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木彫り

2014.01.29 (Wed)
高校2年のときだった。
当時は実家から高校に通ってて、じいさんがまだ健在でいっしょに住んでた。
それで、秋ころの土曜日だったんだけど、じいさんと山菜採りに行ったんだ。
場所は関東とだけいっておく。そんなに深くまで入ったとこじゃない。
俺はもちろんそんなの趣味じゃないんだけど、
家族が、じいさん一人だと危ないからってことで、俺についていかせてたんだ。
じいさんは80歳を過ぎてたけど、足腰はかしっかりしたもんだったし、
山の知識も俺よりずっと豊富で、心配するようなことはないって気がしたけどな。
いや別に迷惑ってことはなかったよ。
そんなにしじゅうじゃないし、道々聞かせてもらうじいさんの昔話もなかなか面白かったんだ。

で、その日も朝早くから山に入って、秋だから山菜というよりキノコだな。
マイタケとか、うちらのほうでブナタケといってる白っぽいやつとかそんなのを採ってた。
そしたら斜面の藪に入ってたじいさんが短い叫び声をあげ、
そのあと、うんうんいいながら何かを引きずって出てきた。
見たら長さ1m50くらいで、太さのかなりある朽木なんだ。
その先を両手で持って難儀しながら上がってきた。

それで俺に片側を持てっていう。わけがわからなかったんで「これ何だよ」と聞いたら、
「いいから手伝え」というばかりでとりつくしまもない。
それまで陽気だった人相が思いつめたように変わってて、何だか怖いような気がした。
木の両端は自然に朽ち割れたとしか見えないが、そのわりに重く、どす黒い色をしてた。
木の種類はよくわからなかった。
その日はそれで終わりになって、木をじいさんの軽トラに積んで家に帰ってきた。

じいさんは帰ってすぐ、その木を裏の小屋に運び入れ、
ナタと普段使ったことのないノミを持ち出してきて研ぎ始めた。
「何すんの」って聞いても無言で、俺にあっち行けって仕草をした。
それでじいさんをそのままにして家の中に戻った。
その後じいさんはずっと小屋にこもってて、そのうちに両親が町会の寄り合いから帰ってきたんで
今日山で起きた出来事を話したけど、首をかしげるばかりだった。

じいさんは夕飯のときにちょっと顔を出して自分で握り飯をこさえると、
すぐまた小屋に行ってしまって出てこない。親父が俺に様子を見てこいと言ったんで、
小屋の前までいったら、ザン、ザンという音が聞こえた。木にナタを入れてる音だと思った。
戸には鍵がかかっていたので「じっちゃん、何やってるん?」と外から声をかけたら、
やや間があって「出してやらんといかん」と大声で返事があった。
「出すって何を?」と重ねて聞くと「うるさい、家にもどれ」と怒鳴られた。
親父に報告したら「何か思いついたんだろう、明日は日曜だし、まあほっといて様子をみよう」
ということになり、そのうちに両親も俺も寝てしまった。

日曜の朝10時ころに起きて小屋にいってみた。
戸を開けて入ってみるとじいさんの姿はなく、鍵は開いていた。
昨日運び込んだ朽木がナタとノミを使って人型に彫られて壁に立てかけられていた。
正直すげえと思った。
体のほうは仏像のような感じで、ナタの跡がわかるくらい荒いタッチだったが、
それでも各部の均整がとれてたし、顔はひじょうに丁寧に彫られてつるつるになっていた。
おかっぱの少女の顔だった。歳は10歳前後かと思った。
この顔はなんだかどこかで見たことがあるような気がした。
ただ、そのときにはどこで見たのか思い出すことはできなかった。

それにしてもじいさんは彫刻はもちろん、これまで絵さえも描いているのを見たことがない。
こんなことができるのかと感心したのを覚えている。
ただ、じっとその木像の顔を見ていたら、頭の後ろの部分が、
陽炎が立つようにゆらめいている気がした。
あれっと思ったが、目をしばたいてもう一度見ると何でもなかった。

家に戻ると、一階の奥のじいさんの部屋のあたりが騒がしい。
何だろうと思っていたら、母親が居間に走りこんできて、119番に連絡した。
昼近いのにじいさんが起きてこないので見にいったら、
大きないびきをかいて目をさまさないということだった。
すぐに救急車が到着して、じいさんを部屋から運び出し町の病院に搬送した。
母親が救急車に乗り、親父が車でついてったが、
2時間くらいして親父が戻ってきて俺と中学生の弟を病院に連れていった。

じいさんはすでに亡くなっていた。急な脳出血ということだった。
その後は、田舎で葬式も大がかりにやるため、あれこれバタバタした。
葬儀屋がじいさんをいったん家に連れ帰って、
旦那寺の住職に枕経をあげてもらい、それから納棺して寺に運んだ。
これらがすべて終わると夜の10時を過ぎていた。
弟は泣いていたし、俺も泣きそうだったが、やはり気になって小屋にあの像を見にいった。
像はどこにもみえなかった。

もちろん像がなくなったことは両親に話したが、
直接あの像を見ていないせいか、それほど意味のあることとは思っていない様子だった。
まあ今から考えると当然といえば当然なのだが、
俺はあの像とじいさんの死は関係があるのではないかと感じていた。
山の中であの木を見つけてからの様子があまりに奇妙だったからだ。
2日後、寺で通夜を行うことになった。その翌日が葬儀だった。

田舎で寺の予定もそんなにたてこんでるわけでもないし、
じいさんは10年前まで町会議員だったから、両親も寺でやるのが当たり前という感じだった。
通夜は親族だけだが、葬儀はかなりの人が来るだろうと思った。
読経が済み、会食も終わり、それでも俺らを含めて10人ほどの近親者が残っていた。
両親は寝ないで線香をあげるつもりのようだったが、俺も朝まで起きていようと思った。
それでも午前1時を過ぎると、さすがに眠気を覚えてきた。
寺の勝手口から備えつけのつっかけをはいて庭に出た。

外は秋の月が冴え、照明もあって明るく、寒かった。寺の中庭の池にかかる橋を歩いていたら、
石灯籠の横の植込みの中に顔があった。一目で人間ではないとわかった。
じいさんが彫ったあの木像が、暗い葉陰から無表情な顔を出していた。
光の加減か、木の地肌が小豆色と黒のまだら模様に見えた。
俺が息を飲んで動けずにいると、像は滑るようにして少しずつ近づいてきた。
目を閉じることも、そらすこともできなかった。

足元から体がどんどん冷えてきているのがわかった。頭がしびれて気を失いそうだった。
そのとき俺の背後の植込みがガサッと音をたてた。
急に体が自由になってそちらを向くと、
寺の跡継ぎの、当時まだ30代だった若住職?が目をむいて真ん前をにらんでいた。
俺は力が抜けたようになって、橋の上にヒザを着いた。像の姿はもう見えなくなっていた。
池に落ちないよう若住職がかけ寄って抱きとめてくれた。

俺は寺の一室に運び込まれ、熱いお茶をもらった。
落ち着いてから、若住職にこれまであったことを全部話した。
若住職は熱心に聞いてくれ、少し考え込んでいたが、
「このことはご家族には話さないほうがいいです。
お祖父様はあくまで天寿によって亡くなられたのですから」こんなふうに言った。
俺が、像をどこかで見たことがある気がする、と言うと若住職は、
「わたしも見覚えがあります。どうせわかることでしょうから・・・少し待ってください」
奥へ引っ込んで、一枚の紙を手にして戻ってきた。

「この顔でしたよね」手渡された写真がプリントされた紙は、
4年前に行方不明になった町の女児の公開捜査用のものだった。
自分が中学1年の頃の話で、こんな田舎ではずいぶん話題になったことを思い出した。
「なぜお祖父様がこの子の像を彫ったのかわかりませんが、
何も見なかったことにしたほうがいいです。わたしも口外しませんし、
できるかぎりの供養をします」若住職は言った。
じいさんの葬儀も終わり、49日も済んだ。二度とあの像を見ることはなかったが、
心のなかにはモヤモヤが残っていた。ふた月が過ぎた頃、町内で自殺者があった。
遺書に女児を誘拐して殺したことが書かれていたという。
捜査の後、被疑者死亡のまま送検されたが、女児の遺体はついに見つからなかった。


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コメント
じい様は出してくれた恩人じゃないのか?てなりますが、もはや自分は死んでしまったのに!生きてる人々が憎たらしい!とかですかね。
それとも怪異を起こすための力を生きた人間の精気で得たのかしら
通りすがり | 2018.02.22 11:38 | 編集
コメントありがとうございます
そうだとは思いますが
霊のやることは不可解ですね
bigbossman | 2018.02.22 21:31 | 編集
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