物で二重写しかな 口元がそっくり
おそらく前のフィルムがしっかり巻き戻されないままシャッターを切った



この1973年からオカルトブームに突入したとはよく言われることで、
実際にエポックメーキングな事件が多数起きています。
もちろん、それ以前からオカルトの底流はあったわけですが、
この年を境に、一気に爆発したと見ることができるでしょう。

しかも、一つのジャンルに偏ってないんですね。心霊、UFO、UMA、予言と、
オカルトの複数の分野が互いに影響を与え合って盛り上がりました。
これには、裏でブームの糸を引く仕掛け人が同一だったり、
親しい仲間であったせいも大きいんですが、それだけでもありません。

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さて、何から書いていきましょうか。まずはこれからでしょうね。
1973年『ノストラダムスの大予言』が五島勉氏によって祥伝社から
発行され、大きな話題を呼びました。ノストラダムスについては
以前に書いてますので、ここで詳しくはふれませんが、
16世紀フランスの医師、占星術師で、多数の予言詩を残しています。

みなさんの中にも「1999年7の月、恐怖の大王が・・・」という
フレーズをご記憶の方もおられるでしょう。翌年には映画も公開され、
五島氏のノストラダムスシリーズは、全10冊にまでなっています。
これねえ、自分より上の世代の人に聞くと、

半信半疑というか一信九疑ながらも、実際に1999年になったときは、
それなりに緊張したという答えが返ってくるんです。その人たちの大半は
少年時代にこの本を読み、その内容が26年後まで頭に
残っていたわけです。こういうことって、なかなかないんですよね。



この話だけで終わってしまいそうなので、どんどん先に進めます。
1973年、日本テレビ系列の『お昼のワイドショー』で、
「あなたの知らない世界」が始まりました。最初のうちは夏の時期だけの
特番でしたが、後に毎週木曜日のレギュラー放映になります。

仕掛け人は、放送作家の新倉イワオ氏です。内容はほぼ心霊。
ここで放映される「再現映像」がとにかく怖かったという人が、
現在でも多いですね。多くの子どもの心にトラウマを与えるとともに、
画面の色味やカメラのアングル、霊の登場のしかたなどなど、
後の『リング』などのジャパニースホラーに多大な影響を与えています。

再現映像
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次はやや地味なUMAの話題ですが、政治家の石原慎太郎氏が、
1973年、「ネッシー探検隊」を組織してスコットランドに遠征しました。
このときの仕掛け人が、イベントプロデユーサーである康芳夫氏です。
氏はそれ以前、ボクシングや音楽の興行を手がけていましたが、
このネッシー遠征でオカルトは金になる、ということを発見しました。
それが、1976年の「オリバー君招聘」につながります。

写真は石原氏と康氏
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次、1973年、アメリカに滞在する一人のイスラエル人青年が
地元のテレビに出演し始め、翌1974年に来日を果たします。
そう、ユリ・ゲラーですね。彼が行うスプーン曲げや、
止まった時計を動かすパフォーマンスはテレビで
高い視聴率を上げ、日本の超能力ブームの火つけ役となりました。

ユリ・ゲラー
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自分もスプーンを曲げられるという超能力少年が輩出したんですが、
その中の一人、関口少年の名を記憶しておられる方もいるでしょう。
これを仕掛けたのが、前述の康氏の友人である矢追純一氏です。
ただ、関口少年のトリックが発覚し、超能力少年たちはいっせいに
テレビから消えてしまい、矢追氏は素早くUFO系に転身します。

現在の肩書にはUFO評論家というのがありますね。で、UFO関係では、
1975年、日本の目撃事件として有名な「甲府事件」が起きるんです。
また、日本にコンタクティーの存在が知られるようになり、
超能力でUFOを呼ぶことができるという概念が広まりました。
「ベントラ、ベントラ」の呪文を覚えておられる方も多いでしょう。

康芳夫氏
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次、1974年、中岡俊哉氏が二見書房から『恐怖の心霊写真集』を発刊。
大ベストセラーになりましたし、それまで「幽霊の写真」などと言われ、
それほど大きな話題になっていなかったのが、「心霊写真」という
言葉が定着し、多数の雑誌に心霊写真コーナーがつくられます。

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日本の心霊写真はここから始まったと言っていいでしょう。
これも何冊も続編が出ていますね。さて、この時期に起きた
オカルト事件はまだまだあるんですが、字数が残り少なくなってきたので
最後にします。1973年、「週刊少年マガジン」に、
つのだじろう氏が『うしろの百太郎』の連載を開始します。

同じ年、これと並行して「週刊少年チャンピオン」に
『恐怖新聞』を連載。氏によって、主護霊、霊界、霊能者、前世、
ポルターガイストなどの語が一般化していったんです。
つのだ氏は当時から、何人もの霊能者と懇意にしていました。

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それまで、恐怖漫画(まだ心霊の語は用いられていませんでした)は
少女コミックの独壇場で、楳図かずお氏らによって『赤んぼう少女』などの
作品が発表されていましたが、それは怖い絵で感情に訴える恐怖を
あつかったもので、心霊を理論的に説いたのは、
つのだ氏の大きな功績?です。

さてさて、ということで70年代オカルトブームをごく簡単にふり返って
みました。これが起きた原因はとても一口では言えませんが、
あえて言うとしたら、まず、「メディア」の成長でしょうか。
テレビを中心として、書籍、漫画雑誌などが渾然一体となって
ブームを推進していったこと。

五島勉氏 コメントしているのは丹波哲郎氏


もう一つは、「オカルトは商売になる」という発見です。
テレビなら視聴率が稼げますし、本はベストセラーになります。
そして、この時代に形づくられたオカルトの原型が現在まで形を
変えながら続いてるんです。それにしても、こういう時代はもう二度と
来ないんでしょうね。では、今回はこのへんで。

矢追純一氏


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