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見世物小屋とオカルト

2020.09.19 (Sat)
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両国広小路 下のほうがずらりと見世物小屋

今回はこういうお題でいきます。オカルト論ですかね。
見世物の歴史について簡単に述べていきますが、徳川幕府以前の
ことはよくわからないので、主に江戸の話です。
よく時代劇で、木材を組んて筵をかけただけの簡単なつくりの
小屋の前で、木戸番が「お代は見てのお帰りだよ」

と叫ぶシーンが出てきますが、あれが見世物小屋です。
では、見世物小屋はどこにあったか。
もちろん人が多く集まる場所で、最大のメッカが両国広小路。
これは、江戸の見世物がいつから始まったかとも関係があります。

軽業名人 早竹虎吉
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1657年に明暦の大火が起きましたが、この頃はまだ両国橋がなく、
逃げ場を失った多くの江戸市民が火にのまれ、死者10万人に
およんだと伝えられます。これにより老中、酒井忠勝らが進言、
防火目的のために橋が架けられることになり、木製の橋への
類焼を防ぐため、火除地として東西の広小路がつくられました。

すると、どんどん人が集まって勝手に小屋を建て、その多くが
飲食店と見世物小屋でした。ですから、見世物小屋は江戸初期から
あったわけですね。もう一つのメッカが、浅草寺の裏手にある
浅草奥山。あとは大きな寺社の参詣路などです。

手妻
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次に、なぜ見世物が隆盛したのか。これは庶民の娯楽が
少なかったためですが、見物料が安かったせいもあるでしょう。
代金は年代によりますが、だいたい歌舞伎見物の3分の1から
4分の1くらいの金額で入れたようです。

では、見世物にはどんな種類があったか。まず、正統派としては
軽業と手妻です。軽業は綱渡りや、乱杭渡りと言って細い高さの
違う杭の上を飛んで渡る曲芸。山本小鳥、早竹虎吉などの名人が
いたようです。ちなみに山本小鳥は6歳。

からくり人形
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手妻は、現代のような大仕掛のものではなく、曲独楽や水芸などの
手技が中心。柳川一蝶斎という手品師は、切った紙を扇で
あおいで生きた蝶のように飛ばせる芸で評判を取りました。また、
これは以前記事に書きましたが、塩売長次郎という男が、
馬を一頭 呑み込んでみせる幻術を披露しました。

次が珍人、珍獣です。珍人とは文字どおり珍しい人ということで、
霧降花咲男という人が曲屁(きょくべ おなら)の芸で大人気。
鍋食い男などというのもあって、金属鍋、茶碗、釜、砂などを
噛み砕いてガリガリ食べる芸。体に悪そうです。

江戸の見世物を再現したもの
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それから、これは昭和の時代まであった因縁物、「かわいそうなは、
この子でござい。親の因果が子に報い・・・」親が猟師だったり
蛇捕りだったため、頭に角、口に牙が生えた鬼娘、
体にウロコがある蛇娘、毛むくじゃらの女などですが、
多くはつくりものだったでしょう。

珍獣は、ゾウ、ラクダ、ヒョウ、オウム、ダチョウ、ヤマアラシ、
クジラの死体などさまざまなものがありましたが、
綱吉の生類憐れみの令のため、いったん下火になります。
これは細工物に入るかもしれませんが、河童や鬼、人魚などの
ミイラ。動物の死体を組み合わせたつくりものです。

現代のお化け屋敷
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次が細工物で、からくり人形、巨大な籠細工(ねぶた人形のようなもの)
菊人形など。それと、エロですね。女相撲やもっとシモネタの
ものもあったようです。よく話に出てくるのがダジャレ興行で、
大イタチは、大きな板に血糊をつけたもの。

さて、オカルトホラー関係ですが、これは幕末になって始まります。
「寺島仕込怪物問屋」という見世物は、歌舞伎の怪談の名場面を
カラクリ人形を使ってジオラマで再現したもの。日本には
カラクリ技術とともに生き人形の技術があり、下図は、名人と
言われた松本喜三郎のものです。

松本喜三郎の生き人形
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日本のお化け屋敷のルーツの一つと言われます。もう一つ、
ルーツとなったのが、東大森に住んでいた瓢仙という医者が、
自宅の庭に小屋をつくって、壁から天井まで一面に
百鬼夜行の様子をカラーで描き、それに一ツ目小僧などの
化け物細工の人形を飾りつけたもの。

これが評判となって、「大森の化け物茶屋」と言われ、多くの
見物人が集まりました。この後、「変死人形競(くらべ)」
という、水死体などの変死人の生き人形を展示したもの。
これも名人と言われた、泉目吉という人形師がつくりました。

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さらに、「百鬼夜行妖怪尽(づくし)」が続きます。どれも
1800年代に入ってからで、黒船来航などの騒がしい世相を
反映してホラーが流行ったのかもしれません。このあたりは
芝居と並んでジャパニーズ・ホラーのルーツと言えるでしょう。

さてさて、明治の世になり、1872年(明治5年)、外国人が
「死んだウサギを食いちぎる子ども」の見世物を目撃したことが
きっかけで、「違式詿違条例」という法律が出され、
エロやあまりに非道い見世物は興行できなくなったんです。
では、今回はこのへんで。




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