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蓑火と貧困

2020.07.01 (Wed)
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天明の大飢饉で人肉を食べる様子

今回はこういうお題でいきます。妖怪談義になります。
うーん、これ、かなり難しそうです。おそらく、わかったような
わからないような内容になるような気がしますので、
スルーされたほうがいいかもしれません。

蓑(みの)は昔の雨具ですよね。稲わらを束ねたものなので、
日本全国どこでも使われていたはずですが、この妖怪は
Wikiには、近江国(滋賀県)の彦根、琵琶湖畔に伝わる怪異と
出てきます。そのことに何か意味があるんでしょうか。

どんな怪異かというと、5月の梅雨の夜などに、琵琶湖を人の
乗った舟が渡ると、その者が雨具として身に着けている蓑に点々と、
まるでホタルの光のように火の玉が現れる。蓑をすぐに脱げば
蓑火も消えてしまうが、うかつに手で払いのけようとすると、
どんどん数を増し、星のまたたきのようにキラキラと光る。

鳥山石燕「蓑火」
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これだと何かの自然現象のようにも思えますよね。現代だったら
静電気という説が出てくるんでしょうが、雨の日の野外で静電気が
起きるというのもどうでしょう。ガス説というのもあって、明治の
哲学者で、妖怪研究家であった井上円了博士の著書に出てきます。

ですが、井上博士の考察はそこで止まっていて、ガスならば
何のガスなのか、どうして自然発火するのか、なぜ熱くないのか
などの疑問に答えてはいません。ちなみに、人魂は土葬の死体から
しみ出したリン成分が燃えるものであるという話もありますが、
化学的にはちょっと考えられないと思います。

井上円了博士
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さて、この妖怪、幸いにして詞書がありますので、読んでみましょう。
「田舎道などに夜な夜な火が見ゆるは多くは狐火なり。
この雨に着る田蓑の島と詠みし蓑より火の出しは陰中の陽火か。
または耕作に苦しめる百姓の臑(すね)の火なるべし」
ね、わけわかんないですよね。「田蓑の島」って何ですか?

「詠みし」とあるからには歌の一節だと考え、調べてみたら
世阿弥が改作した謡曲『蘆刈 あしかり』に出てくる地名のようです。
『蘆刈』の筋は、ある男が貧困のために妻と離別した。妻はその後、
京都の貴人の乳母となり、裕福になった。その妻が車でもと住んで
いたあたりを通りかかると、泥まみれで蘆を刈っている男がいる。

それが零落した昔の夫であることに気づき、2人は歌を詠み交わす・・・
といった話です。「雨に着る 田蓑の島も あるなれば 露も真菅の笠は
などかかるらむ」これが引用されてるんでしょう。「田蓑の島」は現在の
大阪北区の地名で、歌枕(歌の題材とされる土地)の一つになっており、

蓑笠をつけた人
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蓑という言葉から、雨を詠んだ内容が多いようです。この話はもともと
『今昔物語』などに出てきていて、原話では、再会した夫婦は
身分違いのためふたたび別れてしまうんですが、世阿弥は、2人が
もとの鞘に収まるというハッピーエンドにつくり変えています。

ただ、上記したように、蓑火は近江の国の怪異であって、大阪とは 
場所が違います、うーん。ここでヒントとなるのが「臑(すね)の火」の
部分です。現在では使われなくなりましたが、「臑から火を取る・
臑から火を出す」という慣用句があって、「火打道具がなくて、
臑を打ちつけて火をつけるほどの貧乏」こんな意味です。

ですから、蓑火は『蘆刈』に出てくる夫のような、貧乏を象徴した妖怪
なんだろうと思います。蘆はどこにでも生えてますよね。
大阪の難波潟にもあれば、琵琶湖畔にもあったでしょう。
そう考えて石燕の絵を見ると、これは田んぼの情景のようです。

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田んぼの畦道に蓑笠、それと農具の鍬が置いてあり、火が出ています。
後ろのほうには鳥を追う仕掛けのようなのが見えますね。
この絵は、1781年の『今昔百鬼拾遺』に出てきますが、これは、
江戸の四大飢饉のうちの天明の大飢饉が始まる前年にあたります。

ということで、蓑火とは冷害による不作、そして重い年貢に
苦しむ百姓の怨念がこもった火の妖怪と読み解きます。
あ、少しスペースがあまりました。詞書にある「陰中の陽火」に
ついて解説しましょう。中国の陰陽五行説から来たものです。

五行とは「火・水・木・金・土」で、それぞれ陰陽が決まって
るんですが、火だけは陰火と陽火の2種類があります。陽火は
ふつうの火のことです。陰火は、中国の薬学書『本草綱目』に、
「陰火は草木を焼かず、鉱物を清める。湿気があるとさらに燃え、
水に出会うとますます盛んになる」と出てきます。

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狐火、鬼火、それにこの蓑火、あるいは金銀の輝きなども
陰火の仲間であるとされます。色は青白かったり金色だったり
しますが、赤になることは稀です。大きさはロウソクの火程度から、
人間の大きさにまでなることがあり、現れる時期は春から秋にかけてで、
特に蒸し暑い夏、どんよりとした天気の日に現れやすいということです。

さてさて、この内容でほぼ間違いない気がします。『封神演義』に
商の紂王と妲己が、面白半分に貧しい百姓の老人と孫の男の子の
足を切って臑の骨を見たという話が出てきていて、石燕ならその
逸話も知っていただろうと思います。では、今回はこのへんで。

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