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神道の神々と八幡神の謎

2020.07.08 (Wed)
キャプチャmm
神道では大木も自然神として信仰された

今回はこういうお題でいきますが・・・ たぶん何を言ってるか
わからない寝言のような内容になると思うんですよね。
スルーされたほうがよろしいかと思います。とにかく、
日本神道ってすごく難しいんです。調べれば調べるほど
わけがわからなくなっていきます。

さまざまなものが、整理されないまま ごちゃごちゃになって
詰め込まれているという感じです。日本文化に魅せられた外国人が
神道の研究に着手しても、たいがい途中で放り出してしまいます。
日本人の研究でも、本はたくさん出ていますが、これ一冊で
納得できるというものは読んだことがありません。

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なぜそうなのか。一つには、日本神道が一般的な宗教の成立要素を
満たしていないせいがあるかと思います。世界の多くの宗教には、
① 神 ② 教祖・創始者 ③ 教典 があります。例えば
キリスト教なら、① 父なる神ヤハウェ ② その子キリスト
③ 『新約・旧約聖書』といった具合です。

ところが神道の場合、①は八百万(やおよろず)と言われる
たくさんの神々。②③はありません。③の教典については、
『古事記・日本書紀』あるいは各種の祝詞がそれにあたると言う
人もいますが、そこがまず理解を難しくしている大きな
要因だと自分は考えてます。



というのは、『日本書紀』はあくまで八世紀に成立した歴史書
であって、古代のことを必ずしも正しく伝えているわけでは
ないこと。それと、あそこに書かれているのは、当時の天皇や
有力貴族からみた神道であって、民衆の信仰心から出たもの
とは異なっていると考えられるからです。

では、神道っていったい何なんでしょうか。自分は、神道の神は
大きく5つに分けられるかと思います。まずは、自然神。
気象や地理的な条件が神となったもので、具体的には、
風の神、雷の神、川の神、山の神などです。縄文時代の磐座
などは、素朴な形の自然信仰とみていいかと思います。

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2つめは、祖先神です。同じ血統の一族がまとまって生活していて、
その始祖についての言い伝えが残っている場合、氏族の神と
なります。例えば神道の最高神とされる天照大神は、太陽神なので
自然神と言えますが、同時に天皇家の皇祖神でもありますよね。

3つめは農耕神です。弥生時代になって水稲耕作が始まり、
その年の収穫がどうなるかは、集団の生存に直結します。そこで
田の恵みをもたらす神が生まれます。昨日の記事で書いた纒向遺跡の
発掘調査でも、色濃く浮かび上がってくるのは農耕祭祀です。

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あとの2つは比較的新しい神で、渡来神、つまり外国から来た神。
素戔嗚命は大陸から来た渡来神ではないかとする研究もあります。
それから、人間が死後神に祀られたケース。
菅原道真は怨霊信仰により神とされましたし、
豊臣秀吉や明治天皇も、人が神になって神社が建てられました。

ということで、神道の理解が難しいのは、もともと異なったルーツの
神々を、すべてひっくるめて神道と言っているからじゃないで
しょうか。祭祀のしかたもそれぞれ異なっていたのが、現在のような、
鳥居があり、参道があって拝殿・本殿があるという
統一された様式の神社で祀られるようになった。

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でも、神社が今の形になったのはそう古い話ではないんです。
1990年から7年をかけ、神社本庁が傘下の全79355社を
対象に行った「全国祭祀祭礼総合調査」では、御祭神が明確に
判明したのは49084社しかなかったんですね。このことも、
神道の神々の素性がきわめて多様であることを表しているでしょう。

さて、神道をめぐる謎はたくさんありますが、自分が特に注目して
調べているのが「八幡神」です。この正体がよくわからない。
まず、八幡神は記紀に出てきません。ですから、日本神話とは
別個の神と見ることができます。ちなみに、上記の調査で、
全国で最も多かったのが八幡信仰にかかわる社です。

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一般的には、八幡神は第15代応神天皇のことであるとされますが、
それ以前から、九州の土着信仰として「八幡(やわた)の神」の
信仰があったと自分は見ています。さらに、現在の大分・宇佐
周辺に住む渡来人により祀られていた大陸由来の神が
それに結びつき、最後に神功皇后や応神天皇の伝承が重なった。

かなり複雑な性格を持ってるんですね。宇佐神宮などでは、
八幡神は神功皇后、比売神(ひめがみ)とセットになって3柱で
祀られています。神功皇后と応神天皇は母子の関係ですが、
比売神が何かはよくわかっていません。九州の大地母神的な
存在であるとする説、天照大神説、邪馬台国の卑弥呼説などが

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入り乱れています。八幡神は、奈良時代に仏教と集合して
八幡大菩薩となり、源氏の氏神、また武勇の神として信仰される
ようになりました。ですが、応神天皇そのものに大陸からの
渡来人説(騎馬民族征服王朝説など)があり、調べれば
調べるだけ謎が深まっていく難しいものなんです。

さてさて、ここまでおつき合いいただいたみなさん、ありがとう
ございました。当ブログの読者の中で、御自説や、何か情報を
お持ちの方は、ぜひコメント欄でご教示いただければ
ありがたいです。八幡神については、わかったことがありしだい、
今後も記事にしていくつもりです。では、今回はこのへんで。




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コメント
bigbossmanさん、こんばんは!!^^

室蘭八幡宮はむろらんはちまんぐうと呼んでいました。m(__;m
くわがたお | 2020.07.10 19:02 | 編集
コメントありがとうございます
「はちまん」は音読みですよね
音読みは中国から漢字とともに来た読み方で
それ以前は訓読みというか、まだ日本に漢字がない状態で
「やはた・やわた」という和語だったんじゃないかと思います
bigbossman | 2020.07.11 00:19 | 編集
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