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粘土の思い出の話

2020.08.07 (Fri)
アーカイブ350

海難碑
これは僕が小学校1年のときのことだから、自分には はっきりした記憶が
ないんです。周囲の人の話から、こんなことがあったんだろうって
組み立てた内容なんで、もしかしたら事実とは違ってるかもしれません。
夏休み明けてすぐ、工作室で粘土で遊ぶ授業をやってたらしいです。
まず最初に粘土をとにかくこねてこねてこねまくる。
ふわふわのクリームみたく、どんな形にもできるまでです。1年生だから
手に力がないし、そうするまでにだいぶ時間がかかったんだと思います。
それから柔らかくなった粘土を高いところから下に落とす。
すると変な形にゆがみますが、それをさらにヘラで切る。
その切り口の形を見て、自分が連想したものを造形する。こんな授業
だったようです。これは後に当時の担任の先生から聞いたんですけどね。

児童が6人1グループで図工室の大机に座って、みなが思い思いのものを
作ってる。こういうのって、一部の飽きっぽい子をのぞいて、
小学生ってとても熱心にやるんだそうです。先生が机間をまわって歩いてると、
女の子の「〇〇ちゃんがたいへん!」という叫び声が聞こえた。
この〇〇ちゃんって僕のことです。
それで声のしたほうを見たら、僕がイスに座った状態でピーンと背筋を伸ばし、
白目を剥いて、口から泡を吹き出してたんだそうです。
先生が揺り動かしても固まったままだったので、走って保健室に行き、
養護の先生を呼んできたということでした。
養護の先生は、僕の様子を一目見て発作状態にあると思い、
教頭先生に連絡して救急車を呼んだということでした。でね、僕が
運び出された席には、粘土で作った石碑みたいな形のものが残されてた。

先生が病院から帰ってから見つけたんです。その石碑の形をした造形物を
表面に「殉難碑」ってヘラの先で掘られてたんだそうです。
でも、小学校1年生にそんな難しい字って書けないですよね。
とくに本が好きだったなんてこともないし。
僕はそのまま入院しましたが、意識はわりと早く回復して、
2日後には退院することができました。
入院した翌日の午後、先生がお見舞いに来てくれたときに、
会社帰りに病院に寄った父親と会って、その話をしたそうなんです。
そしたら父親は考え込んで、「夏休みの終わりに息子と海水浴場に行ったが、
そこの沖で昭和初期に大きな輸送船の沈没事故があり、その鎮魂のために
建てられた碑を息子といっしょに見た」って言ったんだそうです。
これも後で父親に確かめてみたんですよ。

でもね、父親は粘土の造形を見てないし、担任の先生はその碑を
見てないから、両者がどれだけ似ていたかはわかりません。
結局、僕が「殉難碑」という字面をどういうわけか映像的に記憶していて、
粘土に彫り込んだんだろう、ということになりました。
まあ、それが一番無難というか、ありうべき解釈なんでしょうけどね。
そんなことがあったらしいんです。この後は、発作らしきことは
起こしてないので、症状も一時的なものだったんだろうと思います。
でね、これがきっかけというわけでもないんでしょうが、
僕は粘土遊びがとにかく好きになりまして、
現在は彫刻でなんとか食っていけるまでになったんです。
これからもう二つ話をしますが、どちらも粘土に関わりのある内容です。

土地神様
小学校4年生の時ですね。この頃の記憶はあります。
記憶があるだけに、自分の見たことが信じがたいんですよ。
自分の部屋で粘土で遊んでました。前に話したように、粘土が好きに
なってたんです。ものを作るだけじゃなく、こねる手の感触も。
ただの丸っこい固まりが、手でひねるだけで何にでも変わっていく・・・
机の上に新聞紙を敷いて、その上で熱心に何かをこさえてたら、
2つ年上の姉が部屋に入ってきて、しばらく見ていましたが、
「粘土を半分貸して」って言ったんです。姉は絵を描くのは
好きでしたが、どっちかといえば粘土なんてバカにしてたのに。
そのときは自分も作りたくなったんでしょう。
僕は分けるのは嫌だったんですが、そのとき姉が魅力的な提案をしました。

2人で土地神様を作って、どっちが似てるか比べてみないかって。
この土地神様というのは、家の近所の辻のお堂で祀られてる木像なんです。
たしかこのあたり一帯を昔々に開拓した神様ってことだったと思います。
髪を「みずら」という昔の形に結って、古墳時代の服装に太刀を履いた
武人の姿でした。でね、粘土を二つに切って、同時につくり始めたんです。
そんなに時間がかからず2人ともできたんですが、
僕は実際にいつも見てた像に似せた形に作ったのに、
姉のはなんかマンガに出てくるキャラクターみたいにかわいい形を
してたんです。2人が作った土地神様を二つ並べてみました。
僕が「自分が作ったののほうが似てる」って言うと、
姉は「そんなことはない」と反論して、とうとうケンカになってしまいました。

姉弟ゲンカはよくしてたんです。姉は男勝りの性格で負けず嫌いでしたから。
でね、姉が僕の髪を引っぱり、いっしょに床に倒れてドタンバタンしてました。
小6女子と小4男子ですが、姉のほうがずっと体が大きく力も強くて、
いつも勝ってたんです。このときも僕が組み敷かれて、泣き出しそうになりました。
そのとき机の上で、シューッという音がして、もうもうと白い煙が
あがったんです。何事かと姉が力を抜き、2人とも立ち上がって見ると、
2つ並んだ10cmくらいの土地神様の姉の作ったほうだけが、
ドロドロに溶けて煙を出してたんです。姉は呆然として
それを見てましたが、煙が収まったので部屋を出てってしまいました。
その粘土は、しばらくして溶けた形のまま固まってきたんですよ。
あまり変なことなんで親には2人とも言わなかったはずです。


ついこの間のことです。一人暮らしをしていた父親が急に倒れてその日のうちに
亡くなり、葬式などが終わった後、実家に戻って遺品の整理をしていました。
もう住むもののない広すぎる家なんで、売ってしまおうと思ってたんです。
とっくにこの家は出て、今は東京に住んでるんですよ。
でね、2階の押し入れを整理してたら、いくつもダンボール箱が出てきまして、
僕と姉が子どもの頃に使ってたものが中に入ってたんです。
おそらく僕と姉の机の中にあったものを捨てきれず、
そうやってしまっておいたんだと思います。懐かしさのあまり、
整理の手を止めて中のもの一つ一つに見入ってしまいました。
夏休みの日記帳。黄色く日に焼けた算数ドリルとか、
見覚えのある昔のキャラクターのついた筆入れとか・・・

でね、これも見覚えのある緑色のプラスチックの長方形の箱が出てきました。
横に「〇〇小学校 大宮〇〇」って僕の名前が入ってました。
小学校3年くらいで粘土の授業は終わって家に持ち帰ったものに、
さらに粘土を買い足して遊んでたやつです。
前の話の土地神様を作ったのもこの粘土ですよ。
・・・粘土ってのは、ほうっておくとすぐに油分が抜けて、
ぱさぱさの土に戻っちゃうんです。
これも中はそうなってると思い持って振ってみました。
そしたらけっこう重さが残ってて、中身が詰まってる感じがしました。
カラカラとかそういう音はしなかったんです。フタを開けようと
しました。ところが油が固まったせいかなかなか開かない。

それで、座ったまま箱を膝の間にはさんで、両手でフタを引き上げたんです、
パカンといい音がしてフタが開き、僕は後ろにひっくり返りそうになりました。
中に人の顔がありました。浮き彫りのように上を向いて鼻や唇が
突き出ていたんです。箱は横10cmもないので、実際の1/3くらいの人の顔。
だれかはすぐにわかりました。姉の顔・・・それも小学生ときのものだと思いました。
目を見開いてましたが、まぶたの間の目には瞳がなく、つるんとしていました。
「あっ!」と思った途端、表面からシューッと煙があがり、熱くなって
箱を放りだしてしまいました。土地神を作ったときと同じような感じです。
煙はすぐに収まったんで上からのぞくと、姉の顔は崩れ全体がひび割れていました。
さっきは、よくこすったみたいに表面がなめらかに光ってたのが、ザラザラの
固まりがあちこちにできて、ちょっと振ったら畑の土くれみたいになりました。
・・・姉は高校1年のとき、友だちと海水浴に行って溺死したんですよ。





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