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障子の穴の向こうの話

2020.07.12 (Sun)
ホームセンターに勤めている波野ともうします、よろしく
お願いします。これ、僕が小学生のとき、足かけ4年にわたって
経験した話なんです。今からは15年ちかく前のことに
なります。何から説明していけばいいか・・・
うち、その頃の家族は両親と妹で、妹は僕が小4のときに
まだ4歳でした。ええはい、小4から始まったんです。
うちの父は田舎が四国で、大阪に出て働いてました。父の実家は
分家で、早くに父の母、つまり僕の祖母は亡くなっており、
当時は祖父が田舎家で一人暮らしをしてました。でね、父が
里帰りするのは盆と正月なんですが、正月は実家にはちょっと
顔を出すだけで、祖父と本家の立派なお屋敷に行ってたんです。

その土地の旧家で、江戸時代は庄屋を務め、明治以後も
村長を何人も出しているという家柄で、小高い丘に建つお屋敷に
住んでたんです。そこに正月には親戚一同が集まる。
当主は今でも健在ですけど、にぎやかなのが好きな人で、
急に都合が悪くなって来られない親族があると、機嫌が悪くなる
ということでした。この当主の人とは、僕は直接話したことは
少ないんですが、行けばいつも高額のお年玉をくれるので、
お会いするのは苦ではなかったですよ。それで、
僕が小4のときまでは、本家には行っても、泊まることは
なかったんです。僕が小さかったり、妹が小さかったためです。
初めてそのお屋敷に泊まったのが、小4のときなんです。

正月でした。たくさんのいとこたちが来てまして、中には
歳の近い子もいたので、みんなで双六やトランプをして遊び、
退屈ということはありませんでした。大人は夕食から宴会を始め、
それがえんえんと夜中まで続くんです。子どもは一つところに
集められ、10時前には寝かされました。使用人たちが襖を外して
ふた間ぶっ通しで布団を敷き、そこで雑魚寝をするんですね。
男女一緒ですけど、高学年以上は別に部屋をとってもらってました。
ええ、お屋敷はすごい部屋数があるんです。で、電気を消してからも
子どもたちはあれこれ話すんですが、いつしか一人、二人と
眠りに落ちていく。そのとき、自分の家ではまずないんですが、
夜中にトイレに行きたくなって目が覚めたんです。

トイレは長い廊下を通った先で、起き出して行ってきたんですが、
その後がなかなか寝つけなくて。自分の布団で目をつぶっていると、
パサ、パサという音が聞こえてきました。部屋と廊下を隔てる
障子のほうからで、僕はわりに近いとこに寝てたんです。
なんだろうと頭を上げて見ると、ほら、部屋の中のほうが暗くて、
廊下には電灯がついてるんで、障子がぼうっとオレンジに光って
影が映るんです。何かが障子の外にいる、それも座った形で。
パサ、パサ・・・その影が揺れているので、髪の毛が
障子紙にあたる音だと思いました。それで怖くなったんです。
時間はわからなかったけど、まだ真っ暗で、朝まではだいぶ間が
ありそうでした。そんな時間に使用人が来るとも思えないし、

廊下に何がいるんだろう。そう考えてるうち、下から数えて
5つ目の障子の桟のところの紙がつっぱったんです。
たぶん指をあてて押してるんだと思いました。ぐりぐりと障子紙の
でっぱったとこが動き、びっと穴が開きました。けど、
指先とかは暗くて見えなかったです。それから外の影が
穴のところに近づいて・・・中を見てるんじゃないかと思ったんです。
「ああ、怖い」そう思って目をそらしました。すると声が聞こえて
きたんです。「どれをとろうか、どれ頂こうか」女の声、
しわがれたお婆さんの声に聞こえました。昔の童歌を歌うような
奇妙な節がついてたと思います。「怖い、怖い」でも、
いつしか寝入って、次に気がついたときは明るくなってて、

早く起きた子たちが騒いでたんです。すぐ障子のほうを
見ました。そしたら、やっぱり下から5つめの桟の紙が
破れてたんですよ。近くに寝てた子に、「夜中に何か聞こえた?」
と聞いても、首をふって「知らない、寝てた」と言うだけでしたね。
・・・こう話すと、その年にそのときの子どもたちの誰かに
不幸があったと思うかもしれませんが、特にそんなことも
なかったんです。はい、翌年も本家のお屋敷に泊まり、夜中に
同じことが起きたました。そのときはトイレに行ったわけじゃなく、
ふっと目が覚めたら、あのパサ、パサという音がしてて。
で、朝になって見ると、やはり障子紙に穴が開いてたんですが、
前の年のひとつ下、下から4番目のところでした。

で、また次の年の正月。僕は5年生になってたので、別に部屋を
用意してもらってました。8畳の部屋に、中学生のいとこと
2人で寝る。部屋が変わったんで、もうあれは来ないんじゃ
ないかと思ったんですが、廊下との境が襖じゃなくて障子なので、
寝るときにそこから離れたほうの布団に入ったんです。はい、
やっぱり来たんです。夜中に目が覚めたのは僕だけで、
前と同じです。「どれをとろうか、どれ頂こうか」って。
もうわかりだと思いますけど、破れてたのは下から3番めの障子紙。
前とは別の障子なんですよ。けど、この穴の位置には何か意味が
あるんじゃないかと思ったんです。で、6年生のときですね。
またあれが来るかと思うと怖かったんで、里帰りする前に、

お屋敷に泊まりたくないってダダをこねたんです。障子紙の穴の      
ことも言いました。そしたら、父は「そんなことがあるか」
みたいな感じでしたけど、母が少し考え込んでから、父に
「ねえ今年は、本家じゃなく、どこか温泉に宿を取らない」って
言ったんですよ。父は飲んで騒げなくなるので反対してましたが、
母が押し切る形で温泉泊になったんです。実家の付近には、
ひなびた温泉地がいくつかありましたから。ですけど・・・
そのときに泊まった温泉の部屋にも障子があったんです。もちろん
部屋の外との仕切りではなく、縁側に籐椅子とテーブルがあり、
そこと部屋の間が障子。でも、夜中に縁側に行くには
部屋をつっきらなくちゃならないですよね。だから、

今年は大丈夫だろうと思ってました。けど、やっぱり来たんです。
縁側の外は庭で、そこの常夜灯がカーテンを通して青く障子に映り、
あの歌のような声も同じ。違うのは、穴の開いてるのが下から
2つ目だってこと。翌日、檀家になってるお寺で本家組と合流しました。
その地方では、お盆だけじゃなく、正月もお寺さんに行くんです。
短い法事があり、みなが大広間に通されて年配のご住職に挨拶しました。
そのとき、ご住職が僕の顔を見て頭をかしげ、若いお坊さんを
呼んだんです。で、そのお坊さんに僕と両親、妹が別室に連れていかれ、
「何かこの子に変わったことはありませんか」みたいに聞かれたんです。
母が背中を押したので、夜中に障子の外に何かが来ること、
指で障子に穴を開け、その場所が毎年下に移ってきてることを話しました。

お坊さんはそれを聞いて、「住職を呼んでまいります」と出ていき、
しばらくして老住職が入ってこられました。そこで僕、すごく意外な
ことを聞かされたんです。母が話を始めたんですが、その内容は、
僕は両親の本当の子どもではなく、母の妹、僕の叔母さんですね、
その人が、僕が生まれてすぐに離婚し、直後に事故死した。それで
母が父に相談して養子の形で引き取った・・・というものだったんです。
母は「少し早まりましたが、この子が中学生に入ったら話す予定でした」
と言い、父もうなずきました。これ、子どもには衝撃ですよね。
自分が両親の実の子ではないっていうのは。聞いた老住職は考え込み、
「障子の外にいるのはとてもよくないものだが、この子の実の
 母親ではありません」そうおっしゃられたんです。

その後、本家組が帰ってから、僕の一家が本堂に座らされて長い長い
読経がありました。それが終わった後、老住職は御仏前から細長い和紙を
持ってきて折りたたみ、「法要を行ったからしばらくは大丈夫と思うが、
 これをいつも身につけていなさい」と、お守り袋に入れて
僕に渡してくださったんです。そのお守り、もちろん今も持ってきて
ますので、後でお見せします。それから「念のために、この子は
 障子のある部屋に泊まらせないように。日中 入るのはまったく
 かまわないが、そこに布団を敷いて寝てはいけない。障子の外が
 おそらく別の世界につながってるんだろうから」そうおっしゃいました。
はい、ずっとその言いつけは守っています。障子のある部屋には寝ない。
でも、もし寝たらどうなるんでしょう、ここのみなさんならご存知でしょうか。

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