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廃屋の絵

2014.04.12 (Sat)
3年前のことです。そのころ私は、ある小学校で図工専科の講師をしていました。
これは担任を持たず、各学年、各クラスの図工を専門に教えるんです。
もともと画家を目指していた私にとっては楽しい仕事でした。
その日は5年生の授業が3・4校時にありました。
題材は水彩絵の具を用いての風景画です。

外に出て、校地の回りを囲む柵から出ないようにして好きな場所を選び、
構図を決めてスケッチするんです。天候は曇りでしたが、雨にはならない感じでした。
「自分が気に入った場所を描くんですよ」と子どもたちには言いましたが、
やはり親しい友だちと数人グループで同じ場所を描く子が多かったです。
今日の2時間で鉛筆の下書きを完成させ、来週2時間が彩色の予定でした。

男の子も女の子もそれぞれ熱心に描いていて、
子どもたちの間を回りながらアドバイスをし、2時間はあっという間に過ぎました。
午後になって、集めた絵の下描きをばパラパラ眺めていると、
なんとなく違和感が感じられる作品がありました。
ほとんどの子は、学校の周囲から内向きに校舎の建物を描いていたんですが、
その絵は柵の外側、おそらく学校の裏手から見た街の様子を描いたものでした。
そこはさびれた商店街の通りで、多くの店のシャッターが閉まっています。

絵の構図は前面に金網の柵、
その後ろの道と向かい側の数軒の家並みが描かれていました。
特に変わったものではないのに、この違和感はなんだろうと思い、
よく見ると、自動販売機とかつてのタバコ屋の屋根の後ろに
一軒の民家があり、その二階の窓が開いているようでした。

下書きは2Bの鉛筆で輪郭のみ描かれているのに、
その窓だけが黒ぐろと塗りつぶされていたんです。
そしてその奥に小さな顔のようなものがありました。
人間の顔とは思えません。あちこち盛り上がって膨らんで・・・
ライオンの頭といえば近いかもしれません。その窓と顔が
異様な印象を投げかけてくるんです。いったいこれは何なのだろう?
毒気にあてられたような気分になりその絵を下にすると、
次の絵もまったく同じ構図でした。

民家の窓は同じように鉛筆を力いっぱいこすりつけて黒く塗られ、
やはり中に白い顔が浮かび上がっていました。
こちらの絵のほうが稚拙なタッチでしたが、顔はより克明に描かれていました。
ライオンのように盛り上がった額とざんばらに広がる髪、
黒い目の穴とたれさがった頬。なぜ全体の中でこの部分だけが
これほど詳しく書く必要があるのかわかりません。
窓は消しゴム半分くらいの大きさなんです。

他の絵も見ましたが、その場所を描いたのはこの2枚だけでした。
名前を見ると、普段から仲のよいおとなしいし女子生徒たちで、
2人で連れだって描く場所を決めたんだろうと思いました。
翌週の図工の時間の前に、この子たちに顔のことを聞いてみよう・・・
ところが、次の日出勤しますと,、生徒の欠席黒板に、
2人の名前がそろって書かれていたんです。

担任に話を聞くと、前夜から急に熱を出したと保護者から
連絡があったとのことでした。風邪が流行っていた頃なので、
昨日の外での活動がよくなかったのかと少し心配になりました。
午後になるとその子たちの保護者から連続して電話がかかってきて、
どちらも、どうしても40度の熱が下がらず入院することになったという内容でした。
これを聞いたとき、もしかしたらあの絵に描かれた窓の中のものに
関係があるんじゃないかと思ったんです。私もその2枚の絵を見てから、
背筋がぞくぞくするような感じがしばらく続いていましたから。

学校からの帰り、6時少し前くらいに自分の車で裏手の道に回ってみました。
人通りはなく、ときたま車が通り過ぎるくらいの忘れ去られた場所です。
車内からは例の窓は見えませんでしたので、
いったん車を停めて外に出、窓のある家を見上げると、築何十年になるか
わからないほど古びていて、人が住んでいるとは思えませんでした。
実際、家の中に明かりのついている様子はなく、
二階の窓もサッシが閉じられ、暗い空を映しているだけです。

・・・そのとき、薄闇の中でゆっくりと窓が開きはじめました。
遠くて、手が窓枠にかかっているのかはっきりはわかりません。
「ああ、ダメ」と思いました。このままでいると何かを見てしまう、
絶対に見てはいけないものを。とにかくそんな気が強くしたんです。
窓の奥のほうにぼんやりと白いものが浮かんだように思えました。
私は無理やり視線を切ると、車にかけもどって発進させ、
バックミラーも見ずにその場を後にしたんです。

翌週、2人の女の子の容態が悪化しているという話を
担任からうかがいました。1人は個人病院から転院させられ、
今はどちらもこの県の大学病院に入院して、
相変わらず高熱が続いているんだそうです。
脳炎が疑われており、面会もできなかったということでした。
空き時間に、この2人の絵をもう一度見ました。線だけのデッサンの中で、
そこだけ力を込めて塗られた小さな窓、そしてその中の獅子のような顔・・・
それは不幸な運命をたどった画家たちの絵のように、
強く死を予感させました。

・・・西田先生に相談しよう、と思いました。先生は60歳を過ぎた女流画家で、
新聞小説の挿絵なども描いて、この地方では有名な方です。
子ども好きのたいへん気さくな人柄で、学校の写生会に来てくださった
こともあります。ご自宅もこの近くなので、相談してみようと考えました。
電話で連絡をすると先生はご在宅でした。
一連のことは学校の上司に話しても理解してもらえるとは思えず、
午後から年次休暇をとり、2人の描いた絵を持って出かけたんです。

ある程度事情は電話で話してありました。西田先生が絵を見たいと
おっしゃったので、2枚を重ねて渡すと顔色が変わりました。
「この家のことは知っています。もう十数年も前のことだけど、
 両親と小学校前の小さな子ども2人の家族が住んでいたはず。
 それが初めに母親が失踪し、その後、
 父親と2歳ほどの女の子もどこかに越していったと記憶していますよ。
 それにしてもこの絵は・・・恐ろしいです。・・・入院中の生徒たちは、
 2階の窓の中のものを見て、自分たちもまた
 それに見られてしまったんでしょう」

先生が、「この後、時間ありますか」と聞かれましたので、
「休みをとっています」と答えると、「今から行ってみましょう」とおっしゃられ、
「この家を管理しているのは◯□不動産と聞いたことがあります。
 幸いに経営者を知っているので、事情を話して合鍵を貸してもらいましょう」
先生はスケッチ用具の入ったアートバッグを肩にかけると、
私の車に乗り込みました。不動産屋の前でいったん降り、
ものの10分ほどで合鍵を持って戻ってこられました。

時間は4時近くになっていましたが、まだ日は高かったはずです。
学校の裏道の道路脇に車を停め、その家の前に出る小路をたどりました。
先生が先に立って鍵を開けると、
ホコリだらけの玄関のガラス戸がきしみを立てて開きました。
「あなた、上着を脱いだほうがいいわよ」先生がそうおっしゃったので、
上着を脱ぎブロック塀の下に置きました。その短時間に、
先生は小さなスケッチブックを取り出してクレパスで何かを描かれました。

「・・・観音様です」先生は私にスケッチを見せておっしゃいましたが、
仏画ではなく、◯に△、その上にまた小さな◯を重ねた記号のようなものでした。
先生が先に立ち、それを目の前に掲げるようにして家に中へと入って
いかれたんです。カビ臭さがひどく、私はハンカチを出して鼻を押さえました。
玄関脇の板敷の廊下からすぐ横に、2階に通じるせまい木の階段がありました。
「下には何もないでしょうね。これがあの部屋に通じる階段・・・上りますよ」

ホコリだらけの階段を、靴下のままでギチギチ音を立てて上がっていくと、
短い廊下があり、二間和室が並んでいるようでした。
魚の干物みたいな臭いがかすかにしました。先生は、
「奥へは手前の部屋を通らないといけないみたいね」そうおっしゃって、
片手でスケッチブックを掲げたまま部屋の襖を勢いよく開いたんです。
薄暗い部屋の中央にベビーベッドが置いてありました。

ベッドの上には小さな女の子用の服、赤ちゃんの上に天井からつるすおもちゃ、
アヒルのオマルなどが、薄汚れた状態で積み重ねられてたんです。
それと部屋の奥にはよく見慣れたもの・・・何枚かのカンバスが、
どれも絵の面を壁に向けて立てかけられていて、
先生がその一枚を裏返すと、女性の肖像が暗い色調で描かれていました。
女性は30代くらいに見え、強く悲しみをこらえるような表情をしてたんです。

先生は、「ここの奥さんは絵を描く人だったみたい・・・これは自画像かな。
 それとこの子ども用品。・・・偶然だと思うけど、
 これらが死者の念を閉じ込めてしまったのかもしれない」と、
私には意味のわからないことをおっしゃいました。
「次の部屋にははわたくし一人で行きます。あなたはここで待ってて。
 危ないことはありませんから」先生はスケッチブックを掲げ、
静かに襖を開けて部屋に入り、後ろ手で閉められました。

襖ごしに先生の咳払いの音が聞こえました。押入れの戸を開けるような音。
それからシュッ、シュッという小さな音も。静かな音は
いつまでも続きました。私は・・・テレビの見過ぎなのでしょうか、
・・・恥ずかしい話ですが、先生がお経でも唱えられるかと思っていたんです。
数十分の時間がたち、なんだか家の中の空気の質が
変わったように感じられました。「入ってもいいわよ。全部済みましたから」
襖の中から先生の声が聞こえました。四畳半の部屋には何もなく、
薄汚れた畳の真ん中に先生が立っておられました。

水彩の用具や水の入ったペットボトルが下に並べられ、押入れの襖の一枚に、
それは見事な・・・信じられないほど見事な仏画が描かれていました。
短時間だったためか粗いタッチではありましたが、どこかで見たことのある
仏様の絵・・・狩野芳崖の悲母観音に似た構図でしたが、
仏様の顔はさっきの女性の肖像画にそっくりで、ただ違うのは、
おだやかな笑みを満面にたたえていることでした。仏様の足元には
幼子が一人。私も一度は画業を志した身ですので、
それがどれほどのものかはすぐにわかりました。
「人を呼びましょう。不動産屋と、それから警察」先生がおっしゃいました。

ここから話すことはあまりありません。その家の押入れの天井裏から、
ブルーシートと布団袋で厳重にくるまれた遺体が発見されました。
十数年前に失踪したとされた奥さんです。遺体はほとんど
腐敗しておらず、ミイラに近い状態だったと後で聞きました。
なぜか顔全体が腫れ上がって、ライオンのように見えたそうです。
首に絞殺の跡があったそうで、現在、
警察では夫と子どもの行方を追っているようですが、
なにぶんずいぶん昔のことなので、見つかるかどうか・・・

学校の2人の女の子は、その日のうちに熱が下り数日中に
退院しました。幸い後遺症などもありませんでした。
私は・・・この出来事を経験して、深く考えることがあり、
学校をいったん退職して、もう一度筆をとってみることに決めました。
まだまだとても食べていけるような状態ではありませんが、
西田先生が美術関係のアルバイトなどを紹介してくださっています。
これで話を終わります。

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コメント
 おや、この先生はもしや…と思ったら、やはり彼女でしたか。ここでは唯一(?)「救い」を感じさせる存在だったので、再登場には強烈なインパクトがあります。あとは鹿の神主(仮)もですが、あちらは神と怪異の中間っぽい印象ですね。
 少し気になったのですが、作者さんの「シリーズもの」に対するスタンスはどうなのでしょう?

 ※投稿先の記事を間違えたのでそちらは削除しました、不手際すみません
| 2014.04.13 19:18 | 編集
コメントありがとうございます
ていねいに読んでいただいてうれしいです
女流画家の先生は再登場ですが、おそらく今後も一話完結で出てくると思います
鹿の神主は・・・あれは長い話の一部だと思います
とても書く時間はないでしょうが・・・

シリーズ物は別に書くのにこだわりはないんですが
絵に関するネタだけ思いつくわけではないので、登場はかなりとびとびになるんでしょう
時間があれば原稿用紙で50~100枚くらいのホラー短編を書きたいです
自分には連載は無理ですけども
bigbossman | 2014.04.13 19:40 | 編集
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