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1796年の免疫学

2020.03.28 (Sat)
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今回はこういうお題でいきます。医学的な記事ですが、
オカルトとも多少関係があります。ただ、いかにも
地味な内容なので、スルーされたほうがいいかもしれません。
さて、1796年にあった画期的な出来事というと、
何だかおわかりになりますでしょうか。

イギリス人の医師、エドワード・ジェンナーが天然痘に対するワクチン
である種痘を実施した年なんですが、ジェンナーの業績にはいろいろ
誤解があります。まず、ジェンナー以前にも種痘(人痘)は
行われていたこと。オリエント世界での話です。

エドワード・ジェンナー
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オスマン帝国駐在大使夫人だったメアリー・モンタギューが
現地で人痘法を知り、イギリスに持ち帰って自分の娘に接種しました。
天然痘に対するワクチンとして、人間の感染者の膿疱から抽出した
液を接種するのが人痘法です。

ただ、これはひじょうに危険で、接種を受けた者のうち2%が
重症化して死亡したとされます。うーん、抗癌剤の副作用死が
そのくらいと言われてますね。ジェンナーは、牛の世話をしていて
自然に牛痘にかかった人間は、その後天然痘にかからないという
農民間の言い伝えに興味を持ち、研究を開始。

牛痘は人痘に比べて弱毒であり、より安全という感触を得ました。
そこで1796年、最初の牛痘が行われたわけですが、
ジェンナーが自分の息子で試してみたというのは間違いです。
ジェンナーの息子はそれ以前に人痘を受けており、
牛痘を始めて受けたのは、使用人の息子の8歳の少年でした。

偏見や迷信との戦いであった種痘法
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結果、少年は若干の発熱と不快感を訴えたものの深刻な症状は出ず、
6週間後にジェンナーは少年に天然痘を接種しましたが、
少年は天然痘にはかからず、牛痘による天然痘ワクチンは
成功しました。いや、でもこれ、使用人の息子を実験台にして
大丈夫だったんですかねえ。失敗した場合のことを考えると怖い話です。

その後、牛痘法は次第にヨーロッパに広まっていきましたが、
「接種すると牛になる」と忌避する傾向もありました。そこで、
「これは神が乗った聖なる牛の液である」と住民に告げてから行うなど
苦心の跡が見られます。牛痘が日本で始めて実施されたのは1823年。

日本での種痘の実施
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ドイツ人医師シーボルトによってですが、このときは成功せず、
1849年、佐賀藩での実施が最初の成功例のようです。
あ、もう半分まできてしまいましたね。じつはメインはこれから書く
話なんです。同じ1796年、ドイツ人の医師、
ザムエル・ハーネマンがホメオパシーに関する論文を発表します。

ホメオパシーとは、その病気や症状を起こしうる薬や物を使って、
病気や症状を治すことができるとする医療体系です。
ハーネマンは、自身がマラリアの治療薬であるキニーネを
試飲したところ、マラリアと同じような症状が出たことから
これを考えついたと言われています。

ザムエル・ハーネマン
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うーん、今の知識では、そんなことはありえないだろうと思うんですが、
その時代の医学は呪術と紙一重のものでした。ハーネマンを擁護
すると、彼は当時一般的に行われていた瀉血(人体の血液を抜くことで
毒素を排出し、症状の改善を求める治療法)に対し、
迷信であり効果のないものだと述べてるんですね。

一般的なホメオパシーの施術法としては、さまざまな物質を大量の 
水で希釈し、それを砂糖玉に染み込ませて(レメディと呼ばれます)
患者に経口で摂取させる。希釈は大量であればあるほどよく、
水の中にもとの物質の分子が1個もなくなってもかまわない
とまで言われています。

ホメオパシーの多種多様な希釈液
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その後、ホメオパシーもヨーロッパ全土に広まっていきます。
これに目をつけたのがナチスドイツで、ハーネマンがドイツ人で
あることから、ドイツ医学の基礎にしようとさまざまな実験を
試みました。ユダヤ人収容所では、わざとマラリアや敗血症に
感染させたユダヤ人に対し、ホメオパシーが実施されたものの、

症状は改善せず多くの者はそのまま死亡し、ホメオパシーに
対する関心は薄れていきました。現代医学の見解では、
ホメオパシーにはブラセボ以上の効果はないとされています。
まあそうですよねえ。ただし、砂糖玉ですから副作用もありません。

レメディ
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ホメオパシーの問題点は、それにより実際に効果のある治療を
受けられなくなってしまうことでしょうね。ホメオパシーでは、
現代医学の治療を受けるのはよいことではない、とされることが多く、
ワクチン接種全般に対しても批判的です。

「山口新生児ビタミンK欠乏性出血症死亡事故」という事件が日本で
ありました。助産師によって出産した女性の女児が、生後2ヶ月で
硬膜下血腫で死亡したんですが、原因はビタミンK不足と考えられました。
助産師は「ホメオパシー医学協会」に所属しており、ビタミンKの代わりに、
「ビタミンKの記憶を持った」レメディを与えていたんですね。

さてさて、ジェンナーとハーネマンの現代での評価は大きく分かれて
しまいました。ジェンナーは「近代免疫学の父」と呼ばれ、
ホメオパシーは現代医学から見れば、うさん臭く危険な代替療法です。
ただ、1796年の当時には免疫という概念もなく、分かれ道は
ちょっとしたものだったんじゃないかという気もするんですね。
では、今回はこのへんで。

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