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木星の衛星と中国天文学

2020.09.16 (Wed)
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木星

太陽系最大の惑星・木星。1610年にガリレオ・ガリレイが
発見した衛星の数は4個でしたが、現在までに79個の衛星が
確認されています。この400年で既知の衛星の数は20倍
近くに増えたことになりますが、ある研究グループは、木星には
全部で数百個の衛星が存在するかもしれないと考えています。

ブリティッシュコロンビア大学のEdward Ashton氏らのグループは、
ハワイのマウナケア山頂にある「カナダ・フランス・
ハワイ望遠鏡(CFHT)」によって2010年に取得された
観測データを分析した結果、木星と同じような速度で移動する
25.7等級までの天体52個を検出しました。

このうち7個は「ヘルミッペ」や「エリノメ」といった、
すでに存在が知られている木星の不規則衛星あることが確認された
といいますが、残る45個は直径800mほどの未発見の
不規則衛星である可能性が高いとしています。
(sorae)

今回は科学ニュースからこういうお題でいきます。なるほどねえ、
木星は巨大な星で、体積で比較すれば、木星の中に地球が
1400個も入ります。ですから、地球からは見えない衛星が
たくさんあっても不思議ではない気がしますね。

ただし、引用のニュースで、45個の天体がはっきり木星の衛星と
確認されたわけではありません。さらなる追調査が必要でしょう。
ちなみに、ニュース中の「不規則衛星」というのは、
惑星の自転方向とは逆向きに公転する逆行衛星や、
傾いた楕円形の軌道を周回しているような衛星のことです。

さらに研究チームは、検出された45個の天体が実際に木星の
衛星だと仮定した場合、直径約800m以上の衛星の推定数は
およそ600個に達すると述べています。
まあ、それは十分ありえる話だと思います。

ガリレオ・ガリレイ
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さて、ここで話を変えて、ガリレオが自ら造った望遠鏡を用い、
木星の衛星を発見したのは有名な話ですが、1981年、
中国科学院の席という人物が、中国の戦国時代、天文学者の
甘徳(かんとく)が、ガリレオに先立つこと2000年前に木星の
第3衛星(ガニメデ)を発見していたという論文を出しています。

それによると、甘徳は『歳星経』 『天文星占』という2冊の
書を著しています。しかし、残念なことにどちらも失われ、
唐代の『開元占教』に一部分の引用が残っているだけなんですが、
その中に「(歳星のそばに)小赤星ありてその側に附すごとく、
これを同盟という」と出てくるんですね。

「同盟」という語は、甘徳が生きた春秋戦国時代によく使われた
用語で、みなさんも合従連衡などの逸話はご存知でしょう。
この場合、歳星(木星)と、その小赤星が同調して動いている
ことを表すと考えられます。

4個のガリレオ衛星(イオ、エウロパ、ガニメデ、カリスト)
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さらに、赤い色をしている木星の衛星は、現在観測できる木星の
第3衛星の色と合致します。また、北京天文台の観測実験では、
木星の衛星3と4は肉眼でも観測が可能。昔の人は
視力もよかったでしょうし、この甘徳の記述そのものに
間違いはないだろうと考えられます。

では、甘徳が、正確にはガリレオの1973年前に木星の
衛星を発見したと言えるのか? その前に、中国天文学における
木星の位置づけをみてみたいと思います。
なぜ中国で木星が歳星と呼ばれるかというと、

木星の第3衛星ガニメデ
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木星は12年で天球を1周する(つまり公転周期12歳)ため、
これを天を12等分した十二次と対応させると、毎年一次ずつ
動くことになり、木星の位置で歳を数えることができるため
なんですね。そして、木星は国家の政治などを占うための
重要な星となりました・・・

ここまではいいんですが、だんだん話がおかしくなっていきます。
上記した木星の動きは、地上の方位と対応している十二支
(日本でも使われている子・丑・寅・・・)とは動きの向きが逆なんです。
そのため、古代中国では、木星の鏡像にあたる太歳(たいさい)
という架空の星が考え出されました。

歳星(木星)と太歳の動き
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そして、古代中国の天文暦学、占星術は、この太歳が中心になって
しまったんです。これねえ、自分から言わせれば弊害しかなかったと
思います。なんでこんなことをしたのか。で、太歳はそもそも
天球上で観測できない架空の星ですから、中国の民衆の間で、

天にある木星と対比して、太歳は地下にあると考えられるように
なっていきます。地面の下を12年で1周しているわけです。
そして妖怪化してしまうんですね。太歳は地下にいる
どろどろした化け物である、みたいな感じです。
太歳で中国語検索すると、下の画像のようなものが出てきます。

中国で掘り出された太歳(粘菌?)
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さて、甘徳の話に戻って、現在の天文学界では、甘徳がその星を
発見したのは間違いないとしても、それが木星の周りを回っている
ことは見てないのだから、「木星の衛星を発見した」とまでは
言えないだろうというのが定説になっているようです。

まあねえ、肉眼での観測ですから、衛星である証拠を見つけるのは
どうやっても無理だったでしょうし、そもそも衛星という
概念自体がなかったものと思われます。月は地球の衛星ですが、
それは現在の知識から言えることなんですね。

古代中国の天文図
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さてさて、とはいえ、中国には紀元前からの膨大な書籍があり、
十分に内容が検討されているとは言い難いですので、
古書を掘り起こせば、甘徳の事例のようなことは、
おそらくまだあるんだろうと推測できます。

木星の第3衛星ガニメデは、直径は5268kmで、惑星である
水星よりわずかに大きいんですね。その名前のもとになった
ガニュメーデースはトロイアの王子で、たいへんな美少年
だったとされ、オリンポスの神々の給仕をするために
天に召されたことになっています。では、今回はこのへんで。

美少年ガニュメーデース
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