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『新著聞集』の怖い話

2020.05.06 (Wed)
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今回は趣向を変えて、古典のご紹介をします。当ブログでは、
自分の好みで平安時代の『今昔物語』を取り上げることが多いですが、
表題の『新著聞集』は江戸中期の随筆、説話集で、
紀州藩の学者、神谷養勇軒が藩主の命令で編集したもののようです。
377話が収録されていますが、必ずしも怖い話だけではありません。

一話の分量は掌編程度のものが多く、『今昔物語』よりは全体的に
短いです。長い間言い伝え続けられてきた話の、
エッセンスだけを抜き出したような感じですね。
あと『今昔物語』と比較して、やや仏教色は薄いかなと思います。
さて、何話くらいご紹介できますでしょうか。

・人肉を喰らう僧の話
増上寺塔中の徳水院に、あるとき、埋葬のために死者が運ばれてきた。
沐浴・剃髪も頼まれたので、一人の僧が髪を剃ったが、
どうしたことか失敗して、頭の肉を一寸ばかり剃り落としてしまった。
僧は狼狽し、その場にいる施主に見つかったらまずいと、とっさに
自分の口に入れて隠した。ところが、その味が何ともいえず

美味だったので、ついにそのまま噛んで食べてしまった。
以来、人肉の風味が片時も忘れられなくなった。我慢できずに寺の裏の
墓地に忍び込んで土を掘り返し、埋葬した屍体の肉を喰らうことが
毎晩になった。住職の僧は墓地が荒らされるのを不審に思って、
夜更けまで隠れて見張っていたところ、狐か犬の仕業と思っていたのが、

さにあらず、わが寺の僧だったので、呆れつつもぞっと背筋が寒くなった。
翌日こっそり本人を呼んで子細を尋ねると、僧は涙を流し、「まことに何の
因果でしょうか。どんなに心を押さえても押さえかね、あのような所業
に及んでしまうのです」と懺悔した。「このうえは、人との交わりを断ちます」
と言って暇を乞い、寺を立ち去ったという。元禄年間のことである。

鳥山石燕の「野寺坊」
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これは有名な話ですね。この僧はおそらく、幼少時からしっかり
戒律を守り、飲酒や肉食を行ったことはなかったんでしょう。
それがたまたま、しくじって死人の頭の肉片を削いでしまった。
隠そうと口に含むと、えも言われぬ味のため、思わず咀嚼して飲み込み、
ついには死肉を喰う鬼と化した。

人肉食の話なわけですが、ほぼ同じ頃に書かれた上田秋成の『雨月物語』には、
「青頭巾」という話が出てきます。ある僧が、自分についていた稚児が
死んでしまい、悲しみのあまり遺体に添い寝していたが、ついに気が狂い、
やがてその死肉を食らい、骨をなめ、食い尽くしてしまった。それからは
山に籠もり、夜になると人肉を喰らいに村の墓所に下りてくるようになった。

「応声虫」
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・応声虫の話
京都の油小路二条上町の屏風屋、長右衛門の子で長三郎という12歳の
少年が、元禄16年、5月上旬にひどい熱を出した。いつまでも治らず、
中旬になると腹に腫れものができたが、人の顔に見える。
その口が開き、本人とは違った野太い声で「食い物をくれ」と言う。
ためしに口に入れてみると何でも食べる。

食い物を減らすと高熱を出し、罵りの言葉を吐き散らした。
かわるがわる医者がやってきたものの、どうにもできなかったが、
7月になって、高名な菱玄隆という医師が訪れ、「このような病状は
日本ではまだ知られていないが、外国の本にはあることです」
そう言って、さまざまな薬種を腫れ物の口に入れ、

嫌がって食わないもの6,7種を丸薬とし、「どのような悪口を言おうと
飲ませて下さい」と、これは本人の口から服用させた。すると2日もたつと、
腫れ物の声が枯れ始め、物も食わなくなり、10日ばかりで肛門から
1尺1寸(35cmほど)の、額に一本角がある雨龍のようなものが
出てきたので、それを即座に打ち殺してしまった。

回虫
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これは中国の書物に見られる「応声虫 おうせいちゅう」というものでしょう。
それが腹に人面疽をつくって、そこから食物を取る。腹の中から虫が声を
出すという症状を受け、中国では「自分の意見をもたず付和雷同した
意見のみを言う者」を応声虫とからかって呼んだとも言われます。
おそらく、実在の寄生虫である回虫からきた話だと考えられます。

・猫又の話
江戸の増上寺の脇寺の徳水院に、長いこと飼われていた赤猫がいた。
あるとき梁の上で鼠を追い回していたが、どうしたことか下に落ちた。
猫は何とか着地したが、そのとき「南無三宝!(助けて)」と大きな声を出した。
人々がそれを聞いて、「さては猫又になったか。それにしても下手くそな
化け方だ」と囃すと、いつのまにか姿を消してしまった。元禄年間のことだ。

踊る猫又たち
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最初の話と同じ徳水院が舞台です。江戸時代のお寺では猫を飼っている
ことが多く、これはお供えの品や灯明、経典を鼠にかじれられないため。
猫の寿命は長くても15年でしょうが、それを超えて生きると
「猫又」という妖怪になると信じられていました。

猫又は山奥に住んでいる場合が多いですが、家猫も齢をとるとなります。
しっぽが二又に分かれてくるんですが、猫はそれを隠します。
人語を解し、また自分でもしゃべれるようになり、とっさのときに
ボロが出てしまう。そうなったら、寺の和尚はその猫に手ぬぐい一本を
与えて暇を出します。手ぬぐいは頭にかぶって踊るためのものです。

六道輪廻図
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・牛の前世の話
京都の河原町の牛屋で、あるとき牛が主人の夢の中に現れ、「明日は
私を休ませてください。明後日には死ぬのです。死んだら〇〇の寺に
葬って下さい。じつは私はその寺の三代前の住職だったのですが、
生前の悪行のため牛の身に生まれ変わったのです」と告げた。
起きて不思議に思い、女房にその話をすると、
「じつは私もまったく同じ夢を見た」と言う。翌日は牛を休ませ、

その次の日、夢のとおりに牛は死んでしまった。〇〇の寺に葬らなければ
いけないが、どうやって説明しようか困っていると、なんと
その寺から一人の僧がやってきて、「私は〇〇寺の今の住職ですが、
牛の死骸をいただきたい」と言う。驚いてわけを聞くと、やはり夫婦と
同じ夢を見ていたので、「それでは」と牛の死骸を渡してやったという。

これはよくある転生譚ですね。住職にまでなったにもかかわらず、
何らかの罪を犯して畜生道に落ちていたんでしょう。これらの記事の
文章は自分が意訳したものです。この他にも、女の嫉妬がからんだ
怖い話などもありますので、興味を持たれた方はネットに現代語訳が
出てるので一読してみてください。では、今回はこのへんで。

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