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滝の洞(ほら)の話

2020.09.17 (Thu)
あ、俺な、宇田って言うんだ。ここで話をすれば、金をもらえる
って聞いて来たんだ。じゃあ、さっそく話していくけどよ。
ずいぶん前のことだし、俺が直接体験したことでもねえ。
それでもいいんだよな。あ、そ。うちのじいさんな、
70いくつで死んだんだが、そのじいさんから聞いた、
じいさんが子ども時分のことだ。年代にすれば、昭和の20年代
後半頃になるな。まだ戦後の混乱期と言っていいような時代。
都会のほうはだいぶ食糧不足だったそうだが、じいさんの実家は
そうでもなかった。畑にする土地はいくらでもあったし、
あんな田舎には進駐軍も来ない。けっこうのんびりした生活だった
そうだよ。あ、実家の場所は言わなくてもいいよな。

当時はどの家も兄弟が多くてな、6男とか7男なんて珍しくは
なかったそうだ。そのかわりと言うか、子どもの死ぬ率も
高くてな。疫痢や破傷風なんかの病気、農作業を手伝ってての事故、
川での水死とか。それに比べれば、今はどこの家も子どもは
多くて2人だろ。大事にされてるんだな。あ、スマンスマン、
でな、じいさんら男の子どもは、夏場はほぼ毎日のように
川に泳ぎに行って1日過ごしてたそうだ。川っても渓流だな。
水はきれいだし冷たい。8月のカンカン照りの日でも、
20分も浸かってれば、唇が紫色になって、歯がカチカチ音を
立てたそうだ。でもよ、そういう体験って貴重だよな。
今の子みたく、クーラーの効いた部屋でゲームってのより

ずっとよかったような気もする。それで、その渓流を少し上った
ところに大きな滝壺があって、大人から、そこでだけは
泳いじゃいけないって言われてたそうだ。深いし、水中に
岩があるから、もし飛び込んで頭でも打ったら ひとたまりもない。
じいちゃんらは言いつけをちゃんと守ってたそうだ。
いや、大人が怖いっていうか、じいちゃんの話だと、
その滝壺の水の色な。ペンキを塗ったような緑色で、水中が
まったく見えない。吸い込まれていきそうで、長く見ては
いられなかったそうだ。でな、その滝壺のわきに洞があったんだ。
山の斜面の土を掘った穴だよ。入り口は人が腰をかがめて
入れるくらいの高さ。だが、奥のすぐのところに

厳重な木の柵がしつらえてあって、中には入っていけなかったそうだ。
まあ、崩落とかのおそれがあるからってことだったろう。
でな、その洞は人が掘ったもので、村では平家の落人が
隠れ潜んでいたという言い伝えが残ってたって。どこまでほんとうかは
わからねえが、年に一度、村の鎮守様の神主が来て、
その洞の前で祝詞をあげたりしてたということだ。洞の木柵の前には
小さな賽銭箱もあって、いや、誰も盗ったりする子どもは
いなかったらしい。むしろ、川に泳ぎに行く何回かに1度は、
親から小銭を預かってきて、その賽銭箱に投げ入れてたそうだよ。
で、話が変わるんだが、村にヤジロって若い男がいた。
たぶん名前が弥次郎とかなんだろうが、じいちゃんは

どういう漢字かはわからなかった。農家の次男で復員兵なんだよ。
出征のときは、みなに日の丸を振られて、村総出で見送ったものが、
敗戦で戦前のすべてのことが否定されただろ。
仕事もせずにぶらぶらしてるヤジロは村の鼻つまみ者だった。
いや、気の毒な境遇の人なんだよ。出征したはいいが、
南方に送られて敵兵よりも飢餓、疫病との戦い。
戻ってきてみたら、両親は病気で死んでた。長男の兄がいたんだが、
都会に出て音信不通。ヤジロ本人は、復員病、今でいう戦争神経症って
やつだな。腑抜けたようになって誰とも口を聞かない。
両親の家は残ってるから、そこに住んでたんだが、
村でも気の毒に思って、手間仕事なんかをずいぶん世話して

やったそうだ。ところが、何をやらせても途中で投げ出してしまう。
それだと、食っていけなくなるわな。で、夜中に畑の
作物を盗むようになった。カボチャやナス、キュウリ。
けど、村の者は大目に見てたそうだよ。あとは、自分でフナを
釣ったり、カエルをつかまえて食ったりしてた。それは南方で
覚えてきたんだろう。まあ、暴れたりするわけじゃないし、
そこまではよかったんだが、ヤジロのやつ、現金がほしかったのか、
村の神社の賽銭箱に手を出したんだよ。これはさすがに
許されねえことだし、ヤジロ以外に犯人は考えられなかったから、
村の駐在につかまり、村長なんかも出てヤジロに説教したんだよ。
ま、罪に問わなかっただけもありがたい話だと思うんだが、

その翌日から、ヤジロの姿が見えなくなったんだよ。村の者の
多くは、都会に出たんだろうと言ったが、その次の日、
ヤジロが滝の洞の前で死んでるのが見つかったんだ。
で、その死体は手に小銭を握りしめてて、それは洞の賽銭箱から
盗ったものだ。それと、死体に首がなかったんだよ。
刃物ですっぱり切ったようになってたらしい。なんでそれが
わかるかっていうと、最初にヤジロの死体を見つけたのは
じいちゃんたちなんだよ。6月と言ってたな。そろそろ気温が
高くなってきて、川遊びを始めようかってんで、見に行ったらしい。
着ているものでヤジロだってのはすぐにわかった。
で、大人を呼びに走って村に戻ってきたわけだ。

当時は警察の捜査もいいかげんなものでな。また、村の中から
犯人を出したくなかったってこともあるのかもしれない。
おざなりに調べただけで、結局、今になっても誰がやったかは
わかってないんだ。もちろんヤジロの首も探したが、
見つからなかった。でな、うちのじいちゃんはそんとき6年生で、
ガキ大将だったんだな。仲間や年下の子らを集めて、泳ぎがてら
ヤジロの首を探そうってことになった。事件から10日以上
過ぎてたから、もうそこらに大人の姿はなかったそうだ。
じいちゃんが親に「泳ぎに行く」って言ったら、
親は少し渋い顔をしたが、じいちゃんに小銭と野菜を結わえたのを
持たせ、洞にお供えしろって言ったんだな。

それと、滝壺にはぜったいに入っちゃいけないと念を押された。
で、総勢10人ほどで川に向かった。中にはじいちゃんと同じく、
お供え物を持ってきた子も何人かいたそうだよ。
最初に滝壺に行って、賽銭箱に小銭を投げ、野菜なんかを置いて、
全員でちゃんと手を合わせて拝んだ。それから周囲を探したが、
大人が探した後だし、もちろん首なんか落ちてるわけはねえ。
それで下流に向かおうとしたら、洞の中からゴゴゴッという
大きな音がしたそうだ。驚いて洞の中を見たが、
暗くてわからない。そのまま何も起きないんで、
じいちゃんが「もう行こう」と言ったとき、年下の子の一人が、
「あっ!」と言って滝壺を指差したんだ。

滝壺の水が渦巻いてた、それもかなりの速さで。しかも、
みるみるうちに水の量が減っていく。まるで底に大穴があいた
みたいに。でな、渦の中央に何かが出てきた。大きいもんじゃない。
べたりとはりついた髪、真っ青な顔色、ヤジロの頭だったんだよ。
ほとんど腐ったりしてないように思えた、と言ってたな。
でな、こっからはほんとうかどうかわからねえが、ヤジロの頭の下に
大きな体があったって言うんだ。真っ黒い、牛2頭分もあるような
四足の体。それにヤジロの首がついてる。また洞の中でゴーという
音が聞こえ、「逃げろ!」じいちゃんは叫んで、みなが村に
逃げ戻ったんだよ。いや、それが何だったかはわからない。
すぐ大人が見に行ったら、滝壺の水はもとに戻っていたそうだ。

キャプチャ




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