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かなわぬ恋の話

2020.03.20 (Fri)
kdkdkdo7 (4)

今回はこういうお題でいきます。カテゴリは妖怪談義に入るのかな。
かなわぬ恋、片思い、片恋などとも言いますが、
これがもとになって怪異が発生する話は、日本にはいろいろあります。
女性、それも十代後半のうら若い娘からの片思いの場合が多いですね。

この理由は、男が女を見初めた場合、金や権力があれば何とかなる
ことが多かったでしょうし、そうでなくても男は行動力がありますが、
女が男を好きになった場合は、日本はずっと男尊女卑の観念があって、
その思いをかなえるのは なかなか難しかったんでしょうね。

能「道成寺」
キャプチャ

このテーマで最も有名な話は、「安珍・清姫伝説」と呼ばれるものです。
この説話は古く、平安時代にはすでにできあがっており、
『今昔物語』などに収録されています。筋はみなさんご存知だと
思いますが、いちおう説明していきます。後醍醐天皇の御代、
奥州白河より熊野に参詣に来た安珍という名の僧がいて、

年は若く、たいへんな美形でした。熊野街道沿いの真砂の庄司の家に
宿を借りた安珍をひと目見たその家の娘、清姫は一目惚れ。
女だてらに夜這いをかけますが、安珍は、参詣途中であり、
帰りにはきっと立ち寄るからと言い残してその場を逃れ、
参拝後は、立ち寄ることなくさっさと帰ってしまいます。

蛇に化身する直前の清姫 着物の柄がウロコのようです
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だまされたことを知った清姫は怒り、裸足で後を追いかけ、紀州
道成寺までの道の途中で追いつきますが、安珍は別人だと嘘をつき、
さらには熊野権現の法力で清姫を金縛りにして逃げ出します。
ここで清姫の怒りは頂点に達し、ついに蛇となって安珍を追跡。
恐ろしい姿で火を吹きながら川を渡っていきます。

道成寺に着き事情を話した安珍は、梵鐘を下ろしてもらいその中に
隠れますが、清姫は鐘に巻きついて火を吹きかけ、安珍は
鐘の中で焼き殺されてしまいます。その後、清姫は蛇の姿のまま
入水して亡くなりますが、安珍と清姫、どちらも畜生道に堕ち、
道成寺の住持のもとに現れて供養を頼む・・・こんな話です。

それにしても、安珍は女犯戒を守り、僧として落ち度はなかったように
思いますが、どうして畜生道に堕ちてしまったんでしょう。これは嘘を
ついたから、ということではないですよね。やはり、清姫の恋心に少しも
応えようとしなかった安珍の冷たさが憎まれ、こういった話になった
と考えられるんじゃないでしょうか。

鳥山石燕の清姫
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この話には後日談があり、道成寺にはずっと鐘がなかったんですが、
400年ぶりに新調して女人禁制の供養をしたところ、清姫の怨霊が
化身した一人の白拍子が現れて儀式を妨害。蛇へと姿を変えて
鐘を引きずり降ろし、その中へと消えた。この鐘は音が悪く、
災いを招くということで山の中に捨てられます。

このあたりを見ると、仏教の女人禁制に対する批判もあるのかも
しれませんね。インドで生まれた本来の仏教にはこういう決まりは
ないので、男尊女卑の考え方と結びついた日本独自のものです。
唐で修行した曹洞宗の開祖、道元は『正法眼蔵』の中で、
「日本だけの笑い事である」と非難しています。

人肉を生で食らう酒呑童子
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さて、次の事例にいきます。これも平安時代の話で、大江山の鬼と
恐れられた、酒呑童子誕生の異説の一つです。
酒呑童子はもとは外道丸という稚児で、比叡山で修行してましたが、
その姿形は美しく、一目見た女はみな外道丸に恋い焦がれてしまう。

しかし外道丸は、修業中の身のため誰にも心を許さない。
そのうちに女たちは次々に恋の病で亡くなってしまい、外道丸が
女たちからもらった恋文を焼き捨てると、立ち込めた煙に巻かれて
気を失い、次に目覚めたときには見るも無残な鬼の姿になっていた。
しかたなく大江山へと逃げ、盗賊稼業に身をやつすようになった。

次に、江戸時代の振袖火事の由来。1657年に江戸で起きた大火で、
明暦の大火とも言います。この原因として、裕福な質屋の娘・梅乃が
墓参りに行った帰り、上野の山ですれ違った寺の小姓らしき美少年に
一目惚れ。梅乃はこの日から寝ても覚めても彼のことが忘れられず、
恋の病に寝込み、ついには死んでしまう。

明暦の大火
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両親は葬礼の日、せめてもの供養にと娘の棺に形見の振袖をかけて
やりますが、この振袖は本妙寺の寺男によって転売され、
それを買った2人の娘の命を病気で奪います。3度めに寺に
運ばれてきた振袖に因縁を感じた住職が供養しようとし、

読経しながら護摩の火に振袖を投げこむと、にわかに北方から一陣の
風が吹きおこり、裾に火のついた振袖は人が立ち上がったような姿で
空に舞い上がり、寺の軒先に舞い落ちて火を移し、まず寺が焼け、
ついには江戸の町を焼き尽くす大火となって、
10万人とも言われる大勢の人が亡くなります。

さてさて、この3つのエピソードをみると、すべて仏教に
関係しています。自分もよくはわかりませんが、昔の人々は
若い修行僧の禁欲に対して、無理を感じていたのかもしれません。
また、娘の恋心に対し、石のように心を動かされない姿に、
かえって人間的ではないと感じていたのかもしれないですよね。

「やわ肌の あつき血汐に ふれも見で さびしからずや 道を説く君」
という歌が与謝野晶子にありますが、人の世の情愛を解さずに、
道を説くのは難しいだろうという意味かもしれません。
ちなみに、明治になり、1872年の法令により、僧侶の妻帯肉食は
自由となります。では、今回はこのへんで。




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