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骨董屋の始末の話

2020.06.27 (Sat)
アーカイブ309

昨年のことです。親父が亡くなったんです。で、その後に起きたことを話していきます。
ただ、こういうところで話をするのには慣れてないので、
前後関係なんかがおかしいところがあったら勘弁してください。
親父は、一人暮らしをしてたんです。母は、親父の大学の同窓生で、
学生結婚したんですが、もう14年前に乳がんで亡くなっています。
48歳の若さでした。で、親父は62歳でした。
ええ、まだ若いですよね。今は、定年延長してる会社も多いんで、
まだまだこれからって歳だと思ってたんですが・・・突然の心筋梗塞だったんです。
居間で夕食中に倒れたみたいです。発見してくださったのは、
親父と古くからつき合いのあるお客さんで、夜に会う約束があったんですね。
それが、店先で呼びかけても返事がない。けど、住居のほうでテレビがついてる音がする。

それで店から土間に入ってみたら、ガラス障子越しに親父が倒れてるのが見えて、
救急車を呼んでくださったんです。でも、そのときにはすでに事切れてたみたいで。
で、その搬送先の病院から、私ら兄弟に連絡が来まして。
はい、私と弟の2人兄弟です。2人とも結婚して家庭を持ってます。
その方のところには、葬式の前に弟とお礼にいきました。
そこで、親父の死の状況を教えていただきまして。
居間の奥にある仏壇におおいかぶさるようにして倒れてたそうです。
仏壇には、亡くなった母の位牌と遺影があったんです・・・
もちろん、その方はお葬式にも来てくださいましたよ。ああ、それで、
さっき店とか客って言いましたけど、親父は一人で骨董屋をやってたんです。
地方都市ですし、店構えもけっして大きくはないんですが、

親父一人が食っていくだけの収入は十分にあったみたいで、
私ら兄弟が親父に仕送りしたなんてことはありません。むしろ、私らの子ども、
親父から見れば孫ですが、その入学祝いとかで、ことあるたびにまとまった
お金をもらってたんです。それで・・・ここからは、
身内の恥になる話になってしまうんですが、親父には弟が一人いまして、
30代のときに、投資詐欺をやって長く刑務所に入ってたんです。
その後、出てきましたけど、何をして暮らしを立ててるのかはわかりません。
私らは一切つき合いを絶ってました。ただ・・・
親父のところにはちょくちょくやってきて、そのたびに小遣いをせびってたみたいでした。
はい、もちろん葬式にもやってきました。その通夜の席で、酒を飲んで暴れましてね。
肌脱ぎをして彫り物を見せたりもしました。

ええ、そんな程度の人間だったんです。私も弟も腹を立てましたし、
その他の親族も同様で、よほど殴ってやろうかとも思ったんですが、
どんな後ろ盾があるかもわかりませんしね、ぐでぐでに酔って立てなくなったところを、
タクシーに押し込んで帰してやったんですよ。
葬式が済んでから、弟と2人で親父の店に行って遺品整理をしました。
親父が倒れかかっていたってういう仏壇。その引き出しに、
貯金通帳と実印、それから鍵がいくつか入ってたんです。
貯金は全部で数百万ほどで、葬式代にしかならない額でした。
あと、店は借地だったんで値はつきません。すぐに賃貸契約を切る手続きをしました。
こう言いますと、まるで何の財産もないみたいですが、
そんなことはなかったんです。ええ、店にある骨董商品ですよ。

葬式のときに、親父が加入してた古物商組合のお仲間の方がたくさん来てくださいまして、
その代表の方から、「もしよろしければ、みなで手分けしてお店の品を引き取りましょう」
って申し出があったんです。私も弟も普通のサラリーマンで、
古物骨董を見る目なんてありませんし、店を継ごうとは考えていませんでした。
ですから、この申し出をありがたくお受けすることにしたんです。
その方の話では、「○○さんは金に糸目をつけず良い物を集めてなさったから、
 少なくとも3千万にはなるかと思います」ということだったんです。
それで、日を選んで組合の方々に来ていただき、店の品々を見てもらったんです。
店頭に並べてあるのは、ごく一部をのぞいて安いものばかりで、
高価な品は奥にある部屋の鍵つきケースに入ってました。
仏壇にあったのはその鍵です。それと、そのさらに奥に、蔵と呼べる一室があったんです。

はい、私も弟も親父のとこにはちょくちょく顔を出してましたから、
そういう部屋があることは知ってましたが、中に入ったことはありませんでした。
そこは鍵ではなくダイヤルロックになってまして、ええ、番号を書いた紙が、
やはり仏壇にあったんです。そこで私が先頭になって重い扉を開いてみると・・・
中は暗く、ブーンという音がしてました。空調設備が動いてたんですね。
スイッチを見つけて電灯をつけると、息を飲みました。畳の部屋でいうと6畳間くらいの
せまい空間でしたが、壁にたくさん古い絵がはりつけてあったんです。
「・・・曼荼羅だなあ」と、後から入ってきた組合の方の一人がおっしゃいました。
で、真ん中に屏風が立て回してあって、ガラスケースに入った骨董品が3つあったんです。
一つは、私には時代はわかりませんが、きれいな細工の鞘に入った脇差。
もう一つは、やはり古く、木肌が飴色になった大黒様の木彫。

3つ目は、縦長のケースに入った掛け軸で、描かれているのは、
赤子を抱いた観音様のような絵。後で教えてもらいましたが、隠れキリシタンの
マリア観音というものだそうです。これらを見たとき、また別の組合の方が、
「ああ、三すくみになってる・・・」ってつぶやかれたんです。
3つのものは、屏風の中で正三角形に配置され、その真ん中に小さい丸テーブルがあり、
上に手紙がのっていたんです。私が開封して読んでみました。
親父の字で、「これら三つの品は、形見分けとして弟に贈呈する。ただしそれには、
 次の2つの条件を守ること」こんなふうに書かれてて、条件というのは、
「この3つは同時にこの場所から搬出すること」
「売却してもかまわないが、その場合は3つすべて別の売り先に引き取ってもらうこと」
私には意味がわかりませんでした。組合代表の方に書いていた内容を告げると、

代表の方はゆっくり首を振って、「親父さん、その弟さんと仲がよくなかったんだろ。
 あの葬式で暴れた人が弟さんなんだよねえ」そう言われたんです。
それから、「これらの品は、私らの仲間では引き取れない。
 早速その弟さんを呼んで持ってってもらったらいい」こうつけ加えられました。
ためしに「これらって、どれほど価値のあるもんなんですか」って聞いて見ましたら、
「ざっと見ただけだけど、一つ数百万、掛け軸は一千万いくかもしれない・・・」
ということでした。でね、そんな高価なものをあの叔父に渡すのは癪ではあったんですが、
親父の遺言みたいなものですから、それから一週間後くらいに
連絡して来てもらったんです。話を聞いて叔父は大喜びでした。
「おお、兄貴のやつ、こんなものを俺に残してくれたのか。何、3つで2千万の値打ち?!
 そらありがたい。やっぱ持つべきものは兄弟だなあ」

嬉々としてガラスケースを緩衝材でくるんで、自分の古いベンツに積んでました。
そこで、親父が書き残した条件のことを言うと、「ああ、1つ目の条件はもう果たした。
 あとはあれだろ、この3つ、バラバラに売ればいいってことなんだろ」
これで、叔父との縁はすっぱり切れたと思ってたんですが、そうはなりませんでした。
叔父が入院したので、その保証人になってほしいって連絡が来たんです。
はい、叔父は服役したときに離婚して、身内がいなかったんです。
それで、見舞いに行った病院で、叔父はうつ伏せに寝かされて、
強い麻酔をかけられてる状態でした。もう30年も前に入れた背中の彫り物、
それが急に膿を吹いて腐りだし、激痛で暴れるので鎮静しているという医師の話でしたね。
それからほどなくして、一度も意識を取り戻すことなく、叔父は亡くなりました。
叔父の家には、あの3つの品は残ってなく、もう売りさばいてしまってたようでした。

それから・・・1ヶ月ほどして、骨董組合の方にお会いして、
こんな話を聞かせていただいたんです。「あの3つですね。・・・どれも大きな障りを
 まとったものばかりでした。まともな古物商なら絶対に手を出さない品ですよ。
 だから、買ったのは素人に毛の生えたような業者でしょ。あるいは質屋関係か何か。
 あれね、三すくみって誰かがあの場で言ってましたけど、毒をもって毒を制するというか、
 3つをあの形に配置することで、なんとか祟りが押さえられていたんですよ。
 親父さんはその手のことを研究してて、誰より詳しかったから。
 ・・・これは話していいかどうかわかりませんけど、あの弟さんね、
 親父さんは、自分が死んだ後にきっとあなたらに迷惑をかけるってわかってたんでしょう。
 それで、あの品々をわざと形見分けに残した。わたしらみんなひと目でそれが
 ピンときました。誰もあの場では口に出さなかったですけどね・・・」






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