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顔の写らない兵隊の話

2020.07.04 (Sat)
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頭の消えた画像

今回はこういうお題でいきます。心霊画像と呼ばれるものの
一種に、手や足の写ってない写真というのがありますよね。
一番多いのが、スナップ写真である人物の片足がないという場合。
これを、霊障であり、足に気をつけるよう守護霊が警告しているのだ、
などと解説する霊能者の方もいますが、

多くの場合、ただその足を後ろに跳ね上げているだけです。
手のない写真は、足と違って関節が後ろに曲がりませんが、
昔のフィルム写真の場合、ブレがまず考えられます。被写体が
たまたま手を速く動かしてるところでシャッターを切ってしまった。
あるいは巻き戻しが上手くいかず、フィルム2枚が重なって写ったとか。

最初に上げた画像は、頭の消えた写真として紹介されてるんですが、
なんのことはない、ただうつむいてるだけです。こんなのを
取り上げる雑誌社の人は、バカバカしいと思わないんでしょうか。
ただ、正面から写した写真で、顔だけがないというのは珍しいんです。
そういう形になる撮影ミスというのは考えにくいですよね。

パパの体がない!
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さて、今日ご紹介するのは、「週間漫画TIMES」昭和34年9月2日号に
載った体験手記です。体験者自身が語っていますので、実話怪談と
言っていいでしょう。その人物は、東京都荒川区に住む坂場敏男さんで、
彼は日中戦争中、工兵隊の分隊長として山東省にいました。

昭和15年7月、坂場氏は鉄道工事が一段落したので、中国人の写真屋を
呼び分隊全員の記念写真を撮りました。すると、列の中ほどにいた
手塚という上等兵の顔だけが写っていない。まさに顔だけなんです。
軍服や、そのときかぶってた軍帽ははっきり写ってる。ところが
手塚の顔はなく、後ろの列の兵の金ボタンが見える。

不思議ですよね。現代ならいくらでも加工できますが、当時の
白黒写真では考えられません。で、この手塚は大学出のインテリ。
招集されてノイローゼ気味だったようです。手塚の父は将官であり、
兄弟も士官なのに、手塚だけは幹部候補生になろうとせず、
一兵卒として従軍していたんです。このあたりは不自然に思えます。

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坂場氏はそんな手塚を、自殺のおそれありとみて特別に注視していました。
その写真を見たものは3人しかいなかったので、坂場氏は口止めし、
写真が失敗したことにして撮り直しました。ですが、やはり手塚の
顔だけが写っていない。不気味に思った坂場氏は、今度は分隊のカメラで
何度か手塚だけを撮ってみましたが、どうしても顔が写らないんです。

手塚本人は、何度も写真を撮り直されるのを奇異に感じ、憔悴して
休暇を取り、分隊の宿舎で休んでいました。心配した坂場氏が
様子を見に行くと手塚は熱心に銃器の手入れをしており、弾は抜いて
いるので、「関心だな」とほめて部屋を出たとたん、大きな銃声が響き、
急いで戻ると、手塚は自分の喉を撃ち抜いて死んでいたんです。

まあ、ここまではよくある話です。顔が写らなかったのは自殺の
前兆というか、予告であったでオチがつきます。ですが、
これは前編で、後編はもっと不気味で不可解な話になります。手塚の
私物からは両親らにあてた遺書が見つかり、覚悟の自殺だったようです。

日中戦争(支那事変)
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で、この当時、自殺する兵士は多かったんですが、それをそのまま
発表すると士気が下がりますし、将官である手塚の父親も面目が
立ちません。そこで、坂場氏は部隊長と協議の上、手塚上等兵は、
急に勃発した戦闘で雄々しく戦い戦死を遂げたということにしたんです。

さて、その後分隊は別の場所に移動することになり、傷病者は
内地に帰還を許されました。その船が青島から出るため、坂場氏は
見送りに行きますが、病院船の乗船名簿に手塚の名前があったんですね。
もちろん手塚は死んでいるし埋葬も済んでいる。何かの間違いだろうと
確認しようとしたときには、すでに船は桟橋を離れていたんです。

その後、坂場氏の分隊は南方に移動しますが、そこで旧知の木内伍長に
会います。話をしているうち、木内は「お前のところにいた手塚な、
今、うちの部隊にいるぞ」と奇妙なことを言い出します。
「そんなはずはない、その手塚なら死んで葬式も済ませてある」
と返すと、「いやいや確かにいるから」

兵員輸送船
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不審に思い、坂場氏は木内氏の分隊を訪れます。手塚に面会を
求めると、今、便所に入っていますと言われ、30分ほども待ったが
手塚は現れません。手塚の同僚の兵に便所まで案内させ、
同僚が「手塚上等兵、面会人だぞ」と叫んでも答えがない。
すべての便所の戸を開けても誰もいない。

同僚は、「さっき便所に入る手塚とすれ違ったんです」と言います。
そして手塚はそのまま、二度と現れなかったんです。
もちろん、同姓同名の別人なのかもしれないですが、その部隊にも
手塚の写真はありません。ただ、部隊の者多くに聞き取りを

部隊の記念写真
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行ったところ、人相風体、性格行動すべてが死んだはずの
手塚とそっくりだったんです。・・・不可解な話ですよね。
前の手塚が死んでるのは間違いありません。また、後の手塚が
脱走したとしても、そんな南方で逃げおおせるのは難しいでしょう。
まして、この当時、日本はまだ勝ち戦の最中でしたし。

さてさて、みなさん、どう思われますでしょうか。坂場氏の
戦争を題材にした作り話なんでしょうか。それにしては
できすぎていると思いませんか。作家になれますよ。あるいは、
手塚の幽霊が他の部隊で戦おうとしていた? 
それとも妖怪の類?? では、今回はこのへんで。




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