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アーカイブ 滝不動の話

2020.07.02 (Thu)
若い頃、20代の頃の話なんだ。俺はこのとおり指が欠けてる。
古いやくざもんだったんだ。とうに足は洗ってるがな。でな、組のために
ちょっとした仕事をして、世間から身を隠さなきゃならない羽目になった。
今なら東南アジアか南米にでも逃げてほとぼりを冷ますんだろうが、
当時は外国に行くのはそう簡単なことじゃなかった。それでな、長
野の山奥のほうに組で持ってる山小屋があって、そこに籠もってたんだよ。
食いもんは組のやつらが数週間分まとめて届けてくれる。
これはけっこうなご身分だと思うだろうが、人間やることがないってのは辛い。
テレビを見ようにも当時は電波状態が悪くて、イライラするだっけ。
本を読んだりするような人間じゃなかったしな。
それに里に出て姿を人に見られるわけにはいかねえ。

で、どうしたかってえと、そこらの名もない山に入って毎日空手の稽古を
してたんだよ。山の上り下り、体力がつけばそれも苦にならなくなるから、
今度は丸太を担いでの山登り、立木に藁を巻いての正拳突き、
そんなことをやってたんだ。いやいや、当時は空手の大会なんて、
あるにはあったが、実際に当てたりするようなもんじゃなかった。
それによ、だいたい人前に出られる身分じゃないんだからな。
若かったし、そんなやり方でヒマをつぶすしかなかったってわけ。
でな、あるとき渓流を遡っていたら、見事な滝を見つけたんだ。
そんなに高さがあるわけじゃねえ。せいぜい3mくらいか。
けど、幅がそれ以上あったし、水量も多かった。こりゃいい、と思った。
ほら、滝に打たれる修行ってあるだろ。あれをやってみたかったんだ。

さっそく空手着のまま滝の下に入った。まあ夏だからできたことで、水は身を
切るように冷たかったよ。でな、その滝だが、水量が多いせいで体がぐらぐら揺れる。
かえってそれも修行になるだろうと思って、そうだな30分ばかりも
打たれていたろうか。体の芯まで冷えてきて、そろそろ出ようかってときに、
ふと上を見たら、張りだした木の枝に蛇がいたんだよ。
それもただの蛇じゃなく、胴回りが人の腕くらいあるやつだ。
・・・それでもな、ただの蛇ならおどろきゃしねえ。
つかまえて皮をはいで食っちまうことだってできたさ。
ところがだ、下に垂れ下がった蛇の頭が刃物を咥えてたんだよ。
こりゃ仰天するだろ。刃物はちょうどドスくれえの長さだったが、こしらえが違った。
ありゃあ、昔の武士の奥方とかが持ってた懐剣ってやつだと思った。

でよ、人に忌み嫌われる畜生の分際でそんなもんを持ってるなんて、
薄っ気味悪いだろ。だから滝の後ろの大岩を横伝いに、蟹みてえに逃げようと
思ったわけよ。そろそろと数mばかり進んだところで、ふっと背中の岩が消えて、
俺は後ろにひっくり返っちまったんだ。どういうことかというと、
滝の後ろに空洞の部分があったんだ。そこは奥行き2m高さが2mほどのくぼみで、
岩の様子を見るに人の手でほったもんみてえだった。
おそらく昔の修験者がこさえたんだろう。でな、最奥になにやら像のようなもんが、
薄らぼんやり見えたんだよ。近づいてみると、そりゃあ怖い顔の仏さんだった。
あれだよ、お不動さん、不動明王ってやつだ。なんで知ってたかってえと、
これは彫りもんの絵柄にある。ああそう、入れ墨で知ってたんだ。
お不動さんは岩を彫り上げたもんで、背中が岩壁と一体になってた。

まあな、信仰心なんて当時はかけらもなかったが、
いちおうこれもご縁と思って手を合わせるくらいのことはしたよ。
それから、滝から上半身を出してみると、さっきの木の枝に蛇の姿はなかった。
それで滝から出て、打たれていたあたり回ったら、
蛇がいたはずの下に懐剣が落ちて石の間にひっかかってたんだ。
ああ、ありがたくいただいておいたよ。
でな、山小屋に戻ってから、その懐剣はいつも枕元に置いて寝てたんだよ。
それから3日ほどして、夜中、いやーな胸騒ぎがして目を覚ましたんだ。
そしたらその懐剣が枕元から落ちて床に突き立ってたんだ。
起き上がって引き抜いた。そしたら外に人の気配がするのに気がついた。
それで、そーっと気配を殺して裏口から出たんだよ。

薮の陰に隠れてたら、懐中電灯の光が見えた。人が3人、
俺のいた小屋のほうに登ってきてたんだ。そいつらは小屋に入っていったが、
しばらくして出てきて、「おい、いねえぞ」「察して逃げたのか」そいつらが言った。
その声で知ってるやつだってわかった。俺の組のやつらだったんだよ。
まあ、そうでなけりゃ居場所がわかるはずはねえが。
どういうことかってえと、俺を殺しに来たんだ。
敵対する組と手打ちするのに、邪魔になったんだろうと思った。嫌な世界だろ。
とにかくそう察して、ずっと夜明けまで身を潜めてから、
その懐剣だけを持って奥の山に入った。そっから大回りして里に下りたんだよ。
で、こっからは本題とは関係ねえから話を端折(はしょ)るが、つてを頼って
北海道に渡った。寒い寒い地方に行って、現地の人間なって地道に過ごしたんだ。

向こうで結婚して子どもができ、事業を興して小金も貯まった。
それから数十年たち、俺のいた組は解散し、敵対してた組はもっとでかい組織に
吸収された。つまり大手を振って歩ける身になったってことだ。
昔の俺を知ってるやつらは、死んじまったり、
あるいは身動きができねえほどの大物になったりしてた。
俺がやったことも、だいぶ前に時効が成立してたしな。
その懐剣を持って本土の土を踏み、真っ先に行ったのがあの滝のところだよ。
いやあ、土地勘が曖昧になってて、見つけるまで2日かかった。
俺も歳とっちまったから、山歩きもきつかったよ。
でな、やっと記憶にあるとおりの滝を見つけたんだ。
そこらは開発にもかかってなくて、昔に見たとおりだったよ。

服を脱いで思い切って滝の裏に入ってみた。
昔のとおりのくぼみになってて、「ああ、間違いじゃなかった」って思った。
ところがだよ、くぼみのどん突きに何があったと思う?
仏像はあるにはあったが、お不動さんじゃなかったんだよ。
これがまた、やさしーい顔をした観音様だったんだ。
「ありゃ-」って思ったよ。だが、調べてみると彫り直したとか、
そういうわけでもねえようだった。なあ奇妙な話だろ。
俺があのときお不動さんだと思ったのが何かの記憶違いなのか、
あるいは当時の俺の荒々しい心持ちがそう見せたのかもしんねえ。
まあそんなとこなんだろう。それで、観音様を丁寧に拝んでから、
持ってきた懐剣をそこに残して山を下りたんだよ。






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