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吉田さんの話

2020.09.11 (Fri)
これね、俺が小学校5年生のときのことだから、
もうずいぶん前なんだ。ええと、もう30年近くなるかな。
だから、子どもが見た夢だったのかもしれない。
それでいいのなら話していくよ。まずは、うちのばあちゃんの
ことから。ばちゃんはね、戦争未亡人っていうのかな、
太平洋戦争で夫を亡くした。うちの父親が5歳、その弟、
俺からすれば叔父さんだけど、その人が3歳のとき、
夫、つまり、じいちゃんが出征して、南方で戦死。
というか、俺も戦争のことをちょっと調べてみたけど、
戦闘で死んだというより、多くの兵隊は餓死したみたい。
それで、戦後は女手一つで幼い男の兄弟を育てた。

そりゃ苦労の連続だったと思うよ。ただ、救いだったのは
都会じゃなかったこと。空襲には遭わなかったから、家はそのまま
残ってたし、畑もあった。だから、食糧不足もそこまで
深刻ってわけでもなかったみたい。それに村には親戚縁者も
いたしね。戦後しばらくは、村に都会の人が高価な着物なんかを
持ってやってきて、わずかな食料と引き換えてもらって
帰ってったなんて話も聞いているよ。でね、その後、うちの
親父は高卒で市部の郵便局に入り、結婚して俺と妹が生まれた。
ばあちゃんは一人でずっと村に残ってたんだけど、やはり
一人で雪深い農家の暮らしは厳しくなってきてね。
65歳を過ぎたのを機会に、親父が引き取ったんだよ。

ばあちゃん本人は、まだ畑仕事をやりたかったみたいだけど、
長年の無理がたたって膝が悪かったし。で、親父が建てた家には、
ばあちゃんの部屋もつくってあったんだよ。日あたりのいい
南側の畳の6畳、テレビやエアコンも入れてあった。
けど、やっぱ長年張りつめていた気がゆるんだせいなんだろうな。
1年ほどして、心臓に病気が見つかった。入退院をくり返し、
医者からはペースメーカーを入れたらって話もされたが、
ばあちゃんは断ったんだ。そこまでしなくてもいい、
早くじいさんのところに行きたいって。まあ、わかるような
気がするな。で、ある年の夏場、やはり入院してたんだが、
容態が急変した。もう今日明日だろうってことで、

家族や親戚に連絡が入ったんだ。そのとき、ばあちゃんはまだ
いくらか意識があって、親父に、部屋の鏡台の中の箱を持って
来てくれって伝えたんだ。小さい白木の箱だよ。ばあちゃんが
わざわざ表具師につくらせたらしい。中に入ってるのは小指の骨、
・・・じいちゃんの遺骨なんだ。南方で死亡した遺体の小指を、
上官が仲間の兵に切り取らせたものなんだな。ああ、全身を火葬する
余裕なんてないから、指だけを骨にして内地に送る。ずいぶん
非道い話だと思うだろうが、これでもマシなほうなんだ。戦闘中に
死んだ場合、遺体を回収なんてできないよな。だから、
戦死公報とともに戻ってくるのは、たいがいが現地の石や砂、
よくて氏名が記された木札なんだ。遺髪や遺骨、軍服のボタン

なんかが戻ってくるだけでも、珍しいことらしいよ。
で、ばあちゃんはその骨を一族の墓には入れず、自分で持ってた。
あ、スマン、長々とこんな話をしてしまって。けどな、これ、
こっからの内容に関係があることなんだ。それでな、
大事なことをいい忘れてたが、俺の名字は石原、もちろん
親父もばあちゃんもそうだ。で、ばあちゃの危篤の知らせを
受けて、親父の車に一家で乗った。俺と弟が後席で、
俺がその遺骨の箱を持たされたんだ。時間は夜の10時を
回ったあたりで、病院までは30分くらい。気が急いてる親父は
かなり飛ばしたらしいから、20分ほどの間にみた夢。
「石原、石原の孫だな」こんな声が聞こえてきた。

それは膝の上の箱から聞こえたようにも、直に俺の頭の中に
響いてきたとも思えた。言葉はいかついが、声自体は優しかった
気がする。「はい」と返事をしたと思う。「あ、聞こえるか。
 自分は吉田、吉田一等兵って言うんだ。お前が持ってる
 その箱の中の骨が自分だよ」 「え? でもこれ、じいちゃんの
 骨だよ」 「向こうで間違えたんだな。まあ、あの混乱だったから
 しかたない・・・お前のばあちゃんがなあ、ずっとこの骨を
 大事にしてくれてて、申しわけないと思いながらも今日まで
 きてしまったんだ」 「・・・・」 「ばあちゃんが危ない
 んだろ、これから病院に行くんだろ」 「はい」
「じゃあ、できるかどうかわからんが、今から石原を呼んでみる」

「じいちゃんを?」 「そうだ、きっとできると思う」
これで、夢は終りというか、ガクンと車が止まり、病院の駐車場に
着いたようで、家族は車から降り、俺は箱を抱えて、救急外来の
ところから病院に入っていった。病室で、ばあちゃんは点滴だけを
されてた。救命措置なんかはやらないでくれって、あらかじめ
ばあちゃんが病院に言ってたんだ。もう意識はなく、息は弱々しい。
集まってた医師の一人が、「今晩中には」と一言だけ言った。
でな、俺は親父に言われて、その小さい箱をばあちゃんの顔の
横に置いた。そしたらだよ、それまで上を向いてたばあちゃんが、
少し頭をかしげて箱のほうを向いたんだ。点滴をされてる
そっち側の手もかすかに動いた。そして顔に笑みが浮かんだように

見えたんだ。まあ、それだけで、声を出したりはしなかったが。
ただ、俺にはそのとき、箱の上でぼうっと白い光のようなのが
形を結んだように思えたんだな。それから10分もしないうち、
ばあちゃんは亡くなったんだよ。俺は、じいちゃんが迎えに来て
くれたんじゃないかと考えてる。・・・車の中でのことは親父らには
話さなかった。信じてもらえる内容じゃないしな。ばあちゃんは
火葬され、この機会にってことで、箱の中の骨もいっしょに
納骨されたんだ。俺の夢がもし正しいんなら、吉田さんの骨だ。
それから10年以上後、俺はじいちゃんが行った南方のこと、
吉田さんのことを調べた。同じ分隊に、吉田一等兵という人が確かにいた
ことまではわかったが、その家族は東京でみな亡くなっていたんだよ。





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