FC2ブログ

悪夢の話 2題

2020.09.14 (Mon)
合歓木(ねむのき)
塚田ともうします。現在、67歳です。森林組合、もとの
営林局ですが、そこを退職しまして、それ以来は年金生活、
まあ悠々自適と言えばそうなので、世間の方々からみれば、
けっこうな身分と思われてるのかもしれません。
ですが・・・わたしは人を恨んでました。ある病院の医師です。
3年前、家内が腎臓の癌で亡くなったんです。それはね、
家内も60歳を過ぎてましたし、癌になったのは加齢であり、
運命だと思ってます。でも、家内が死んだのは医療ミスのせいだと
思ってます。主治医になったその大学病院の中堅内科医のせいで。
詳しい経緯は、ここではお話してもしょうがないと思いますので、
言わずにおきますが、私にはそうとしか思えませんでした。

それで、なんとかその医師に責任を感じてもらいたいと思って、
刑事と民事で裁判も考えたんです。カルテや画像データの
開示請求をして、弁護士に相談したんです。ですが、弁護士の回答は、
たしかにミスが疑われるが、これまでの判例から、有罪を勝ち取るのは
難しいだろう。医者は守られてるし、病院の関係者も口裏を
合わせるだろうからと。考えてみればそうです。わたしのほうには
有力な証人はいませんし、カルテだって、改ざんされてたとしても
わからないですからね。でも、民事では訴えたんです。
・・・結果は予想どおりというか、敗訴。示談にもなりませんでした。
それで、お恥ずかしい話ですが、その医師の勝ち誇った顔を
法廷で見ていると、ますます憎しみがつのりまして。

一時はね、登山ナイフを持って病院の駐車場で待ちぶせしたりも・・・
けど、わたしにはできませんでした。そんなわたしを見かねたのか、
事情を話していた森林組合時代のかつての同僚が、人を呪い殺す
お寺というのを紹介してくれたんです。もちろん、最初に聞いたときは
半信半疑というか、一信九疑くらいでした。呪いなんていうのは、
創作の世界だけの話と思ってましたから。でも、友人は真顔だったので、
行ってみたんですよ。場所は言えませんが、ある山の中腹にある
ごく普通のお寺で、墓所などは付随してませんでした。
わたしがいる間、参詣の方もなかったと思います。通用口から入って、
出てきた若いお坊さんに事情を離すと、奥の書院に通されました。
そこで年配のご住職と面会し、改めて事情をお話ししたんです。

ご住職は、「呪殺はたしかに当寺でうけたまわっております。ただし、
 それが成就するのは2人に1人。願いがかなわない場合は、
 ご自身が命を失います。それでもよろしいか」そう、無表情に
言われたんです。もちろん考えましたよ。家内がいなくなり、
息子は東京にいてめったに戻ってはこない。で、「お願いします」と。
その後、本堂に向かいましたが、そこにあったご本尊は、紫色の恐ろしい
姿で、見たこともないものでした。ご住職は、「天竺のインドラ神です」と
こともなげに言い、そこで長い加持祈祷があり、その後ご住職は、
ご本尊の前に置かれていた和紙の包みをわたしに下されたんです。
「これは?」 「ごらんになってください」開いてみると、
細長い乾いた豆のさやのようなものが4本。わたしが訝しんでいると、

「合歓の木の実です。これを、あなたの決断がついた日に枕の下に敷いて
 寝てください。あとは夢の導きのとおりに」わたしが前もって言われていた
謝礼をお渡しすると、奥に戻っていかれたんです。はい、またあれこれ
考えさせられましたが、やはりあの医師はどうしても許せない。
それで、数日後、枕の下に入れて寝たんです。気がつくと、荒れ地に
立ってました。そこだけ色が変わった細い道が続いていて、遠くに
高い木が見えたんです。合歓木だと思いました。そのときには、
これは夢なのだとわかってましたね。その中で、長い時間をかけて
木の下にたどりつくと、枝の落ちた幹に、恐ろしい顔が木彫りされて
あったんです。あのお寺で見たインドラ神でした。そして、
その前に白木の低い台があり、木札が2枚載っていたんです。

はい、そのときにはどういうことかわかっていました。この木札のどちらかを
選んで裏返す。もしあの医師の名があれば、医師は死ぬ。
またわたしの名だったら、わたしが死ぬ・・・もう躊躇はありませんでした。
たしか左だったと思います。手に取って裏返すと、そこには梵語が
書かれていました。もちろん読めませんよ。ですが、これは医師の名前だと
わかったんです。そのとき、曇っていた灰色の空が真っ黒になったんです。
何度も稲妻が光りました。合歓木の顔が「願いは成就した」
そう言ったと思いました。ああ、うれしい。しかし続けて、顔の額に
あった縦になっている目がかっと開き、「お前は地獄に堕ちた」とも・・・
はい、2日後、その医師は病院で診察中に急死しました。
わたしはまだこうして生きていますが、いずれ地獄に行くのでしょうね。

商店街
子どもの頃から、同じ夢をくり返し見るんです。といっても、そんなに
頻繁にではありません。年に一度くらい。見なかった年もあります。
夢を見るのは決まって、私が風邪をひいたり、体調が悪いときの
夜なんです。初めて見たのは、小学校6年のときだったと思います。
そのときは怖い夢じゃなかったんです。たぶんどこかの地方都市の
商店街の道路を歩いている。どこにでもあるような場所ですが、
そのときはまだ商店街はにぎわっていました。本屋、魚屋、
乾物屋、荒物屋・・・郊外に大型スーパーができる前は、
そのような商店街はどこにでもあったんです。車通りは制限されて
いたんでしょう。通りの真ん中を人が歩いていて、私もそこを通って
いたんです。店の人の「安いよ安いよ」という声が聞こえてました。

で、あれは八百屋でしたね。山と積まれたリンゴの前に、3歳くらいの
かわいらしい男の子が立ってたんです。にこにこしてこっちを見て
いたので、思わず手をふると、その子もふり返してきて・・・さほど
長くはないその通りを別の広い道路と合流するところまで歩いて、
その夢は終わり。ね、これだけだと悪夢ということはありませんよね。
あと、その商店街に心あたりはありませんでした。何度か同じ夢を見た後、
両親には夢の話をしてみたんです。店の並びもだいたい覚えてましたから。
でも両親にも、その場所がどこかはわからなかったんです。次に見たのが
中1、その次が中3。中3のときは、高校受験の数日前に体調を崩して
しまって、あせっているときのことでした。そうですね、そのあたりまでは、
商店街の変化に気づいてはいなかったんです。でも、私が高校に

入学してから見たときは、変わりようがはっきりとわかるようになって
いました。まず、交通規制がとかれ、せまい通りを車が通るようになってて、
そのかわり通行人は少ない。店の中にはシャッターを閉めてしまって
いるところもある。そうです、商店街がだんだんにさびれてきてたんです。
まあ。これは現実的に、どこもそうですよね。でも、やっぱり夢の中で、
なんだか寂しい気がしてたんです。私が就職して4年目、またその夢を
見ました。合計7回目だったと思います。その頃には、商店街は
シャッター通りと言われる場所になってました。どこも店を閉め、
ただときおり、車だけがビュンと通り過ぎていく。次に見たのは
結婚して2年目です。もうその夢を見るのは嫌になっていました。
寂しいし、なんだか不気味だし、いつまでこんな夢を見続けるんだろう。

心療内科に通うことも頭にはあったんですが、環境が変わってもう見ない
かもしれないとも思ってたんです。でも、妊娠がわかって、体調が悪かった夜、
また見てしまったんです。人っ子一人いない寂れた通り、どこの店も
シャッターを閉め、それには赤錆が浮いていました。ああ、またあの夢だ。
早く通り過ぎてしまおう。そうすれば夢は終わる。足を早め、男の子がいた
八百屋の前まできました。すると、そこから一人の男性が出てきたんです。
中年で40歳代に思えました。その人は私に気づくと顔をしかめ、
「ここは幽霊が出るんだ。だから誰もお客さんが来なくなった」さらに続けて
「もういいかげんにしてくれないか」と。「どういうことですか? 幽霊って
 何のことですか」思わず聞くと、「あんたが幽霊だろ」そう言い捨てて
暗いシャッターの奥へと引っ込んでいったんです。

キャプチャ



関連記事
スポンサーサイト




トラックバックURL
http://scoby.blog.fc2.com/tb.php/2740-9c4b6172
トラックバック
コメント
管理者にだけ表示を許可する