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記憶の話 2題

2020.05.16 (Sat)
建設業 大川一樹さんの話
怖い話ってわけじゃないんです。ちょっと不思議って程度。
それと、もしかしたら全部が俺の勘違いっていうか、
妄想みたいなことなのかもしれません。それでよければ。
俺が生まれた市の郊外に〇〇ダムってのがあるんです。
いや、地元民以外はあんまり知らないと思います。
小規模な、どこにでもあるようなダムなんで。そこにね、
子供の頃に家族で行ったんですよ。家から車で2時間くらい。
秋のことですよ、紅葉を見に。小さいダム湖の回りの山が
一面紅葉して、それが湖面に映ってすごくきれいだって、
地元では評判でした。俺は小4、10歳のときだったはずです。
そのときの写真が残ってて、母親に聞いたから間違いないです。

家族は両親と俺と5歳の妹。でね、そのダム湖にしか通じてない
道路があって、たぶんダム工事のときダンプとかが通るように
つくった道路。車に1時間くらい乗ってて、妹が
トイレ行きたいっていい出して。けど、トイレなんてないし。
しばらく走ると、山側の路肩が大きく広がってるとこがあって、
大型車がすれ違うためのスペースです。親父はそこに車を停め、
母親が妹を山側の草むらに連れていきました。
親父はタバコをふかしてて、俺は道の反対側、谷側のガードレールの
とこまで行って、下の渓流を見てたんです。そしたら、
そこに石の階段がついてて、下から作業服を着た人が2人、
道に上がってきたんです。その人たちは俺のすぐ横を通ったんだけど、

そのときに後ろの人が、俺に向かってにやっと笑い、
「ボク、これに助けられるなあ」ってガードレールをバンと手のひらで
叩いて、やはり路肩に停めてた黄色い工事車両に乗ってダムに
向かってったんです。いや、こんな子どものときの一瞬の出来事なんて
覚えてるわけないじゃないですか。意味もわからなかったし、
ずっと忘れてたんですよ。その11年後ですね、俺は都市部の大学に
入って、夏休みに帰省したんです。バイクの免許取ってて、400ccの
バイクで。地元では毎日高校のときの友だちと遊んでたんですが、
ある日、一人でそのダム湖に向かったんです。平日で、車はまったく
通ってなく、警察なんていないから、かなりのスピード出してました。
で、コケちゃったんですよ。それがちょうどあのすれ違いスペースの場所。

バイクってコケたらズザザーッと滑るんです。滑ってる間に他の車に
轢かれたりもする。片足をバイクの下にして滑ってたら、
見る見る崖がせまってきて落ちたら死ぬかもしれない。
それで、とっさに上になってる足でガードレールを蹴りました。
そしたら勢いがなくなってたのか、バイクが1回転して、
俺はガードレールにヘルメット被った頭をぶつけ、そっから記憶が
飛んだんです。で、夢を見ました。小4のときに作業員と
話した夢、すごいリアルな感じで。意識がなかった時間は長くは
なかったです。通りかかった車が救急車を呼んでくれて、担架に
乗せられるとき気がつきました。もうわかりますよね。俺が蹴飛ばした
ガードレール、ちょうど助けられるって言われた場所だったんです。

無職 望月聡太さんの話
中学3年のときです。これはみなの証言が一致してるんだけど、
午後の5時間目の数学の授業でした。夏休み直前の暑い日で、
窓は全開だったはずです。クラスは3階にあって、窓からは建て増しした
新校舎の2階の屋上が見えてました。それでね、そこに奇妙なものが
いたんです。私は猿だと思いました。けど、ただの猿じゃなく、
顔以外の全身に白い包帯を巻いてミイラ男みたいになってる。
それが手足を激しく振り動かして踊ってる。私はけっこう最初のほうで
気がつきましたね。だんだん窓の外を見るやつが多くなってザワザワ
し始め、授業してた教師も気がついたんです。教師が窓に近づいて、
「何だありゃ」って言い、男子の数人が机から立って窓際に寄りました。
私もそのうちの一人だったんですけど、それからすぐ、

猿は手すりを乗り越えて2階の高さから飛び降りたんです。
たぶん下に生えてる木に飛び移った。教師が授業を続けようと
したんで席に戻りましたが、休み時間にみなで見たもののことを
話し合いました。「猿だったよな」 「包帯巻いてた」
「研究所から逃げ出してきたやつじゃないか」って。けど、近くに
病院とか研究所はなかったです。あと、下に落ちて死んでたなんて
こともありません。それだけなんですけど、すごい記憶に残っててね。
で、私らの地方は田舎なんで成人式は夏にやるんですけど、
そのときにもこの踊る猿の話は出ました。まだみなの目撃証言は
一致してたんですよね。次に集まったのが10年後、30歳のときの
同級会です、私の3年のクラスだけでやったもの。

で、こっからおかしくなったんです。やはり猿の話は出たんですが、
変なことを言い出すやつがいたんです。そんとき同級生の一人の
持田ってやつが、窓から2階の屋根に飛び降りて踊ったって。
最初は冗談だと思いました。けど、その人たちは真顔だったし、
同調する人も数人いたんです。わけわからんこと言うなあって
思いました。私らの教室と新校舎の建物は近いけど、
つながってるわけじゃなくて、1階分の高さの違いがあります。
あのベランダから飛び降りたらどっかケガしそうなもんだし、
授業中にそれをやれば問題になるでしょ。それに見たのは猿なんだし。
あ、それでね、持田ってやつはそんとき、同級会には来てなかった
です。中学卒業のときに一人だけ東京の高校に行って、

その後は音信不通。成人式にも来なかったんですよ。
そのときはけっこう言い合いになりました。もちろん猿って言う
やつが大多数で。ところが、この後、しばらく間が開いて、
50歳のときに同級会があったんです。当時の担任はすでに亡くなって、
参加者も半数くらいになってました。みな年食ったなあって感じでしたね。
で、こんときも話が出たんですが、持田が飛び降りて踊ったって
言うやつがほとんど。前に猿だったって言ってた人も、持田が
飛び降りて踊り、さんざん叱られたって。ねえ、変な話でしょ。
猿だって言ったのは私ともう一人だけ。それで、ついこの間、
60歳のときの同級会がありました。参加人数はさらに減って
10人ちょっと。女性は2人しか来ませんでした。

すでに亡くなった同級生も何人かいたんです。私はその年で退職、
蓄えもいささかあるし、再就職とか考えてなかったんですが、
まだ現役で働いてる人がほとんどでしたね。会場は地元の市の
料亭で、午後の4時からでした。そのときには猿の話は誰もしなかったです。
前にほら、私ともう一人、猿って言った人も来てませんでしたし。
それで、幹事をやってくれてた人の話だと、持田に連絡がついて
今回は出席の返事が来てるってことだったけど、姿は見えなかったです。
それがね、会が始まって2時間後くらい、そろそろお開きってときに
持田が遅れて入ってきたんです。頭は禿げてましたけど、
長い年月たっても持田だってことはわかりました。高級なスーツを着て、
200万の時計をしてるって自慢してね。仕事が何かは言いませんでしたが、

嫌な齢の取り方をしてました。それで、2次会はセットされて
なかったんですけど、有志で近くのパブに行ったんです。全部で5人。
「ここは俺が払うから」って持田が言って、全員で乾杯しました。
私はほら、長年の疑問を確かめるべく持田の隣に座りまして、
機嫌よくしゃべり散らしてる持田に、「変なこと聞くけど、お前な、
 授業中に窓から飛び降りて屋根の上で踊ったりしたか」って
尋ねました。そしたらギョッとしたような顔になり、私をまじまじと
見つめてましたが、「ははあ、まだ猿だと思ってるやつがいたか。まあ、
 当時からお前は真面目だったしな。あれは猿でもあり、また俺でもある。
 当時からちょっとした呪(まじな)いにこっててな。試してみたんだよ、
 人から少しずつ運をかすめ取るやつを」って言ったんです。






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