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妖怪談義8(産女)

2014.02.28 (Fri)
 今回取り上げるのは産女です。産女(ウブメ)自体はかなり古くまで素性のたどれる
妖怪で、前に少し触れましたが『今昔物語』の平季武の肝試しの話として出てきます。
季武は源頼光四天王の一人で、別名卜部季武、実在の人物と考えられています。
こんな話です。

『美濃国のある川に女の妖怪が出るとの噂があった。源頼光の郎党、卜部季武がある晩、
その川の近くの宿で 仲間と賭けをする事になった。
季武一人でその川を渡れれば自分達の武具を差し出すという。
季武は岸に着くと馬で川中に入って行く。そして向岸の木に証拠の矢を立てて、
戻ろうと再び川へ入って行った。
川の中程まで来たとき産女が現れ、「これを抱け」と云うので「よし」と、
女から赤子を受け取る。 そしてそのまま赤子を抱いたまま川を渡り始めたが、
今度は赤子を返せといって、女が追いかけて来た。しかしそのまま陸へ上がり、
仲間の待つ宿へ戻り抱いていた赤子を見ると、木の葉が何枚かあるだけであった。 』


 話の最後には世の人の講評が書かれていて、
産女とは産褥で死んだ女の霊とも、狐が化かすものだとも言われているとあります。
赤子が木の葉に変じているくだりは、たしかに狐狸の話にはよく出てきます。
あと賭けに勝った季武が品物を受け取らなかったということで褒められていますね。
関連記事『雑談』  『続雑談』

 江戸時代の産女の妖怪画を見れば、産女は上半身裸で血で染まった腰巻をつけ
死児を抱いて川の中に立つ女として描かれていることが多いです。
腰巻の血は出産のときのそれを表していると思われますが、
出産で亡くなった女は血の池地獄に堕ちるという仏教説話と関係があるのかもしれません。
Wikiには、
『死んだ妊婦をそのまま埋葬すると、「産女」になるという概念は古くから存在し、
多くの地方で子供が産まれないまま妊婦が産褥で死亡した際は、
腹を裂いて胎児を取り出し、母親に抱かせたり負わせたりして葬るべきと伝えられている。
胎児を取り出せない場合には、人形を添えて棺に入れる地方もある。』

こんな怖い記述もあります。

 さて、京極夏彦の長編推理小説『姑獲鳥の夏』はたいへんなヒットとなりましたが、
ここでは産女が姑獲鳥(ウブメ)と表記されています。
姑獲鳥は中国の伝承上の鳥で西晋代の博物誌『玄中記』に記述があるといいますから
4世紀頃の話で、もしかしたらこちらのほうが、妖怪産女の概念が形成される以前に
日本に入ってきているのかもしれません。
特徴としては、他人の子供を奪って自分の子とする習性があり、
子供や夜干しされた子供の着物を発見すると血で印をつける。
付けられた子供はたちまち魂を奪われ、ひきつけの一種である無辜疳(むこかん)
という病気になるとされます。
自分はこちらのウブメを頭に置いて、「こをとろ」という話を書きました。
関連記事『こをとろ』

 この産女の表記がいつの頃からか姑獲鳥に変わっていったのですが、
性質を考えると、産女は「子供を人に抱かせる」、姑獲鳥は「人の子をとる」で
反対になっています。
 京極氏は『陰摩羅鬼の瑕』において、「産女」の「姑獲鳥」という当て字について、
その名前を当てたのは、江戸時代の儒学者である林羅山である可能性が高いと書いていますが、
自分もおそらく江戸時代というのは間違っていないと思います。
産女と姑獲鳥の共通点は、まず赤子、それから姑獲鳥がつける目印の血と産女の腰巻の血。
「おばれう」(おぶってください)という産女の呼び声と、鳥の鳴き声の類似、
「鳥」と「(子どもを)獲る」の「トル」という掛詞、
これらによってだんだんに概念が混じっていき、百鬼夜行図などもそうですが、
本草学的にいろんなものを分類することが流行った江戸時代の文人によって
整理統合されたのではないでしょうか。

『幽霊之図 うぶめ』部分 月岡芳年



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