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魚顔

2014.03.05 (Wed)
始まりは1ヶ月くらい前なんです。
私はある会社で働いてるんですが、毎朝だいたい始業の30分前には社に着いて、
お茶くみしたり机ふいたりしてるんです。まだ新米ですから。
その日は私たちの課のあるフロアの部屋に入るなり、ムッとひどい臭いがしたんです。
ドブの泥に卵と生ゴミを混ぜて腐らせたようなというか・・・
私より早く来ていた他の課の年配の女性社員がすぐに駆け寄ってきて、
「ねえ、この臭いわかるでしょ。ヒドくない。私が入ってきたときから臭ってるの。
あちこち移動して調べたんだけど、あなたの課のどこかからよ」
こんなふうに言われました。

それにしても冗談ではない臭いで、吐き気がしてきました。
かといって帰るわけにもいかないので、課長が出てきたら相談しようと思いながら、
給湯室でハンカチを濡らして鼻にあて、バケツで雑巾を絞って皆の机をふき始めました。
すると強い臭いはある女性社員の机からしていることがわかりました。
その前にいくとほんとうに喉の奥から朝食がこみあげそうになり涙がこぼれてきました。
その先輩は寿退社が決まっていて、
ここの課内にデスクがあるのもあと数日という方なんです。
そのために机の上はほとんど何もない状態に片づいていてましたが、
臭いはそのいちばん大きな引き出しからわき出てくる気がしました。

そうしているうちに課長補佐がこられましたが、すぐに臭いに気づいたようで、
顔をしかめながら私のほうに寄ってきました。
「朝きたときから臭いがしてるんです。たぶんこの引き出しからだと思います」そう言うと、
「そうだねえ、ここがいちばんキツイよね。あっ、机の下に汁が垂れてる」
見ると、引き出しの下部から真っ黒い液体がぽたぽた床に落ちています。
「どうしましょうか」
「これは仕事にならんね。本人はまだきてないけど開けてみよう。
他の私物にはさわらないから、君見てて確認してくれよ」

補佐はそう言うと、両手をかけて一気に引き出しを開けました。
臭いがドーンと頭を打ってきました。そして中には信じがたいものが入っていたのです。
大きな目玉が見えました。いえ人間のではありません。人間より何倍も大きな丸い魚の目。
1mほどもある魚・・・よくわかりませんが見たこともない細長い魚・・・
深海魚じゃないかと思いましたが、
それが二つ折りにされて引き出しの中に畳み込まれていました。
それもグズグズに腐った状態で。
・・・ぬめっとした青黒い肌に何か字が書かれているのがちらっと見えた気がしました。
その瞬間本当に吐きかけました。鼻と口を抑えてすぐに給湯室まで逃げなければ、
補佐のように吐いてしまっていたかもしれません。

その後、私は申し訳ないと思いながらも、給湯室で口を押さえてしゃがんでいましたので、
補佐が古新聞の束を持ってこられて、
その魚をご自分の吐いたものも含めて片づけられたようでした。
男性社員が何名か出社してきて、わけがわからないまま補佐を手伝っていました。
どこからか消臭剤のスプレーを持ってきてあたりに吹きかけたり、
私が汲んだバケツでそこらをふいたりしていました。やがて・・・
机の持ち主の先輩が出社してきましたが、すぐに補佐に別室に連れていかれました。
事情を聞かれているのだと思いましたが、あんな魚を自分で入れるはずはありません。
それにその先輩は昨日も早くに退社していて、そのときには臭いなどしなかったのです。

まだ臭いは残っていました。
先輩は話を聞いてショックを受けたのかそのまま早退してしまいました。
仕事も特にありませんでしたし。
・・・もちろん確証などはないですが、私は誰がやったか心当たりがありました。
寿退社と書きましたが、その先輩の婚約者は上のフロアにある別の課の男性社員です。
そしてその男性社員と前につき合っていた女性がそこの課内にいるのです。
先輩に恋人を横取りされたような形だったため、そうとうな恨みがあったはずです。
実際、何度か階段の手すりの陰などで先輩のことをものスゴイ目つきで睨んでいるのを
目撃したことがありましたから。
私だけでなく、このことを知っている人は多かったと思います。

それから数日して、課内で送別会がもたれ先輩は退社していきました。
あの魚の事件は、直接そのものを見ていないせいか、
それほど気にしている様子ではありませんでした。
先に待つ新婚生活のほうに心がいってしまっているのかもしれません。
私はけっこう親しいほうでしたので、結婚式に出席するのを楽しみにしていましたが、
2週間後、婚約者の男性社員とともに亡くなってしまったのです。
自動車事故でした。ただ、埠頭から二人で乗った車ごと海に転落したということだったので、
自殺と事故の両面での捜査があったと聞きました。
私は・・・不幸ではあるものの単なる事故なのだと思いたかったのですが、
魚の件もあったため、何か心にうそ寒いものを感じていました。

課内も呆然となりましたが、それでも何とか落ち着きをとりもどしていきました。
先輩の婚約者の男性とつき合っていた別の課の女性は、会社を辞めるということもなく
仕事を続けていましたが、同じ課内でも誰も話す人がいなくなり,
孤立しているという噂を聞きました。
昼休みも誰も外にいっしょに出かける人はおらず、
自分で作ってきたタッパーの弁当を手で隠すようにして食べているということでした。
2フロアしかない会社ですので、その人を見かけることはあります。
以前はそれなりにきれいな人でしたが、今は髪もツヤがなく顔色も青ざめて見えました。

つい昨日です。たまたま女子トイレに入ったところ、
その人が個室から出てくるのにばったりと出くわしてしまいました。
芳香剤の香りがキツイくらいのトイレなのですが、個室のドアが開いたとたん、
ひどい臭いがしました。あのときの魚の臭いとまったく同じだと思いました。
ドアからボサッと長い髪が出て、それから老婆のように腰をかがめてその人が出てきました。
そして私が立ちすくんでいるのに気づいて、腰を伸ばし横を向いて髪をかきあげました。
その顔が、机の中でチラッと見た魚そのものに見えました。
どんよりと濁った目の薄く口を開いた腐った魚・・・
その人は私の脇をすり抜けるとドアを乱暴に開けて出ていきました。
やはり強く魚の腐った臭いがしました。


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